15話 医務室での目覚め

 一九四三年、六月十九日。舞阪基地、先の戦闘に於いて異能の暴走、意識不明状態に陥った学徒一名が意識を取り戻す。体液の注入無しでの“膜”の発現を確認。以下、回想。


 私の意識が戻ったとき、私は寝台しんだいの上に横たわっていた。身体が重く、思うように動かない。首だけ動かし辺りを見渡すと、そこは舞阪基地内の病室であった。


 身体の感覚が少しずつ戻ってくる。右手が暖かい。少し動かしてみると、指が絡まっている。誰かが私の手を握っているようだ。


 視線を右に向けると、そこに居たのは椅子に腰掛けたオミカワであった。


 オミカワは私の手を握りながら、寝台に突っ伏して寝ていた。目の周りは泣きらしたように赤く、涙が滲んでいるようだ。


 私はどきりとした。寝所は同じであるが、女子の区域くいきは申し訳程度の天幕で仕切られており、もちろん寝顔なぞ見たことは無かったため、ついまじまじと見つめてしまう。


 長い睫毛、通った鼻筋、切れ長の瞳。普段から整っているとは思っていたものの、いつもの男勝りなオミカワとは違い、静かに寝息を立てているこのさまを見ると、無性に愛おしさを感じる。


 ──何をしている、私は。


 ふと我に返り、途端とたんに恥ずかしくなるのと同時に、オミカワが私の手を握っているというのを思い出した。触れ合ったままの手が、やけに熱い。

 それに気が付き、急に緊張が走る。


 恥ずかしさにどうしようかと視線を泳がせていると、髪から溢れたオミカワの耳が真っ赤に紅潮こうちょうしているのに気が付いた。顔を見れば、眉間に皺を寄せ、顔も真っ赤であった。


 まさか、とは思う。

 まさかとは思うが、仮にオミカワが起きていたら……?


 私はあまりの恥ずかしさに耐えながら、口から飛び出てきそうな心臓をいさめ、勇気を振り絞る。


「……オミカワ、起きているか?」


 私がややうわずった声でオミカワに声をかけると、糸を引かれた操り人形のように急に目をぱちりと開き、がばと体勢を戻した。


「……あー、よく寝た。お、クニエダ、起きたんだな。身体は大丈夫か?全く、心配かけやがってよ」


 オミカワは平坦へいたんに言った。起きていたのかは定かで無いが、私も恥ずかしかったので何か言われるまで黙っておくことにした。


 ここから何を言われるかと覚悟したのだが、オミカワは私と目が合った瞬間、今にも泣き出そうな顔になった。右手が強く握られる。


「本当に、心配させやがって……」


 オミカワは目に涙を溜めている。ここまで心配させていたとは。私の手を握る力も強まる。申し訳無さに胸が痛くなった。


「……心配をかけたな。それと悪いが、そろそろ右手を離してくれないか。手が潰れてしまいそうだ」


 一瞬きょとんとしたオミカワだったが、私の手を握っている自身の手に視線を落とすと、みるみる顔が真っ赤になった。そして私の右手を投げ捨て、盛大に舌打ちをしながら勢い良く椅子から立ち上がった。


「トノサキを呼んでくる」


 オミカワは肩を揺らしながらずんずんと部屋から出ていった。


 しばらくすると、トノサキがやって来た。


「起きたんだなクニエダ。かなりうなされていたけれど身体は大丈夫か?」


 トノサキはほっとしたような表情で私を見た。


「ああ、問題は無さそうだ。意識もしっかりしている」

「それにしても、オミカワになにかしたのか?任務中以外はずっとここに来ては心配そうにお前を眺めて居たんだが、さっき起きたと報告しに来た時、真っ赤な顔で眉を吊り上げていたぞ」


 トノサキは不思議そうな顔をしながら先程までオミカワが座っていた椅子に掛けた。


「ああ……それはだな……何というか説明しがたいのだが……む?」


 私は寝台から起き上がろうとしたのだが、異変に気が付いた。体が動かず、身動きが取れない。


 首だけ動かして自分の身体を見下ろすと、まるで簀巻きの様に、布団ごと麻紐あさひもによって寝台に縫い留められているではないか。 


「トノサキ、これはどういう状況だ。何故私は寝台に縛り付けられている?」

「ああ、今解くよ。ちょっと待ってくれ」


 トノサキはそういえば、という様子で私が縛られている縄を解いてくれる。


「ところで、あの戦闘で大王烏賊だいおういかは無事に征伐出来たのか?負傷者は出たのか?私は何日眠っていたのだ?舞阪基地は無事か?」


 一つの疑問が脳をよぎった瞬間、連鎖的に次々と疑問が浮かんできたので、縄を解いているトノサキにいくつも質問をぶつける。


「まあ落ち着け、何にしても先ずは紐を解いてからだ。その簀巻すまき状態で真剣な顔をされてもどうにも締まらんぞ」


 トノサキは喉を鳴らしながら笑いをかみ殺し、寝台の麻紐を解きながら現在の状況の説明を始めた。


「まず、先の戦闘から説明しよう。クニエダが特攻を仕掛けた後、ツジの大戦斧により大王烏賊を捉え、一刀両断のもと戦闘は終了した。加えて、お前は四日寝た切りだったが、あれから運良く害物の襲来は無い」


