7話 夜酌

 日も暮れ、異能の学徒の宿舎の窓から見える景色がすっかり闇に沈んだ頃。


 自分以外の班員は見回りやら雑務やらでまだ兵舎へ戻ってきていない。


 私はといえば、自身の仕事が終わった為、本を読みながら風呂の順番を待っているところであった。春先でまだ暑さの盛りでは無いとはいえ、一日中基地の点検や修理をしていたら汗もかく。


 しかし、舞阪基地の風呂の順番と言えば、上官が入り、陸軍兵士が入り、最後に異能の学徒が入る事になっている為、かなり遅くまで待つこととなる。最後なので垢だらけの湯船であるが、このご時世じせい、入れるだけ恵まれている。


 少ない手当で買った蝋燭ろうそくの火の減り具合を気にしながら本を読み進めていると、いきなり兵舎の扉が勢いよく開いた。


「よう、クニ。一人か?」

 

 私の事を旧友と同じようにクニと呼ぶのは、舞阪前線基地においてこいつしかいない。


 彫りの深い目鼻立ちに、涼やかさとたくましさを併せ持つ顔立ちの男が、笑みを浮かべている。


 扉を開けたのはツジだった。学徒動員時に両腕を失いながら、異能の学徒作戦で生還した男だ。


「おお、ツジ」


 私は普段の“班長”という肩書を下ろし、気さくに手を挙げて答えた。


 舞阪には、二つの異能の学徒班がある。

 異能は使いすぎれば暴走する。この事情から、交代で任務をこなすことになっている。それぞれ班をまとめるのが私とツジである。


 この厳しい状況下でもどこか飄々ひょうひょうとしているように見える奴であるが、発する言葉には嫌みが無い。

 ただし一度征伐に出れば鬼神のような働きで、班員からの信頼も厚い。一点、無類の助平すけべという点が玉に瑕たまにきずであるが。


「他のは任務中だ。どうしたツジ。何か用事か?」


 私の問いかけに嬉しそうに笑みを浮かべると、ツジは私の横に座り、肩に腕を回してきた。そして、もう片方の手に握られている物を私の眼前に突き出してきた。

 それは一升瓶であり、中身は心許こころもとないものの、ちゃぷと揺れている。


「そりゃ好都合。中身も少ない事だし二人で一杯やろうぜ」


 ツジが白い歯をむき出して笑う。

 害物との戦時下において、酒という贅沢品が手に入るのは稀である。


 害物討伐は危険をともなうため、という名目で異能の学徒には害物を討伐する事に手当が支給されていた。少しでも士気を高める為と説明されている。

 とは言うものの害物との戦闘で傷を負えば、治療費は勿論のこと、入営時の契約で定められた入院料も発生する。

 そして私は、そこから妹の害物病の治療費の支払いもしているため、手元に残る金は、笑ってしまうほど少ない。


 そんな状況で嗜好品しこうひんなど、ほとんど奇跡だ。加えて今は、配給される物資がそもそも少ないのだからなおさらである。


 よりにもよって私達の様な末端まったんの異能の学徒が飲んでいいものだろうか。生唾を飲み込みながら、私の中で葛藤が生まれる。


 そんな心中を察したのか、ツジは口を開く。


「今や我々、異能の学徒は軍の正規兵に代わって害物との戦闘を一手に引き受けている。いつ死ぬかも分からないんだ、一杯くらいやらせて貰ってもバチは当たらんさ」


 そう言って私の背中を叩いた。ツジのこのような振る舞いに、私が心を休ませてもらっているのは言うまでもなかった。


「そうだな、では頂くよ。それにしても、よく酒なんて手に入ったな」

「ああ、カナモト少佐の貯蔵品を少々失敬してきた」

「ごほっ」


 一升瓶をラッパ飲みしかけた所でツジがそんなことを言うものだから、思わず咳き込んだ。


「ああ、勿体ない!クニ、吹き出すなら飲むなよ!」


 ツジは私の手から一升瓶を奪い取ると、喉を鳴らして一口飲んだ。


「……ツジ、お前それはいくら何でもまずいんじゃ無いか?ばれたら只では済まんぞ」


 私のとがめる口調に対して、ツジは舌を鳴らしながら指を振った。


「だからこの量なんだ。カナモト少佐は毎晩晩酌ばんしゃくされるからな。この程度減ったところで次の補給の時に新たな一升瓶いっしょうびんが届くんだからなんの問題も無い。だろう?」

