9話 学徒の値段
害物対策省の担当役人はタハラ中佐という。
年齢は四十代程、黒い髪を七三にぴたりと分け、瓶底眼鏡を掛けている。軍人というよりは学者然としている見た目だ。
敬礼を返すと、私達に着席するように促した。
「よし、みんな居るか?情報共有会議を始めるぞ」
タハラ中佐は
彼は害物対策省に席を置く軍人。そして害物研究者にして東海地方の前線基地における異能の学徒の管理官でもある。
加えて、異能の学徒作戦以前から自身を対象に異能の実験を繰り返しているだとか、最初期の本土防衛で先陣を切ったという噂もあるが、本土決戦時の話は情報統制されており真偽は不明だ。
しかしタハラ中佐は色々な意味合いで軍人らしくはなく、どこか浮世離れした雰囲気があった。気さくではないが気負いはしない、不思議な人物である。
「タハラ中佐、よろしいでしょうか」
「ツジ班長。どうしたかね」
ツジはふと手を挙げ、椅子から立ち上がった。
「この舞阪基地に、本日付で新たな異能の学徒が着任しました。つきましては、この害物との戦争のあらましと、異能の学徒について改めてご説明頂ければと」
ツジが質問を投げかける。オギウエの為にタハラ中佐に現状説明をしてもらいたいのだろう。
「ふむ。あらましといってもどこから話して欲しいんだ?」
「初めから。異能の訓練所では甘いことしか教えていただけないので、タハラ中佐の口から現実的な話をしていただければと」
異能の訓練所とは、異能に目覚めた者が集う教習所のような場所である。
確かにそこで教えられたのは、害物は簡単に討てる、日ノ国の戦況は有利、決着の日は近い、などと前線に出ればすぐさま間違いだと思わされる事ばかりだった事を思い出す。
無論、今では異能に目覚めたばかりの学徒の士気を高める目的であると理解しているが、いささか現実との
ツジの言葉に、タハラ中佐は一度視線を落とし、考え込むような仕草を見せた後、再び目線をこちらに向けた。その瞳は暗く、底の見えない沼の様だった。
タハラ中佐はゆっくりと口を開き、語り始めた。
「ふむ、今回は新型の害物の情報は無く、各前線基地の報告が主だからな……いいだろう、ここらでお前達の情報の整理も兼ねて一から説明してやろう」
タハラ中佐はそう言うと、手元の資料に目をやった。そして、少しの間沈黙が流れた。
数秒程経っただろうか。ふと、思い出したかのようにタハラ中佐は顔を上げた。
「よし、始めようか」
「はい。お願いします」
ツジは短く返事を返した。
「まず、害物とは何か。我々人類にとっての脅威だ。その害物はどこからやって来る?ツジ、答えろ」
「はっ。太平洋上に突如として出現した害物の島からであります」
「そうだ。四年前の春、突如として太平洋上に害物を吐き出す島が浮上した。そこから生まれ出た害物が、全世界を襲っているというのが現状だ。ではオミカワ、害物が地上に上がるとどうなるか簡潔に述べよ」
「は、地面と
隣に座るオミカワは真面目に回答を出した。それを聞いてタハラ中佐は頷く。
「一度害物と同化した土地を取り返すのは非常に厄介である。だからこそ害物は上陸前に征伐するか、地上に上がったとしても同化前に
オギウエの方に目をやると、興味深そうに深く頷いている。
「次は異能についてだ。異能には甲、乙、丙の分類がある。希少性での分類だ。害物の体液を体に打ち込むと、害物が持つ異能の内の一つが発現する」
タハラ中佐は部屋の中の学徒を見渡した。
「ただ、害物固有の能力を宿す事の割合のほうが少ない。
このあたりの話は訓練所でも聞く。皆、タハラ中佐の言葉に頷いていた。
「単純に言えば、珍しいものは甲、よく見られるのは丙の異能だ。舞阪基地で言えばツジ、オミカワが甲の異能、他は乙、丙の普遍的な異能である。クニエダは戦闘に向かない丙の反重力脚で良くやっているな」
