6話 酸の雨

征伐せいばつ開始」


 私の号令と同時に、オミカワの掌から小気味こきみよい風切り音が浜辺にひびく。少し遅れて疾風が走り、浜に座り込んだオミカワはその反動で砂を引きずりながら後退している。


 それが碧落射出へきらくしゃしゅつの発射威力を物語っており、思わず息をのんだ。


 オミカワは指の輪を覗き込んだまま、地面に落としたビー玉を拾い、矢継やつぎ早に次弾を発射する。


 “碧落射出”で飛ばす物は、いま使っているビー玉に限らない。掌に収まれば何でも良いという。だが本人いわく「丸い方が真っ直ぐ飛びそうな気がする」という。


 ちょうど三回目の風切り音が舞阪の砂浜を駆けたあと、オミカワは落としたビー玉を拾いながら満足そうに笑った。


「今日は調子がいい。きっかり三発で雨車輪あめしゃりんを一体落としたぞ。さ、次」


 そう言いながらも姿勢はさきほどと変わらず、視線は海岸線の彼方に据えたままだ。私にはまったく見えない遠方の害物を、彼女はすでに一体仕留めたらしい。


 害物にも弱点がある。人間でいえば脳に当たる器官だ。姿形は様々だが、二つの目の真ん中にあるらしく、オミカワもそこを正確に撃ち抜いているのだろう。


 射撃を続けるオミカワの隣で、トノサキは変わらず海岸線を眺めていたが、ふいに表情を変え、サクラダへ視線を向けた。


「“雨”が来るぞ。サクラダ、空間護壁の展開準備。範囲はこの砂浜と舞阪基地」


「了解」


 サクラダは慣れた様子で頷き、蒼天そうてんあおいで合図を待つ。


「今だ!」


 トノサキの号令と同時に、サクラダの掌から薄い透明の膜が、水面に落ちた絵の具のように空へ滲み広がる。ちょうど舞阪基地と私たちのいる砂浜をおおう形だ。


 広がり切ったのち、晴天に夕立ゆうだちのような激しい“雨”が降り注いだ。トタン屋根を叩くような騒々しい音が辺りを包む。


 空間護壁くうかんごへきに降る酸の雨が薄く流れ、光が揺らいだ。


 雨車輪の特徴は、大口から飛ばす溶解性ようかいせいの水。個体差はあるが、五里離れていても降り注ぐ雨粒のような溶解液は、一瞬で触れたものを溶かす。


 白煙が砂浜に立ち昇り、磯の匂いが鼻に刺す。

 報告では、この雨に触れれば皮膚が一瞬で溶けるという。


 舞阪基地の兵舎に降らされたら、ひとたまりもないだろう。


「こんな良い天気なのに急な土砂降りとは。参りますね」


 酸の雨が降り終わると、サクラダは軽口を叩きながら展開していた護壁を解いた。空を覆っていた淀んだ薄膜が薄れていき、先ほどと同じようにうらららかな日差しが差し込む。


 雨車輪のように遠距離攻撃を行う敵と戦闘する際は、サクラダのような防御系異能が不可欠だ。


「サクラダ、また来たら頼む。オミカワはどうだ。落とせたか」


 私が声をかけると、オミカワは舌打ちして首を横に振る。


「だめだ。三体は落としたけど、一体、どうにも固いのが混ざってやがる。弱点に何度打ち込んでも抜けやしない」


 彼女は覗いていた右目を手で押さえ、吐き捨てるように言った。碧落射出の遠見は目に大きな負担がかかるためである。オミカワは辛そうに右目を閉じ、乱暴に眼帯を下ろす。

 一度の征伐で彼女が狙撃できるのはおよそ二十発。それ以上は右目が痛んで遠見ができなくなる。彼女は酸の雨の最中も攻撃を続け、ちょうど二十発を撃ち尽くしていた。


「クニエダ、後は任せた」


 オミカワは余ったビー玉を拾い上げ、尻に付いた砂を叩きながら立ち上がる。そして私の背中を叩いた。


「ああ、助かった。後は任せろ」


 私はそれに反重力脚はんじゅうりょくきゃくの発現で答えた。足元の砂がふわりと舞い上がる。砂浜から足が離れた瞬間、一気に身体が軽くなる。


「雨車輪およそ三里まで接近。クニエダ、気を付けて」


