10話 首輪の名は、善意

 私の妹は重い病を抱えていた。


 通称“害物病がいぶつびょう”だ。

 害物由来とされているが、その原因は定かではなく、皮膚が段々と害物同様赤黒く変異していき、最後には死に至る病。

 発病後、すぐに病院に入れて治療をしてもらったが、効果は薄かった。可愛らしい妹に、だんだんと害物の表皮が広がり、赤黒く脈動をしていた。日ごとに息もか細くなり、治療打ち切りもやむなし、と医者に言われた。しかし、妹の手にはまだ人の肌色が残っていた。


 病が進行し、妹を思い悩む日々を過ごしていた時、それをどこで知ったか、タハラ中佐から声かけがあった。そして、そのつてで名の知れた病院を紹介してくれたのである。


 勿論その治療費は莫大ではあるが、軍属としての給金と害物討伐ごとの特別手当で辛うじて賄えている。


 皮肉な話だが、私が異能の学徒とならねば妹の命は今頃失われていたかもしれない。この前線勤務を耐えられているのは良き仲間に恵まれたことも大きいが、妹のためであることが何より大きい。


 私以外の舞阪基地の学徒にも、同じようにタハラ中佐から個人的事情に沿った便宜べんぎを図ってもらっている者が多いと噂を聞く。つまり私もその一人に過ぎず、妹のために害物を倒し続けねばならない。


「は。お陰様で良い治療を受けさせて頂いております」

「それは何より。死地に出ているんだ。利用できるものは遠慮なく使え。我々がしてやれるのはその程度だ」


 タハラ中佐は頭をかきながら言った。

 普通の軍人であれば「御国おくにのため」という言葉が出てきそうなものだが、今回もその一言は無い。恐らく彼は自身が異能の研究を担う特殊な立場にあるがゆえに、学徒がどのような思いで戦場に立っているかを理解して下さっているのだろう。

 元は軍人でもない一般人が、終わりの見えぬ戦いに駆り出され、その中で気力を保つのは容易ではない。

 だからこそ、タハラ中佐の気配りに、学徒はすがるしかなかった。


「さてツジ、以上で現状説明は足りるか?」

「は。貴重なお話ありがとうございます」

「オギウエはまず三回の戦闘を生き残れ。舞阪基地は他より生存率が高い。無理をして一度で死ぬな。生きて三度目を終えろ。その方が防衛に資する。配置はまだ先だ、それまでは体を休めておけ」

「……はっ。了承しました」


「よし、本日の話は以上だ。クニエダ、ツジ両名は残れ。他は解散」


 タハラ中佐が手を叩き、隊員たちは次々に部屋を出ていく。



 部屋に残ったのは私とツジ、そしてタハラ中佐だけとなる。


「さて、まずは一服だ。お前達もやるか?」


 タハラ中佐は胸ポケットから煙草を取り出し一本くわえると、私とツジに差し出した。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」

「私も頂戴します」


 ツジも同じく煙草とマッチを受け取り、火を付けて深く吸い込む。久しぶりの紫煙しえんが肺に染み、ゆっくり吐き出すと淡い煙が宙を舞った。


「はは、随分ずいぶん美味そうに吸うな。酒保しゅほでも買えるだろうに」

「貰い煙草は別格です。ましてや上官から頂いたとなれば尚更。酒保の物より遥かに上等な味がします」

「はっ、よく言う」


 ツジの軽口に、タハラ中佐は喉の奥を鳴らして笑い、煙を深く吸った。

 以前から会議後に私とツジが残されることは度々あった。班員には聞かせられない重要な情報共有の場であると同時に、束の間の心地よい時間でもあった。


 タハラ中佐は灰皿に灰を落とし、表情を引き締めた。


「さて……お前らに伝えておくことがある」


 私とツジは目を合わせ、次の言葉を待つ。


「第二回北海道奪還作戦が内々に決定した。舞阪基地からは半数が動員される見込みだ」

「半分、ですか」


 半分とはかなりの数だ……。

 舞阪の防衛に残る者も、一班のみになるということだ。それほど大規模なのか。


「そうだ。撃破率が高い基地だからこそ前線に回される。前回の奪還作戦は成果もとぼしく死傷者が多かった。そのため今回は規模をさらに拡大するそうだ」


 一年前の第一回作戦の惨状さんじょうは耳にしている。舞阪から参加した者はいなかったが、他基地から招集された多くの学徒が帰らなかった。


 タハラ中佐は一度煙を吸い、長く吐いた。


「そして奪還作戦に向け、新たな異能実験が始まっている。お前達にも声がかかるかもしれん。ただこれは、可能であれば断った方がいい。無茶な人体実験まがいのものという話だからな」


 窓を開け、外へ煙を吐き出しながら続ける。


 先日、ツジと話した“重複異能”の噂が頭をよぎる。

 ツジも同じだったようで、ちらと隣に視線をやれば目が合った。


 驚きの中、返答を頭の中で探していると、タハラ中佐はそれを汲み取ったかのように首を振った。


「……突然で驚いただろうが、カナモト経由で知らされるより心構えがあった方がいいだろう?お前達が動揺すれば班員にも不安が広がる。この話は他言無用だ……そして死ぬな。死亡報告書を書くのも面倒だし戦死給金も馬鹿にならん」


 タハラ中佐は机に煙草の箱を置き、そのまま立ち去った。


 残された私とツジはしばし無言であった。


「参ったね、こりゃ」

「……ああ」


 唐突な報告に、短い言葉をこぼす他なかった。

 二人の煙草の火だけが、小さく揺れていた。

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