「……まあここまで聞いてしまったら私も同罪だな。同じ罪をかぶろう」


 悪びれる様子も無く話すツジに呆れつつ、渡された一升瓶に口を付ける。

 芳しい香りと共に冷たい液体が食道を通り抜けていく感触を感じると同時に、焼け付くような感覚が体内を落ちていく。


「旨い」


 久々の酒に思わず声が漏れる。二人で他愛の無い話をしながらちびちびと酒をなめていると、ツジがふと神妙しんみょうな顔で聞いてきた。


「そういえばクニよ、異能の学徒の“征伐章”にまつわる噂、知っているか?」


 征伐章せいばつしょう。異能の学徒が目覚ましい活躍をした際に贈られる勲章だ。まだ舞阪基地の異能の学徒から出てはいないが、他の前線基地でたまわった者がいるのは知っている。


「征伐章は知っているが、噂とはなんだ?」

「いや、嘘か真か分からんが、どうやら征伐章を授与されると、ある異能の適合試験が受けられるらしいのだ」

「ほう、ある異能とは?」

「それは知らん。だが一等強力な異能だそうだ。それを今ある異能に加えて異能を宿せるという噂だ」


 ツジの口から発せられた単語に私は耳を疑った。


「まさか……異能を二重に宿すのか?聞いた事が無いぞ。しかしそれならば、新たな人員に投与する方が戦力も増えるのではないか?」

「あくまで噂だがな。だが理にかなっているとは思うぞ?新たに召集した適合するかも分からん新参に用いるより、国から讃えられる程害物を征伐できる人間に使った方がより価値はあるのではないか?」


 ツジは少し考えるような様子を見せ、続けた。


「例えばほら、前の情報共有の場で話の出た“再生”などはどうだ。単体では効果は薄いだろうが、今ある異能と組み合わせれば不死身の力を得られるぞ」


 各前線基地で月に数度、害物対策省が害物の情報を共有する場が設けられている。そこで聞いた話だ。


「再生の異能、か」


 あらゆる外傷を受けてもたちどころに傷が癒え、千切れた手足でさえ生えてくる異能ちからとの事だ。

 ツジが言うのを聞きながら、私は自然と自分の脚に目を落とした。

 

「しかし……失った手足が生えてくる異能とは、最早人間なのかとかげの尻尾なのか分かったものではないな」

「はは、違いない。だが、俺達は既に一度経験しているだろう。俺は一度目の適合で腕が生えたし、お前は腐りかけの足が治ったじゃないか。今更異能が一つや二つ増えたところで変わらんよ」


 ツジは愉快そうに笑った後、ぽつりと言葉を漏らした。


「生きてこの戦争が終われるといいな」

「ああ、そうだな」


 ツジは私の返答に頷きを返すと、一升瓶の底に残る酒を煽って立ち上がった。


「さて、そろそろ哨戒任務の続きに行くか。クニ、付き合わせたな」

「いや、久々に旨い酒が飲めた。ありがとう」


 ツジも私も、異能の学徒を束ねる班長だ。

 立場上、くだらない話を肴に酒を飲める相手は、こいつくらいのものだ。


 ここ最近、ナカネの死で沈んでいた胸が、少しだけ軽くなった。

 

 こいつは、ひょっとするとそんな私の為にわざわざ酒を持ってきてくれたのかのだろうか。そんな気がした。蝋燭の芯が小さく弾け、誰かの笑い声が遠くで聴こえる。


 今夜の酒は、よく効いた。


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