4話 龍眼、十里を観る

 トノサキの異能“龍眼りゅうがん”は、敵の位置も数も、遥か遠くまで見通す力だという。初めて聞いた時は信じ難かったが、いざ彼が偵察に就けば、報告は一つ違わぬ正確さだった。


 害物の移動速度から到達時刻までを言い当てるその様は、もはや人智を越えているとしか言えなかった。他の龍眼持ちと比べても、トノサキは格が違う。


 “異能の学徒作戦”で異能を授かった際、同じ異能でも、相性と練度によって性能は大きく異なると説明は受けていた。


 だが、それを身をもって思い知ったのは、トノサキのおかげだ。


 以前、今回のように作戦へ苦言を呈したトノサキがカナモト少佐の逆鱗に触れ、ついに懲罰房へ入れられたことがある。


 その間、代わりの龍眼の偵察員が任を引き継いだ。

 同じ異能であれば問題はあるまいと、少佐も、そして私自身も思っていた。


 だが、それは致命的な誤算だった。


 トノサキ収監の二日後、深夜。

 基地に駆け込んできた偵察員の顔は、紙のように白かった。


「……間もなく、害物の襲撃があります」


 その報に飛んで外に出ると、害物は、すでにそこ・・にいた。

 上陸寸前に持ち込まれたその夜の戦闘は、基地の歴史の中でも忘れ得ぬ惨事として刻まれることになる


 後に聞けば、トノサキは懲罰房の中からも、壁を叩きながら敵襲を叫び続けていたという。

 しかし誰にも、その声は届かなかった。


 それ以来、トノサキの“龍眼”の有用性は基地全体に知れ渡った。上官に口答えをしても、カナモト少佐からの処分は煮え切らない叱責しっせきにとどまる。無二の偵察力であれば、そうもなるだろう。


 私とトノサキは長い渡り廊下を抜け、ようやく目的地である舞阪前線基地の別館へ着いた。


 舞阪前線基地は本館と別館に分かれている。本館には食堂や司令室など一通りの設備が整い、施設としての機能は十分だ。


 対して別館は、兵たちから”掘っ立て小屋”と呼ばれている平屋で間取りは大広間のみだ。ここが異能の学徒の寝所である。


 トタンと廃材はいざいの寄せ集めで造られており、仕切りは一切ない。ただ眠るための場所だ。

 異能者を気味悪がる兵のために設けられた、いわば隔離棟かくりとうである。


 とはいえ戦時であることを思えば、屋根があるだけで上等だ。同じ境遇きょうぐうの者が集うゆえか、皆の仲はよく、毎晩、騒がし過ぎない程度に賑やかだ。


 立て付けの悪い引き戸を押し開けると、湿った畳の臭いが鼻腔びこうを刺す。

 私とトノサキの姿を見て、布団に入る者、隠して持ち込んだ花札に興じる者、学んでいた分野の議論を交わす者──視線が一斉にこちらを向いた。


 そのうちの一人、サクラダが駆け寄ってきた。


「クニエダ班長、トノサキさん。ご苦労様であります」


 目尻の下がった温和な眼差しで私とトノサキを交互に見て、姿勢よく敬礼する。寝所ですら礼儀正しく、言葉にも棘がないので、学徒たちから弟分として可愛がられている。


 ただ、休んでいる最中にここまで改められると、周りは気を使う。事実、何人かが布団から出て姿勢を正し、私たちに一礼した。


「サクラダ。寝所では班長も敬礼もいらんといつも言っているだろう。布団に戻って休め」


 皆に聞こえるよう、わざと少し大きめに声をかける。


「すみませんクニエダさん、つい癖で。それで……カゲヤマとナカネ、ササキはご一緒では?出撃前、初陣で取り乱していた様子が気になって」


 サクラダは本当に気が利く。この状況でも人を思いやる数少ない人間だ。舞阪に入った新規学徒の世話係で、今回の三名にも規律を教えていた。


 言いにくいが、いずれ知れることだ。私は隠さず答えた。


「ササキとカゲヤマは自爆攻撃を受け、治療を受けている。ナカネは……正面からそれを受け、戦死した」


 サクラダの目が曇り、悲しげにうなだれる。


「そう……ですか。やっぱり、無理にでも援護へ出ればよかった。新人三名をいきなり前線に出すなんて……カナモト少佐は何をお考えなのか」


 彼は握り拳で自分の太腿ふとももを打ちつけ、悔しさを吐き出した。


「すまない。私の力が及ばなかった。海上で落とし切れなかったせいで、あの三人にも戦闘をさせることになった」


「……いえ、決してクニエダさんを責めているわけでは──」


 言いかけて口をつぐむサクラダ。場の空気が重くなる。見かねたのか、トノサキが口を開いた。


「今回の件は、クニエダのせいでもサクラダのせいでもない。ここは戦場、しかも最前線だ。死ぬときは死ぬ、生きるときは生き残る。起こったことは戻らん」


 そう冷たく言い放った後、トノサキはいつもの調子に戻る。


「あの石頭のカナモトには、今日も僕が啖呵たんかを切ってやった。こんなやり方、いずれ上層部の目にも留まるさ。ほら、明日も早い。皆、そろそろ寝よう」


 唇を噛み、怒りと悲しみを堪えるサクラダの肩をトノサキは軽く叩き、手を鳴らして消灯を促した。


 一見、冷たく聞こえる。

 だが、その声音の底には、幾度も死を見送ってきた者の擦り切れた優しさがかすかに滲んでいた。


 周りも、のそのそと布団に潜り込む。先ほど少佐に食ってかかった男だが、後輩の前で感情を撒き散らすほど浅慮せんりょではない。戦場で偵察員の指示は命綱だ。常に冷静で信頼できるという印象を持たせねばならない。


 私の前にいる時とは、顔を使い分けている。


 死はあっけない。いちいち立ち止まっていたら、次は自分に順番が回る。


 私もとんびコートを枕元に畳み、布団に入った。消すぞ、というトノサキの声とともに、ランプの灯が落ちる。


 波風がトタンの壁を叩き、小さくきしむ音と共に、隣の布団のサクラダから、何かをつぶやく声と、押し殺したすすり泣きがかすかに聞こえた。私は聞こえぬふりをして、強く目を閉じた。


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