8話 オギウエ 着任

 一九四三年、五月二十九日。舞阪基地に異能の学徒一名が着任。“異能の学徒”計画にて適性確認後、異能が発現した為、当分は班編成に組み入れず後方支援を主とし、定着を図るとのこと。以下、回想。


 舞阪基地は大型害物の襲来こそ少ないが、中小型の害物が絶え間なく押し寄せる。日ノ国の中央に近い地形が原因と推測する者もいるが、害物に問いただす術はない。戦闘回数は数ある前線の中でも群を抜き、必然として戦死者も多い。


 そんなおり、一名の異能の学徒が舞阪基地に着任することとなった。


 基地を囲む二メートルの塀の前門が大きく開き、カナモト少佐をはじめとする上官たち、ツジ、そして私が待機していた。陸軍の車が砂埃すなぼこりを上げて滑り込み、後部扉から一人の若い学徒が降り立つ。


 真新しい隊服にのりの効いたとんびコート、麗しい長髪を風になびかせたその学徒は、澄んだ声で挨拶した。


「本日付けで舞阪前線基地・異能の学徒隊に所属となりました、オギウエです。日ノ国の為、粉骨砕身ふんこつさいしんの思いで努めます。どうぞよろしくお願いします」


 ツジは私の耳元で小声を上げる。


 「おいクニ、見ろよ。あの儚げな目元に麗しい長髪。別嬪べっぴんだ、たまらん。すっとした凛々しい美人のオミカワとはまた違った良さがある。今回こそ俺の隊に来ないかな」


 子供のような目でオギウエを追うツジに、思わず笑いをこらえた。


 確かに美しい。普段なら異能学徒に厳しいカナモト少佐でさえ、どこか柔らかい口調で応じている。所詮しょせん男とは女性に弱いものだ。


「クニエダ、ツジ。前へ」


 カナモト少佐のなかば怒鳴る声に背筋を伸ばし、私とツジは上官たちの間を抜けて進む。


 間近で見るオギウエは、白磁はくじの肌と細い肩が印象的で、転べば折れてしまいそうなほど華奢きゃしゃだった。

 長髪が規律を破っているように見えたが、カナモト少佐らが触れていない事を見るに、発現している異能に関わるのだろうかと直感する。


 カナモト少佐が簡潔に告げる。


「この二人が舞阪前線基地の異能学徒隊を指揮している。今後はいずれかの班に所属し、害物征伐にあたることになる。以上だ。各員、持ち場に戻れ。ツジ、クニエダ両名は案内をしてやれ」


 上官たちが去り、残ったのは学徒三人だけとなった。ツジが待ってましたと言わんばかりの満面の笑みで一歩踏み出した。


「……さてさて、改めて自己紹介と行こうか。俺はツジ。舞阪基地の異能学徒隊の班長をやってる。こっちはクニエダこいつも班長。今までとは全く違う暮らしになるが、気張らずにやってくれ」


 ツジが右手を差し出すと、オギウエは緊張を隠しつつも小さく息を吸ってから握手に応じた。


「ツジ班長ですね。どうぞよしなに。何分慣れないことばかりでお手間を取らせるかと思いますが、早く馴れるよう努めます。クニエダ班長も、よろしくお願いします」


 私も握手を返す。白魚しらうおのような指先は微かに震え、温もりと共に不安が伝わってくる。

 初めて学徒動員を受けた自分も、これほど手が震えていたのだろうか。その記憶はもう霞んでいる。


 一通りの儀礼的な挨拶が終わったところで、ツジが両手を打ち鳴らした。


「さて、今日は丁度良く月に一回の“害物勉強会”だ。上がオギウエの着任に合わせたんだろう。良かったな、では会議室に向かおう」

「ツジ班長、害物勉強会とは、先程カナモト少佐の仰っていた情報共有会議というものですか?」


 オギウエが質問を返すと、ツジは頷き、“勉強会”の説明を続けた。


「ああ、そうだ。害物対策省の役人が、日ノ国全土、そして海外を含めて出現した害物の情報を共有するため前線基地を回って説明してくれてな。俺達は“勉強会”と呼んでいる」

