2話 鉄脚の踵
舞阪前線基地を離れ、上空を舞う私は、遠くに霞む赤黒い肉塊の群れを見据える。
あれが今回の討伐対象だ。
宙を蹴る脚を早める。その度、鉄脚の重さで骨が軋む。
異能を得た当初、私は制御ができず、歩くことすらままならなかった。だが今では自身の手足のように扱える。
私の異能は“
害物が持つ飛行能力に由来する力で、地面を蹴れば、弾かれた紙風船のように身体が宙を舞う。
この異能は多くの害物が持つ力で、異能の学徒の中でも全体の二割ほどの者が発現しているありふれたものだ。
空中行動により偵察任務に向いているが、私は自身の両足に鉄製の長靴を履き、害物に足技を
実のところ、“反重力”の理屈など理解しきれてはいない。だがそんなものは不要だ。ひとたび宙に蹴り出せば、害物を
◆
反重力脚で宙を蹴り続け、岸辺からの電光が痩せる頃、害物と接敵した。小型が八体、報告通りだった。渡り鳥の群れのように
奴らは音に敏感だ。
反重力脚での戦闘は、潮風に紛れて先制を加えるのが定石だ。
私は一瞬息を止め、急速に接近を試みる。
──今だ。
右足で宙を素早く二度蹴り、弧を描くように体を反転する。
同時に空中で回転を加え、勢いと体重を乗せた踵の一撃を放つ。
害物はぎっ、と苦しげな断末魔を上げる。
その勢いを殺さず、もう一体にも蹴りを打ち込んだ。
体液は飛び散り、二体の頭部に踵の軌跡が刻まれた。小型の害物であれば、鉄脚の一撃で屠ることは容易い。
残る害物は一目散に浜辺へ飛翔する。先ほどまでの飛行とは異なり、目的に向けた最高速度だ。
「っ!」
行動の切り替えが早い個体だ、と心の中で舌打ちをする。
小型の害物は、海上で学徒と接敵しても反撃をせず、本土を目指す。今まで何度も見てきた行動だ。
──この奇襲でもう数体墜としておきたかったが
「逃がすかっ!」
私は踵を返し全速力で追うが、反重力脚の移動は速度がそこまで出ない。必死に空中を蹴るものの、害物へ距離を詰めるのが精一杯だった。
◆
舞阪前線基地が目前に迫った時、前方の害物が突如動きを鈍らせた。
ぎ、ぎ、と唸り、見えない何かに絡め取られたようにもがいている。
これが砂浜のカゲヤマによる念動力の援護だとすぐに理解した。
「カゲヤマ!良くやった」
私は動きの止まった害物に追いつき、三体をまとめて勢いをつけた鉄脚で薙ぎ払う。
──ぎぎぃ
害物がすさまじい断末魔の声を上げ、体液を撒き散らしながら海に落ちるのを視界の隅で見届け、次の目標に視線をやった。
それも束の間、視線の先を飛行していた二体が突然、耳をつんざく風切り音と共に何かに貫かれた。
それは砂浜のナカネ、ササキの弩級腕二人が放った岩石だった。
彼等は砂浜からかき集めたであろう拳大の石を弾丸のように
近接戦闘に向いた弩級腕だが、腕の
「いいぞ!」
浜辺の三人を鼓舞しながら、動きの止まった小型害物に蹴りを見舞う。
残す所、あと二体。
──それにしてもあの三人、初陣ながら見事な動きだ。長く共に戦えそうだ。
そう思った矢先、害物の動きに変化があった。
先ほどまでカゲヤマの念動力に縛られていた残りの小型の害物の体が、再び
「どうしたカゲヤマ……っ?!」
何事かと砂浜向けて叫びながら目をやると、カゲヤマが鼻と口から血を吹き出し、膝をついていた。
適合した異能であっても、急激な使用は身体が拒絶反応を起こす。血を吐く者、意識を失う者、暴れ出す者。何度も見てきた。
害物の力をその身に宿すのだ、どんな異変が起きても不思議ではない。初めての戦闘であれば、尚更だ。
その様子を見たナカネとササキは
仲間が倒れれば駆け寄る──至極当然の行動。
──だがしかし、ここは戦場だ。
あまりに無防備な三人に、私は焦りと絶望を覚えた。
「害物から目を逸らすな!」
私は全速で宙を駆け、一体の害物に致命傷を与えた。
続けて最後の一体にすんでの所まで迫ったが、あと一歩の所で取り逃す。
「っつ!!防御体勢ー!!」
私は遠ざかる害物の背中を追いながら、浜辺に向かって声を張る。
念動力から解き放たれた害物は完全に速度を取り戻し、三人へ
しかし彼等はカゲヤマに気を取られ、害物の接近に気が付いていない。
そしてその最中、害物の体が赤黒く
背筋が凍る。
小型害物は飛行能力、地面との同化能力を持つが、もう一つ持っている異能がある。
自分に危機が迫ると、その身を膨張させ、
小型の害物は砂浜の砂を撒き散らしながら落下するように三人の前に転がると、身体が一瞬収縮する。
そして──膨れ上がった体が風船のように破裂した。
鼓膜を揺らす炸裂音と共に砂浜がめくれ、衝撃波が飛ぶ。波紋のように波立った塩気を含んだ砂が、雨のように降り注ぐ。
一瞬の出来事だった。
「無事か?!返事をしろ!!」
散乱する肉片と砂埃。鼻を刺す生臭さ。
耳鳴りが残る中、私はなんとか砂浜に降り立つが、砂埃で状況が分からない。
声をかけ続けているとやがて砂埃が収まり、惨状が露わになった。
カゲヤマとササキは糸の切れた人形のように倒れていた。爆発の衝撃で服は裂け、痛々しい火傷が見える。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!」
二人から返答は無い。
そして、ナカネに至っては姿が無かった。
目を凝らせば、爆散した害物の肉に混じり、手首が一つ、落ちていた。
「……ナカネ」
浜辺をよく見渡せば、人間の肢体が砂浜に散乱している。ナカネが身を挺して二人を庇ったのだ。
新人三名は事前に“接近を許すな”と言い聞かせていた。だが初陣で仲間が血を吹き倒れる中、冷静な判断などできるはずがない。
───戦闘終了の報あり。クニエダ、状況を述べよ。
呆然と立ち尽くしていると、ふいにとんびコートの内ポケットの受信機から、ざらついた上官の声が流れる。
私は発信機を握った。
「……害物八体のうち七体撃破、一体は自爆。学徒ナカネ、カゲヤマ、ササキ三名を巻き込みました……その内ナカネは……」
一瞬言葉が詰まる。しかし、無理矢理吐き出した。
「害物の自爆をまともに受け……死にました」
返事の声が、自分でも他人のように聞こえる。
───ご苦労。その二名は救護班を向かわせる。クニエダは帰投後、報告に来い。
ぶつ、と通信が途絶した。
同時に舞阪基地からの電光が落とされ、辺りは一気に静まり返る。戦闘終了の合図だ。
「……くそっ」
新人を守れなかった悔しさから、暗く深い太平洋の水平線へ目を向けた。
遠く遠くに薄く浮かぶ巨大な建造物──船か、要塞か、巣か。詳細は不明だが、あそこから“害物”が現れているのは確かだ。
「……いつまで、こんなことが続くのか」
昔であれば、この惨状を前にしたら、悲しみに叫びだしていたかもしれない。だが今は、心がざわつく程度にしか感じなくなっている。
血生臭い匂いを洗い流すように、舞阪の海岸に風が抜けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます