3話 龍眼のトノサキ

「若造が知った風な口を!」


 私が司令室に入ってしばらくすると、頬を叩く乾いた音が空気を揺らした。弾かれた眼鏡が床を跳ね、小さな金属音だけが転がる。


 舞阪前線基地の上官であるカナモト少佐の前に立っていたトノサキは、平手を受けて顔から弾き飛ばされた眼鏡を拾い上げる。息を吹きかけてほこりを払い、少しだけ首を横に背け、反抗はんこうめいた視線をカナモト少佐に返した。


「もう一度聞くぞ、トノサキ。今、何と言った」


 トノサキに向け、カナモト少佐は問いを重ねた。トノサキは反抗的な視線はそのままに口を開く。


「先の戦闘。小型の害物八体の襲来に、異能の学徒四名で迎撃。うち三名は異能を得てから初めての戦闘です──こういう場合こそ歩兵隊の援護が必要ではないのでしょうか、と進言しました、カナモト少佐」


 カナモト少佐の眉尻が吊り上がる。


「舞阪前線基地の司令であるにもかかわらず、いささか用兵が稚拙ちせつ過ぎるとも申し上げました」


 トノサキは、平手の直前に放った言葉をそのまま返す。眼鏡の奥の切れ長の瞳が、鋭く少佐を射た。


 カナモト少佐は顔色を変えず、突き刺すような視線を返す。だが、トノサキの頬を叩いて振り抜いたまま漂う掌は、怒りに小刻みに震えていた。


 私は害物との戦闘報告のため帰投し、司令室に足を運んだところだった。


 室内では、偵察任務に当たっていた“龍眼りゅうがん”の異能を持つトノサキと、舞阪基地司令のカナモト少佐が既ににらみ合っていた。

 隣に立ってしばらく様子を見ていたら、この有様だ。


「貴方達軍部は“異能の学徒”を本土防衛のかなめだと声高に称する。しかし実際の扱われ方は、まるで消耗品の弾丸ではありませんか」


 トノサキは怒りを隠さずに口調に乗せて、カナモト少佐を睨む。


「誰かが死ねば後ろから新たな学徒を送り込み、舞阪を弾倉にして撃ち出すだけ。たまに戻れば儲けもの、というわけです。我々は単なる武器なのですか?」


 トノサキの言葉に、カナモト少佐は机を叩いた。


「それがお前等の仕事であろうが!」


 顔を真っ赤にして答えるカナモト少佐に、ついにトノサキも怒りをあらわにして声を荒げた。


「クニエダのように、反重力脚という戦闘に不向きな異能でも最前線に出られる奴が何人いますか?もっとも、クニエダ以外にも優れた異能の学徒はおります──しかし、それは舞阪基地設立からの生え抜きばかり」


 トノサキは私に一瞬だけ視線を向けた。


「そもそも小型八体など、どんな異能であろうと一人で倒すのは無謀だ!それを新人三人とクニエダ一人で作戦に当たらせた事に納得がいきません!現に今回も新人が死んだ!」

「やめろ、トノサキ……班長としての命令だ。少佐殿に何たる口の利き方をしている。立場を弁えろ」


 矢継ぎ早にまくしたてるトノサキを、私は舞阪前線基地異能班長という仰々しい肩書の立場でいさめる。だが、その気持ちが分からないでもない。


 先の戦闘でナカネは死んだ。カゲヤマとササキは意識不明。救護班の担架たんかで帰投した折に容体を聞いたが、治癒の異能持ちが当たってはいるものの、今後は分からないという。


 カナモト少佐は鼻を鳴らし、襟を整えながらトノサキを睨んだ。


「単なる学徒の分際で、軍の何が分かった気でいる?害物撃退だけが任務だと思っているのか?人手も時間もない中で、戦闘しか能のないお前たち異能の学徒のみを前に出す。これのどこがおかしい!?」


 カナモト少佐はまたも机を叩く。書類の山がどさ、と地面に散った。


「災害時の訓練すらまともに受けていない若造共だろうが。異能を振り回すことしか能の無い“人外”こそ、害物と戦うのに相応しい!次に口答えをしてみろ。また懲罰房へ入れてやってもいいのだぞ?」