「全世界の害物の情報は一度害物対策省に集約され、それが各基地に通達される、という事ですね」


 オギウエの答えにツジは頷きを返す。


「そうだ。害物が現れる前は国同士の大規模開戦寸前と言われていたのに、今は害物のお陰で仲良しとは皮肉なこった。まあ、害物の情報は、生存率にも撃破率にも影響する。しっかり聞いておくに越したことはないぞ。さあ、我らが舞阪基地を案内がてら向かおう」


 ツジはそう言い、オギウエの肩を気軽に叩くと、私達は連れ立って会議室へと向かった。


 案内が必要なほど大きな基地ではないが、新たな学徒が動員されるたび、私とツジで施設の紹介を行うことにしている。一日でも早くこの場に慣れてもらうためだ。


「まず、入り口を入ってすぐの所が食堂。味は淡泊だし量は少ない。俺達は陸軍兵士が食べ終わった後からになるからな。間違っても同席するなよ?」

「同じ基地に居るのに一緒に食べないのですか?」


 オギウエは疑問を口にする。

 それを聞いて、この状況に慣れきってしまっている自分に気が付いた。新人の視点からは不思議に映るのは無理もない。


「オギウエはまだ知らんだろうが、異能を宿していると不気味がられるものだ。だから食事でも風呂でも異能の学徒俺たちが一番最後だ。もし陸軍兵士から絡まれたら無視しておけばいいからな。そういうものだと割り切れば、その内気にならなくなる」

「そう……なのですね」


 ツジはまるで当然の事のように言い、オギウエの笑顔が一瞬固まった。

 これは彼なりに、これから起こるであろう理不尽に対して先手を打ってやったのだろう。事前に知っているか否かで、実際に目の当たりにした時の心の持ち様は大きく違う。


「ツジ、そんなに脅かすな。どちらかと言えばそういった風潮もあるが、もちろんそんな人達ばかりでは無い」


 しかし、陸軍兵士とはこれから一緒に害物から日ノ国を守る仲間となるのだから、あまり毛嫌いされても困る。私は偏った印象を与えないよう、一応釘を刺しておく。


「ええ、それは勿論です。人間ですもの、異能の有る無しに関わらず、矜持きょうじの違いがあるのは理解しているつもりです」


 オギウエは春風のような笑みと共に返答した。

 儚げな見た目とは裏腹に、理解のある答えだった。


「お、大人の回答だねオギウエ。クニよ、こりゃオミカワにも見習わせた方が良いんじゃないか?」


 ツジもオギウエの物言いに感心したようだ。しかし、それを茶化すようにわざわざオミカワを引き合いに出して来た。


「あまり本人の前では言うなよ。ああ見えて案外打たれ弱い所があるんだ」


 ツジの軽口の後、カッとなった彼女を落ち着かせるのは骨が折れる。ツジの言葉は時に的を射ているので、数回に一度は本人の気にしている所に触れて余計な怒りを買ってしまうのだ。


「はいはい、分かってますよ。さ、食堂の次は風呂場だ。男女は分かれてないから覗かれたく無きゃ気を付けろ。その辺はオミカワと一緒に行動すると安心だ。」

「お話に出ていたオミカワさんも女性なのですね。もし女性が私一人だったら心細かったのですが、それを聞いて安心しました」


 オギウエはほっと安堵あんどの表情を浮かべた。確かに男所帯の中に一人だけうら若き女性というのは心細いだろう。しかし、男勝りのオミカワが居れば確かに心強い。


「残りの部屋は陸軍兵士の寝所と通信室くらいかな。二階には作戦説明の会議室がいくつかと上官殿の部屋……そこから時々酒を拝借したりしている」

「おいツジ」


 ツジが軽々しく罰則ものの言葉を口にしたので、つい嗜める。


「おっと、失言だ。忘れてくれ。そろそろ勉強会の時間も近い。残りは終わってから案内するよ。勉強会は二階の会議室だ。さ、行こうか。他の隊員にもオギウエを紹介しなきゃならないしな」


