14話 膜の発現

 触手の森を抜け、海風を切り裂きながら大王烏賊の頭頂まで飛翔する。


「喰らえっ!」


 勢いを付けた後、鉄脚の踵を大王烏賊へと叩きつけた。

 しかし、私の鉄脚は胴体にめり込んだだけで致命傷は与えられず、海鳴りのような衝撃が全身を震わせた。

 逆にその弾力により弾かれ体勢を崩す。


「くそっ、なんて硬さだ!」


 触手を躱しながらツジを見る。あちらも同じだ。

 互いに決定打を欠いたまま、消耗だけが積み重なっていく。個々での攻撃では、大王烏賊に届かない。


「ツジ!」


 叫ぶと、ツジがこちらを見る。目が合った瞬間、ツジは声を張り上げた。


「挟撃だな?!」

「ああ!」


 私とツジは、大王烏賊を挟むように、左右に分かれて飛んだ。触手は私達を捕捉しようと必死に動き回るが、左右に別れたのが功を奏したようで精彩を欠いている。


 ツジは何本もの触手を両断しながら海面を叩いて水柱と共に跳ね上がり、そのままの勢いで大戦斧を振るう。大王烏賊の胴体に一撃がめり込んだ。


「よっしゃぁ!」


 ツジに気を取られていた大王烏賊は、私の接近には気付いていない。


「今だっ!」


 何重も反重力脚を発動した鉄脚が、ツジの大戦斧の傷口の反対に刺さる。


 大王烏賊は潮を裂くような悲鳴を上げて触手をでたらめに振り回す。大戦斧が当たった個所には大きな切れ込みが入っており、鉄脚で攻撃した部分にも体液が噴き出ている。ようやくまともな攻撃が入った。


「よっしゃあ!この調子で行くぞ!」


 私とツジは、息を合わせて挟撃を繰り返した。切り裂かれた触手が海に沈み、海面が血のように濁り始めていた。


 しかし、だんだんと大王烏賊の動きが変わってきていた。何本も触手を切断され、土手っ腹に大きな一撃を加えられた大王烏賊は、攻撃目標をツジに定めたようで、触手の群れはツジに集中した。

 ツジは大戦斧を振り回し、迫りくる触手を次々と切断していく。海面に落ちるかと思えばすぐさま海面に叩き付け、再び大王烏賊に向かう。ぶつかっては離れ、ぶつかっては離れ、まるで喧嘩独楽けんかごまだ。


 しかし、襲い来る触手は、ツジの一瞬の隙を見逃す程甘くは無い。大戦斧を振り被った後の無防備なツジの背面へと触手が鞭の様に襲い掛かる。

 

 私は触手をかいくぐりながら、ツジの背後に迫る触手の一撃を間一髪で蹴り上げた。


「クニ!助かった!」


 ツジは自重で落下しながら叫ぶと、再び海面を叩きつけて大王烏賊へと向かった。大戦斧で両断せんと振りかぶるが、幾多の触手がそれを阻む。


「後ろは任せろ!お前は本体に攻撃することだけ集中してくれ!」

「分かった!」


 ツジが躱し損ねた触手を蹴り飛ばし、私自身も大王烏賊に一撃を見舞う機会を伺っていた。


 ツジは本体のみを攻撃目標として大戦斧を振るっている。やぶをかき分けるように大戦斧が触手をぐが、切ったそばから再生する触手が、不気味な蠕動音ぜんどうおんを立てて生え出していた。

 私も隙を突いて攻撃を見舞うが、反重力脚では大戦斧のような大打撃はできない。


 最早何回目か分からぬ触手を蹴り上げると、ツジが声を上げた。


「こりゃジリ貧だ!そろそろ異能を発現させるのが限界に近い!」


 大戦斧で触手を切り落とすツジであったが、動きに精彩せいさいを欠いているのは目に見えて明らかであった。小型艇からの二人の援護も、精度が落ち始めている。


 ──このままでは全員が限界を迎える。


 隙を作らなければ、それも大きな。ツジの大戦斧の大振りが刺さる程の。


 決意を固め、ツジに襲い掛かる触手の数本をまとめて蹴り上げた。


「ツジ!しばらく一人で耐えてくれ!」


 そう叫び、空を何度も蹴りつけ一気に高度を上げる。勝負は一瞬だ。足裏に、ちりと違和感を覚える。

 ツジの言う通り、私の反重力脚はんじゅうりょくきゃくも限界が近い。


「なっ?!クニ、お前何する気……」


 ツジの声が一瞬下から聞こえたが、返答もせず一気に高度を上げた。


 大王烏賊が小さく見えるほど高度を取り、私は反重力脚を限界まで引き上げた。だが左右の使い方は逆だ。右脚を沈め、左脚で浮く。歪な均衡で、身体が軋んだ。


「くっ……」


 脚が軋んだ。身体の奥で、鈍い断裂音がした。しかし、まだ足りない。


 さらに右足に重さを溜め、左足で空に身体を縫い留める。全身が、張られた弓のように硬直した。心臓の鼓動が早鐘はやがねの様に打ち、冷や汗が滲む。意識が飛びそうだ。


 しかし、反重力脚はそれに反するように強力に発動し続けている。何かがいつもと違う。そう思った時だった。


 両足を包む空気が薄紅色に光った。ツジの大戦斧やサクラダの空間護壁に似た“まく”が、異能に呼応するように両足を纏った。


 反重力脚の異能に、膜など発現しない。しかし、膜を纏った私の脚は、いつもの反重力脚とまるで違った。一蹴りで身体が跳ね上がり、もう片方の脚は地へ引きずり落とそうとするようだった。


 今は疑問は捨てる。強く異能が発現するなら、それだけでいい。


「行くぞ……!」


 左脚を止めた。右脚の重さが、私を放った。


 あまりの速さに景色は一瞬にして流れ、高めた右足の異能に引かれて大王烏賊へ一直線に突き進む。まるで自身が流星になったかのように。


 大王烏賊の腹部にめり込む右足、破裂する膜と肉の音、つんざくような断末魔──


 私の決死の一撃は、大王烏賊を突き破ることに成功した。


 だが同時に気付く。

 右足の反重力脚は解ける事なく、下へ下へと身体を引っ張り続けている。


“異能の暴走”


 その言葉が脳裏をよぎった。


 意思に反して身体は海へ引かれ、轟音と共に水面を突き破る。冷水が肺を締め上げ、耳の奥が痛む。光が遠ざかり、黒い海底が口を開ける。


 自分の体なのに全く言うことを聞かない。


 吐き出した空気が泡となって弾け、視界が白く滲んでいく──

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