私に話が振られたので、一礼を返しておいた。
「さて、ここからは訓練所で教わらなかったであろう話をしよう」
そう言うと、タハラ中佐の顔つきが変わった。
オギウエも、ごくりとつばを飲み込んで緊張している様子だ。
「異能の学徒というのはどれ程の予算で生み出されているか、陸軍の突撃銃一丁と比べてやる。諸君らに注入された害物由来の液体、あれは突撃銃何丁分であるか答えてみろ。新人の……名前は?」
「オギウエであります。」
「オギウエ、答えろ」
オギウエは少しばかり考える様子を見せた。
「なに、試験でも無い。適当に言え」
「……十丁分でありましょうか」
「そう考えた根拠はあるか?」
「申し訳ありません。見当がつかなかったので勘です」
その正直な回答に、タハラ中佐はふと笑みを浮かべる。
「正解は二丁にも満たない金額だ。正確には一丁と半分程である。無論、害物の体液を抽出、注入する技術が確立しているという前提だがな」
タハラ中佐は手元の資料に目を落とした。
「ところで、陸軍兵士に突撃銃一丁持たせて害物と対峙した時、その害物を殺せる確率はどれ程か?小型であれば五割程度だろう。しかし実戦経験のある異能の学徒であれば殆ど確実に仕留めることができる。この意味が分かるか?」
オギウエは真剣な面持ちで小さく首肯した。
「このご時世、銃を一丁用意するのも結構な金額と手間だ。それを持たせて五割の勝率の戦闘を陸軍に強いるより、班を組ませた異能の学徒に戦闘を任せたほうがはるかに費用対効果がいい」
トノサキの顔が少し歪んだ。
先日のカナモト少佐とのやり取りを思い出しているのかもしれない。
「軍部の強力な近代兵器を用いて害物を屠ることも可能だが、万一航空機や船が落とされたら損害が大きい。つまり、異能の学徒を使ったほうが
オギウエはその言葉に絶句している。
しかしタハラ中佐は気にもとめない様子で、機械のように手元の資料に目を通しながら続ける。
「しかしながら問題もある。まずは異能の覚醒だ。害物の体液を注入し、異能を発現させる者が三割程。そこから前線に配属されるが、初めての戦闘で異能が暴走するのはどれほどの確率か。クニエダ、答えてみろ」
「戦況や本人の資質によりますが二割程度かと」
「いい線だ。では三回出撃するまでに命を落とす異能の学徒はどれほど居る?」
まだ一度も戦闘を行っていないオギウエの手前言葉にするのが
「三割程、でしょうか」
私の言葉に、オギウエの表情が曇った。
タハラ中佐は短く溜息をつく。
「舞阪基地では、な。他は酷いぞ?全体で見れば四割から五割が命を落とす。つまり、その少ない学徒により現在の前線が突破も許さず守られているというわけだ」
オギウエはその戦死比率に驚いたのか、青ざめた顔で俯き、膝の上に置かれた手が震えている。
慣れきっていた前線の状況を改めて聞くと、厳しい状況が続いていることがはっきりと分かる。だが、これが現実だ。何とかやっていくしかない。
「まあ、お前達にとっても悪い事ばかりでは無い。害物には、その行動を停止させる期間がある。冬だ。そこまで乗り切れば交代制ではあるが休みが取れる。今は地獄の様な日々かもしれんが、休みとなれば、着任中に貯めた給金をぱっと使って楽しみたまえ」
中佐は両手を広げてわざとらしくおどけて見せた。
「それに、害物を殺せば一体ごとに特別手当も付くから少しばかりやる気も出るだろう。なあクニエダ?妹さんは元気か?」
私はタハラ中佐の言葉に、一拍おいて頷いた。
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