 それを聞いて私は安堵あんどした。

 皆疲労の限界であり、あれ以上戦闘が長引いていたらどうなっていたか分からない。それに、あれから害物の襲来が無いとなれば休息が取れる。

 私の負傷のみで済んだのであれば、安い代償である。


 しかしトノサキの顔は険しい。


「おいクニエダ、今安心しただろう。無事に害物が征伐出来た、と。違うぞ。問題はここからだ」


 私を縛り付けていた麻紐を解き終えたトノサキは、半ば呆れた様な表情でため息をつきながら言った。

 寝台からの拘束こうそくが解かれた私は、首から順番に凝り固まっている体を伸ばす。やはり、四日眠っていてにぶっているという事を除けば、体に異常は無さそうだった。


「それは安心するだろう。私以外の負傷が無いのならば結果として御の字おんのじなのでは無いのか?」


 他に何があるというのだ。しかしトノサキは、またも溜息をついた。


「分かってないなクニエダ。僕は戦闘結果だけ・・・・・・と言っただろう。問題はその後だ」


トノサキは眼鏡を押し上げた。


「クニエダは大王烏賊を貫いたまま、海に落ちた。反重力脚の暴走だ」


 嫌な予感が、背中を走る。


「皆、限界寸前の異能を使ってお前を探した。オミカワは限界の右目でお前を探し、オギウエは髪を海に張った。海底のお前を見つけ、全員で引き上げた。潮騒丸もエンジンを焼き切るまで速度を出して基地に戻った。結果だけ言えば、負傷者はお前だけで済んだがな」


 その時の状況が手に取る様に頭に浮かぶ。仲間が海に沈めば、舞阪の学徒が黙って帰投するはずがない。


「……すまない」 

「馬鹿野郎、すまないじゃない。もう少し自分の事をかんがみろ。舞阪基地の異能の学徒は、仲間の危機に無茶苦茶をする奴らばかりだろう。その辺りをちゃんと自覚してくれ……余り心配させてくれるな」


 トノサキは、消え入りそうな語気ごきで締めくくった。


「悪かった……トノサキにも迷惑かけたな」

「その言葉、まずあの三人に掛けてやってくれ。軍令違反でカナモト少佐から罰則を受けているんだ」

「罰則?」 


 ツジ、オミカワ、オギウエ。以上三名の罰則の次第では、舞阪基地の防衛にも関わる。


「朝飯抜きだ。ツジ班長がいて助かったよ。あの人の抜群の征伐数の前では流石のカナモト少佐も懲罰房には入れられないからな」


 私の想像よりはるかに軽く、少しばかりざわついた心に平穏へいおんが戻る。


 トノサキの顔にもようやく笑顔が戻った。しかし、はたと真剣な顔に戻ると、真一文字に口を結んで、私を力強い眼力で睨みつける。


「話はこれで終わりでは無いぞ。むしろここからが本題だ。クニエダ、お前が寝ている間、反重力脚の異能に異常が出た」


 トノサキは更に神妙しんみょう面持おももちとなり、私を見つめた。冷静で思慮しりょ深いトノサキがこの様な様子になることは珍しい。異能の異常とは何なのだろうか。私は寝台の上で両足を軽く動かしてみるが、別段変化は無いように感じる。


「異常とは何だ。私が寝台に縛り付けられていた事と何か関係があるのか」

「ああ。お前の異能だが、無意識下での“反重力脚”と“膜”発現が起こるようになったんだ」

「無意識下での発現?」

「ああ。クニエダが寝ている間、反重力脚が発現し続けていた。それを覆うように“膜”も一緒に。反重力脚のような自身が持つ異能に“膜”の発現をするなど聞いたこともない」


 やや声を抑え、トノサキは続ける。


「お前は、いくら寝台に押し付けてもいつの間にか宙を漂った。だから仕方なく寝台を床に釘で打ち付けた」


 想像すれば間抜まぬけな光景だが、笑い事ではない。


「それに、その状況を聞きつけた害物対策省の動きがどうにもおかしい。カナモト少佐始め、軍部をこの医務室へ立ち入りを禁止にしたんだ。かわりに害物対策省の人間が出入りしていた。確実に、いち異能の学徒への対応では無い」


 トノサキがそう言った途端、医務室の扉が大きな音を立てて勢い良く開いた。

 そこに立っていたのは、額に汗をにじませたタハラ中佐であった。普段の冷静で飄々ひょうひょうとした彼からは考えられない様な、取り乱した様子であった。

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