13話 大王烏賊 征伐

 右の大雲丹おおうににビー玉が刺さるように当たり、体表がどろりと波打った。だが、まだ落ちない。


 続けざまに左の大雲丹にもビー玉が数発着弾し、外皮と折れた針がぼろぼろと海に落ちる。針が水面を叩き、硝子が砕けるような乾いた音が弾けた。


 この一撃で、大雲丹は完全に戦闘態勢に入った。大雲丹は一瞬外皮を膨らませた後、針を炸裂させ四方八方に飛び散らす。


 針が飛沫を上げて海面に突き刺さる。数本はこちらに向かって風を切り裂きながら飛来している。


「オミカワ!」


 私の声に答えるようにオミカワは碧落射出へきらくしゃしゅつによるビー玉の射撃で数本の針を撃ち落とす。だが、全てを払い除けたわけでは無い。針は船体の間近を掠め、塩気を帯びた風が頬を切る。このままでは全速前進する操舵室を確実に貫くだろう。


「オギウエ!」


 呼びかける前に、既にオギウエは甲板前方に走り出し、異能を発現させていた。

 彼女は美しい漆黒の頭髪を伸ばし海中に沈めた後、すぐさま引き上げる。水を含んで重みを増した髪は波のうねりを映すかのように蠢き、鞭のように飛来する針を次々と払い落としていく。まるで戦場というより舞台の一幕のようだった。


 怒髪天どはつてん

 ──それが彼女の異能。自らの毛髪一本一本を伸縮自在に操り、時には鞭に、時には槍にもなる。


 オギウエは、針を打ち尽くした大雲丹の隙を突いて髪の毛の束を槍のように伸ばし、急所を貫いた。丸裸の大雲丹は息絶え、海面へ吸い込まれる。

 残る大雲丹も自爆の間を与える事なくオミカワのビー玉に貫かれ、濁った泡を撒き散らしながら溶け崩れた。


 これで、私とツジが温存された状態で戦える。小型艇は海原を切り裂き、最大の敵である大型害物──大王烏賊へと迫る。


 大王烏賊は触手を伸ばすが、ヒロスエの必死に操舵により回避した。


「ぐぅぅ、もうちょっとだけ頑張ってくれよぉ!」


 船体がうなり、悲鳴を上げるように軋む。鉄板を伝って低い振動が足裏に響く。


 大王烏賊との距離はもう殆ど無い。

 海面の影が、船影よりも遥かに大きくうねっているのが見えた。


「じゃあ行こうか、クニ」

「応」


 ツジの合図と共に、私は“反重力脚”はんじゅうりょくきゃくを発現させ船外へ飛び出した。蹴り出した瞬間、船がぐわんと揺れる。


 反重力脚はんじゅうりょくきゃくで二、三宙を蹴れば、大王烏賊と目線を合わせられる高度となった。


 後ろを確認すると、ツジも同じく船から飛び降りており、あわや海面という所で自身の異能で海を叩き、その勢いで飛翔する。

 ツジはその両手に、二十尺はくだらない巨大な半透明の薄紅色の斧を持っており、その巨斧が海面を割るたび船腹まで震わせる轟音と共に塩辛い飛沫が顔を叩く。いつ見ても豪快である。


 “大戦斧だいせんぷ

 ──ツジの発現した異能だ。それが何なのかと問われれば、大きな斧というほか無い。


 距離もかなり接近し、間も無く反重力脚の間合いに入る。私は後方を確認すると、ヒロスエの小型船も波を切り裂きながら進んできている。甲板の二人も臨戦態勢であり、援護には絶好の位置だ。


「よっしゃ!クニ、仕掛けるぞ!」


 ツジの鋭い叫び声が飛んできた。これは私の返事を聞いているのではなく、自分に合わせろという合図である。


「一撃必殺、まずは胴体!同時に行くぞ!」


 当然私の返答など待たず、ツジは再び大戦斧を振りかぶる。

 私も遅れまいと両足に力を込め、反重力脚を発現させて一気に距離を詰める。ツジが振りかぶった瞬間、私も右足に力を込め、大王烏賊目掛けて鋭い半円を描きながら、鉄脚による打撃を試みる。


「はっ!」

「おらぁ!」


 しかしながら、私たちの攻撃は触手に阻まれた。攻撃の射程に入ったということは、即ち大王烏賊の触手の間合いに入る事と同義である。暗緑色の巨体が海面を割り、無数の触手が夜叉の髪のように暴れ狂った。

 

「くっそ、こりゃ難儀だ!」

「違い無い!」


 幾重にも重なる触手が狙ってきたが、体勢を立て直し数本の触手を躱す。その度、触手の風切り音が後からついてくる。やはり、これをまともに受けたら無事では済むまい。


 四方から襲い来る触手をかわしながら攻撃の機会を伺っていると、不意に海中から触手が伸び、死角を突かれた。


「くっ!」


 咄嗟の回避も間に合わず、とんびコートが触手をかわしきれない。それに引っ張られて空中制動を失った。


「っ!しまっ……」


 それを見逃さず、大王烏賊だいおういかの触手が幾重いくえにも重なり波状攻撃を仕掛けてきた。


「クニ!」


 ツジの叫びが聞こえるが、もはや直撃は免れない。


 そう思った瞬間、振り下ろされた全ての触手は何かに弾かれるように後ろに飛ぶ。


 はっとして触手を見れば、ビー玉が肉を押し込んでいるのが見えた。止まりかけた思考が戻り、両足で宙を蹴り体勢を整えた。


 オミカワの碧落射出へきらくしゃしゅつだ。彼女のビー玉が迫りくる触手を弾き飛ばしたのだ。


 そして、改めて理解する。私やツジが落ちれば、後方のオミカワやオギウエは死ぬだろう。舞阪基地もただではすまない。


 ふいに妹の手の温度が、一瞬だけ浮かぶ。ここで私が落ちるわけにはいかない。


 そう頭によぎると、心には再び火が灯る。心臓の鼓動も高まる。身体には力が漲り、私は再び大王烏賊へ向かった。

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