 カナモト少佐は顔こそ冷静を装うが、息は荒く、眼は血走っている。相当なお怒りの様子であった。少佐の言い分も、正直に言えば納得できる。


 もちろんトノサキも無知ではない。分かった上で、カナモト少佐の言動に怒りを覚えているのだ。


 “人外”


 害物の体液を注入され、異能を宿した私たちのような存在は、元から軍に在籍していた者たちに気味悪がられ、疎まれ、“人外”のように扱われることがある。


 私は元々、学徒動員の単なる歩兵として戦場に立っていた。

 そして、小型害物の自爆で両脚を失った。野戦病院へ運ばれた時の気の遠くなるような痛みと、血肉の腐る臭いは今でも記憶にこびり付いている。


 そこで害物の体液を注入された。腐った脚は癒え、命は繋がった。そして異能を発現したのだ。


 だが同時に、人々は私を“害物の血を宿した者”と見た。救われた代わりに、人の輪から外れたのだ。


 当時ほどは忌み嫌われる事は減ったが、カナモト少佐は、ややそれが顕著けんちょだ。その態度に、トノサキは思うところがあるのだろう。


「使い捨てのような采配をやめていただきたい。異能を宿していようが、日ノ国を案じて戦っているのはあなたと同じ人間です。私の異能無しで防衛が出来るのであれば、懲罰房でもどこでも行きましょう」


 トノサキは中指で眼鏡を押し上げ、冷静を取り戻した口調で言い放った。


 カナモト少佐とトノサキの衝突は、今に始まったことではない。襲撃のたびに、大なり小なり同じやり取りを繰り返す。


 上官にこの口ぶり──どんな罰が下ってもおかしくない。だがトノサキの“龍眼”なしでは、襲撃のえない舞阪前線の維持は困難である。


 少なくとも、長くここにいるものは誰でもそう思っている。

 カナモト少佐自身も、嫌というほど分かっているはずだ。

 ゆえに、うるさいトノサキは扱いづらく、忌々いまいましい存在なのだろう。


 少佐は大きくため息をつき、背で腕を組んで私たちに背を向けた。


「もうよい、下がれ。クニエダ、トノサキによく言い聞かせておけ」


 正直に言えば、トノサキの言葉に頷いてやりたかった。だが、私は班長としてそうしてやる事は出来ない。


「はっ」


 私は短く返事をし、一礼して司令室を後にした。それにトノサキも続く。


 少佐の異能軽視は、トノサキの態度も一因いちいんがあるしれない──そう思う所もあるが、余計な口は出すまい。


 司令室を出て、別棟の宿舎へ続く廊下に差しかかったころ、トノサキが口を開いた。


「まったく、あの石頭の異能嫌いには呆れる。弩級腕と念動力──育て上げればどれほど強力か、分かっていない。なのにこの捨て駒のような采配だ。本気で舞阪を守る気があるのかはなはだ疑問だね」


 トノサキは眼鏡を指で押し上げ、大きくため息をつき、吐き捨てるように問うた。


「お前の言い分に思うところはある。だが、毎回あの態度では、いつかその異能を宿したその目玉をくり抜かれても文句は言えんぞ」

「はは。くり抜いた目玉で索敵できるなら、カナモトの奴は今すぐにでも俺を殺すさ。もっとも、僕の“龍眼”がなければこの戦線は維持できない。あいつも身に染みているから、安易な処分は下すまい」


 先ほどとは打って変わり、トノサキは投げやりな様子で言い放った。


「それに……誰かが言ってやらなきゃ、他の異能の学徒の留飲も下がらないだろう」


 その言葉に、私は一瞬返答が出来なかった。


「それはそうとクニエダ、カナモト少佐の言葉の節であの顔になっていたぞ」


 トノサキはそう言うと、眉毛をハの字に曲げ、口を大げさにへの字に結んだ。


 どうやら私は、言いたいことがあるが言えぬ場、つまり今回のように上官からの無理を聞くと、そんな顔になっているらしい。

 自覚は無いが、事あるごとにトノサキら班員にからかわれている。


「……またか。気を付けるよ」


 私は両手で顔を揉みながら宿舎へ向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る