 二階への折り返し階段を上ると、一番近くにある部屋が第二会議室だ。害物勉強会は毎回ここで行われている。


「さあ到着、ここが第二会議室だ。害物勉強会を始めとした会議は全てここで行われる。さて、皆集まって居るだろうしオギウエの紹介をしよう」


 ツジが両開きの扉を開くと、部屋の中には舞阪前線基地の異能の学徒の見慣れた面子めんつが椅子に座って勢揃いしていた。部屋に入るツジに続いて、オギウエ、そして私も中に入る。


 部屋の黒板の前に立ったツジはオギウエを隣に立たせる。


「皆、聞いてくれ。本日付で舞阪前線基地に配属になったオギウエだ」


 ツジは視線で挨拶を促すと、オギウエは髪を揺らしながら小さく頷きそれに応えた。


「オギウエです。本日付で舞阪前線基地、異能の学徒として配属となりました。どうぞよしなに」

「皆、先達として指導を頼むぞ。各員のオギウエへの紹介は後程行う事とする。まずは害物勉強会だ」


 ツジはそう言うとオギウエをちゃっかり自分の隣の席に案内する。私はいつも通り後ろから二列目の奥の窓際、オミカワの隣に着席した。


 まだ害物対策省の人間は到着していないが、机の上には害物の写真や図解が描かれた資料が準備されている。


「クニエダ、オギウエは異能の学徒作戦以前から動員されてたの?」


 資料に手を伸ばしかけた時、オミカワがオギウエに視線を向けながら小声で問い掛けてきた。


「いや、作戦発令以後と聞いている」

「この時期だし“イゴモノ”か。最近、カナモト少佐の采配のお陰で新人の定着率が悪いから、なんとか生き残ってくれればいいけどな」


 オミカワは頭の後ろで手を組んで仰け反った。


 “以後者いごもの”とは、異能の学徒作戦後に異能に目覚めた者を指す言葉である。


 私やツジ、オミカワのように発令以前に学徒動員され、害物との戦いで負傷した所に実験的に体液を注入された者と比べると生存率が低く、いつの間にかそんな呼ばれ方をしている。


 恐怖を知った経験の有無が、初戦闘での動きに大きな差を生むからだろう。


 もっともオミカワはこんな言い方をしているが、侮蔑の意図はない。ただ“イゴモノの戦死率が高い”現実を嘆いているだけである。


「そうだな、それにお前と同じ女性だ。オミカワ、色々と頼むぞ」


 私が返すと、オミカワは鼻を鳴らした。


「言われなくてもそうするよ。害物と戦うには一人でも異能の学徒が多い方が良いんだから」


 オミカワとの会話が一段落すると、後ろから肩を叩かれた。


「クニエダ、あの新人、オギウエ。ありゃ美人だ。なぁサクラダ」

「はい……綺麗ですねぇ」


 振り向くと、トノサキとサクラダも新人に興味津々といった様子であった。


「……男って奴はそれしか感想がないのかよ」


 オミカワは呆れたように舌打ちをして足を組んだ。しかし、男所帯おとこじょたいの舞阪基地なのだから無理もない反応だろう。ツジではないが、女性が居るだけで場が華やぐとは私も思う。


 そんな他愛のない話をしていると、部屋の扉が開き、害物対策省の役人が入って来た。その瞬間、オギウエと楽しそうに話していたツジが瞬時に立ち上がり敬礼をする。


「敬礼」


 私達も続いて起立し、敬礼を行った。

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