 トノサキの報告を背に、空を蹴って海上へ飛び出す。


 雨車輪とは情報が少なかった頃から数えて三度ほど相対している。

 複数体のときは四方から飛ぶ溶解液に手を焼くが、残る一体となれば話は別だ。害物の中では動きは緩慢かんまん。口からの溶解液さえかわせば、どうということはない。


 風を切り、青々とした海上を進む。太陽光を受け、海面は万華鏡まんげきょうのように輝く。接敵前に海上を自由に駆けるこの時間が、私は好きだ。あるのは私と海と地平線のみ。何も邪魔しない。解き放たれたような気分になる。


 だが、その思い出が至福であるほど、次に来る落差は大きい。


 眼前に雨車輪の姿を捉えた。

 その口からは青みがかった溶解液が、沸騰ふっとうした鍋の中身のように飛び跳ねている。


 雨車輪の赤黒い眼球が私を見据えた気がした。

 直後、雨車輪の頬がぷくと膨らみ、粘度の高い液が口中で半球に膨らんだ。それを見て回避行動を取る。

 射出された溶解液はごぷり、と粘度を感じさせる音を放ちながら私の隣を通過し、海面に落ちていく。次の攻撃までの猶予ゆうよを逃さず、私は反重力脚で宙を素早く蹴り、距離を詰めた。


「はあっ!」


 空中で数回転して勢いを付け、気合の声を上げながら害物の左顔面を踵で抉る。害物の外骨格の砕ける鈍い音、肉が裂ける感触が踵から全身へ伝わる。


 一撃で雨車輪は奇声を上げ、け目から体液が噴水のように吹き上がった。垂れた溶解液が自らの皮膚をも溶かし、嫌な臭いが鼻を刺す。


「っ!硬いな」


 オミカワの言うとおり、この個体は外皮が異常に硬かった。


 害物は同種でも個体差があり、観測情報とのぶれは日常茶飯事だ。とはいえ反重力脚はんじゅうりょくきゃく鉄脚てっきゃくを叩き込める私にとっては、振り抜きがわずかに遅れる程度でどうということもない。


「これで終いだっ!!」


 体勢を崩した害物の上方へ跳び上がり、回転を乗せて正中線せいちゅうせんめがけてかかとを落とす。鈍い手応えが半身を貫く。鉄靴は雨車輪の頭から首先までを裂いた。


 割れた頭で飛行能力を失った害物は、緩やかに水面へ吸い込まれ、触れたところから泡のように溶けていった。


 私の全身からは害物の体液がしたたる。生臭い臭いが鼻の奥から消えない。


 人知を超えた異能をこの身に宿し、敵ではあれど命を奪い合う。日ノ国が蹂躙じゅうりんされかけた今もなお、私の心根にざらりと残る“生き物を殺す気持ち”悪さは消えたことは無い。


 害物が水面に溶けきるのを海上から見届け、体液で濡れた顔をぬぐって、舞阪基地へ帰投した。


 反重力脚で風を裂き、砂浜近くまで戻ると、三人が元気よく手を振っているのが見え、胸のどこかに安寧あんねいが戻る。


 ゆっくり異能を解いて、砂浜に鉄脚を脱ぎ捨てて降り立つと、足裏の砂の温さに、やっと戦いが終わったと実感した。


「クニエダさん、いつも頼りになります」


 サクラダは律儀りちぎに敬礼する。


「ま、クニエダは班長なんだから、これくらいしてもらわにゃ。右目を痛めて敵の数を減らした甲斐かいがない」


 オミカワは軽口を叩く。


「こちらクニエダ隊。害物の征伐せいばつを完了。班員損失なし。龍眼偵察でも増援は確認できず。これより帰投する……よし、報告完了。クニエダ、お疲れさん。最後の指示を」


 トノサキは冷静に舞阪基地へ報告を送る。


 三者三様さんしゃさんようの温かい言葉が、ささくれだった心にみる。だが、班長という立場上、甘えた声は飲み込む。


「皆、ご苦労。よくやった。クニエダ班、帰投する」


 背中に三人の返事を受けながら、重たい鉄靴を脱いで背負い、足裏に伝わる砂浜の温かさを踏みしめ、ゆっくりと舞阪基地へ歩を進めた。

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