12話 海を征く

 一九四三年、六月十五日。本月十三度目の害物襲来。龍眼偵察により、大型一体、中型二体を確認。重なる戦闘による異能暴走いのうぼうそうを考慮し、ツジ班より二名、クニエダ班より二名選出での混合班にて迎撃に当たる。空中戦闘可能隊員が二名のみの為、接敵に小型艇を使用し征伐に赴く。以下、回想。


 私たちを乗せた小型艇は沖を進む。風を切る船上で、とんびコートがあおられる。


 度重なる戦闘により班員の疲れは目に見えて明らかだ。先日まではサクラダの空間護壁くうかんごへきで害物の攻撃を防いでいたが、疲労からついに異能が制御不能になり、医務室送りとなった。トノサキは基地で追跡偵察を行なっている。


「全く、ここの所毎日毎日害物の相手だ。嫌になるな、クニ」


 ツジは一目見ただけでも分かるような青白い顔で、うんざりした表情で私に話しかける。


「ああ」


 おそらく私も同じような顔色だろう。ツジの言う事には同意見であるが、害物が出現したのであればどうしようもない、征伐する他無いのだ。


「舞阪基地の別嬪べっぴん二人組も船に揺られて、流石に顔色が良くないな……」


 ツジはこんな時にも関わらず冗談を飛ばす。しかしそれは、自らの疲れを忘れさせる為だろう。


 甲板の中央に目をやれば、オミカワ、オギウエは力なく座り込み、進行方向を向いて押し黙っている。

 空を飛べる者が足りない日は、海軍の小型艇で接敵するのが常だ。甲板が波の肩を跳ねるたび、鈍く唸った。

 

 今回の征伐はツジとオギウエ、私とオミカワの混合班で行う。オミカワも異能の酷使により右目の異能が使えず、雨車輪の時のような狙撃ができない。

 辛うじて戦闘回数が少ないのは、入隊したばかりのオギウエのみという状況であった。


 全員の限界が近いこの状態での大型害物襲来。万全ではない。確たる自信もない。だが、やらねばならない。


「おいおい、大丈夫かよお前達。俺はただの操舵手だ、しゃきっとしてくれにゃ困るぜ」


 満身創痍まんしんそういの私たちに操舵室から声を上げるのは海軍所属のヒロスエである。この船の操縦を行う、異能の無い軍人である。舞阪基地所属の、異能を宿す我々と腹を割って話してくれる数少ない人だ。


「問題無いってヒロスエ。今回は舞阪基地の班長二人と精鋭の揃い踏みだ、大船に乗った気持ちで見てな。ま、この潮騒丸はおんぼろ小舟といったところだけどな」

「なっ、おいツジ!俺の愛船になんて事言いやがる」


 操舵室から騒ぐヒロスエには視線もやらず、ツジはカッカと笑い水平線に視線をやる。


「全くヒロスエをからかうのは面白い……お、クニ、見えてきたぞ。トノサキの報告通り、“大王烏賊だいおういか”と“大雲丹おおうに”だ。オギウエとオミカワに触手を抑えてもらわにゃ近付けなさそうだ」


 ツジが目を細めて太平洋を眺めている。私もそれに倣って目線を同じ方向にやると、遠くの地平線に乳白色の巨塊が見えた。 

 目を凝らすと、その周りに絡みつくように、細い紐のようなものがうごめいているのが分かる。


 大王烏賊と呼ばれる害物は、その名の通り極く巨大な烏賊いかの姿をした害物である。八本の再生する触手を自在に操り、まともに食らえば身体は簡単に千切れるだろう。これが本土に上陸した日には、辺りは文字どおり壊滅的な被害に遭う。


 大雲丹おおうには球状の中型害物で、体内から針を射出する。瀕死になると自爆して四方八方が文字どおり針の筵になるため、一撃でほふる必要がある。針が一本でもこの船に降れば甲板の薄板は悲鳴を上げ、海上の棺桶になる事は想像に易い。


「海の幸は好きだが……あいつらは食えんのがいただけんな」


 ツジがまた冗談を言っているが、誰もそれに返答はしない。


 今回の任務はこの二つを征伐することにある。

 一度深く息を吐き、集中力を高めた後に、海面を睨みつける様に見据えた。視線の先に広がる青々とした海原には、うねりを伴った白い波が幾重にも重なっているのが見える。


 今度は大きく息を吸う。軍帽を深く被り直し、両足に履いている鉄脚の革ベルトをきつく締めた。


「各自、戦闘準備。恐らく大雲丹がまず飛来してくるだろうから、そこから片付けるぞ。オミカワ、オギウエで先攻しろ。もし距離が詰まっても落とせていなければ私とツジで引き受ける」


 全員が頷いて私を見た。それを確認し、話を続ける。


「大雲丹を仕留めた後、私とツジで大王烏賊へ空中戦闘を行う。ツジは大王烏賊本体を攻撃、触手は私が払う。オミカワとオギウエは状況を見て援護を。作戦は以上だ」


 私の言葉に、揺れる船上の誰もが口を開かなかった。先程まで豆の様に小さかった害物の姿が段々と大きく見えてくる。


 ──戦闘は近い。


「ツジ、お前の異能の攻撃範囲に入ったら合図を頼む。私も合わせて叩く」


 ツジは私を一瞥すると、力強く頷く。ツジの異能も空中戦闘は可能であるが、私の“反重力脚はんじゅうりょくきゃく”に比べれば、その滞空時間は短い。今回の大型害物征伐はツジの異能が向いている為、機会を合わせて攻撃を行う。


「おい、クニエダ」


 顔面蒼白のオミカワがふらついた身体を甲板から持ち上げ、やや慎重な足取りで私に向かって来た。私のとんびコートの襟を掴むと、ぐいと自身の顔近くまで近付ける。


「怪我すんなよ」


 その一言だけ言うと、オミカワは船の揺れに抵抗しながら先程の位置に戻って行った。それを見たツジはにやついた視線をこちらに寄越すが、素知らぬ顔をしておいた。


 小型艇は風を切り裂く速さで、刻一刻こくいっこくと害物に近づいている。次第に各員は緊張の面持ちになる。先程まで軽薄な笑みを携えていたツジでさえ、緊迫した表情を見せている。


 ツジは自身の両頬をぱしりと叩くと、目線は前方を見据えたまま口を開く。


「オミカワ、オギウエ。俺の異能はクニの様にすばしっこく動けない。触手の一撃を喰らったらお仕舞いだからな、くれぐれも俺を殺さないでくれよ」


 並の人間が言えば、戦闘前に何を気弱な事を言っているのかと叱咤しったを受けそうな発言であるが、この舞阪前線基地における一番の征伐数を持つツジが言うとその意味合いが違ってくる。


 “俺を殺させなければ勝てる”


 ツジはそう言っているのである。少なくとも、舞阪基地の異能の学徒はもれなくそれを理解している。


「はい、出来得る限りの援護を行います」

「ふん。ツジは殺しても死ななそうだけどな」


 オミカワは吐き捨てるようにそう言うと、巾着からビー玉を取り出して射出準備に入った。

 同時に、大雲丹が我々の接敵を察知したようで、ぎょろりとその一つ目でこちらを見据えた。


「ヒロスエ、速度を上げ、真っ直ぐに向かってくれ」

「任せろ!」


 私の依頼に即座に応じ、ヒロスエが小型艇の速度を速めた。


「では、征伐開始」


 私は号令と共に手を振り下ろす。瞬間、オミカワの碧落射出へきらくしゃしゅつでの遠距離攻撃が開始された。

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