異能の学徒

こゆるぎあたる

舞阪前線編

1話 異能の学徒

第一章 舞阪前線編


異能いのう”──それは、生き残るために人類が踏み越えた一線。


 一九三九年。

 国家間の戦争が続く最中、太平洋の中心に突如として島のような巨大物体が現れた。

 その内部から未知の生命体が出現。放射状に地球全土へ拡散し、人々を襲い始める。


──害物の上陸を許してはならない。


 それが世界共通の認識となるのに、時間はかからなかった。


 しかし、害物には銃も、砲も有効ではなかった。


 窮地に追いやられた人類は数多の実験の末、ようやく倒した害物の死骸から体液を抽出、人間に投与し、害物の持つ異能・・を宿すことに成功した。


 そして、その体液を、死んだ兵士の代わりに学徒・・の身体へ注いだ。


 ──これが日ノ国の本土防衛の要、“異能の学徒作戦いのうのがくとさくせん”である。


 日々戦いは続いているが、日ノ国の本土防衛の最前線は、“異能”を持った学徒たちが支えている。



◆◆◆



 一九四三年。舞阪前線基地の海岸先六里地点に害物の出現を確認。同日三時二十九分、異能の学徒出陣。反重力脚はんじゅうりょくきゃく一名、弩級腕どきゅうわん二名、念動力ねんどうりき一名にて征伐を開始。以下、戦闘記録。



 見慣れた舞阪の海岸に、生温い風がそよぐ。

 明け方近く、普段は吸い込まれるように暗闇に沈む海が、前線拠点から放たれる強力な光源に照らされ、ちらちらと輝いていた。


 潮の香りに混じって、油と焦げた金属の臭いが鼻を突く。一晩中稼働する発電機のうなりと、前線基地を駆け回る軍人の靴音。


 眠らぬ基地の音と海風が溶け、夜明けの海へと流れている。


 この場には私のほかに三人の学徒がいる。いずれも舞阪前線基地に所属した新米の学徒たちだ。


 揃いの真っ黒の軍服と軍帽、そしてとんびコートがまだ新しく、服に着られているようだ。


 私はちらと三人の表情を覗く。恐怖とも興奮とも取れぬ、作り物のような顔をそれぞれに張り付けていた。


 一人は歯を鳴らし、一人は血がにじむほど拳を握りしめ、一人は呆然と海の先の巨大な影を見つめている。


 その巨大な怪物の名は、未確認災害生物──通称・害物がいぶつ。人類の敵だ。


 彼らは異能を得てから初めての戦闘である。こうなるのも無理はない。


 海岸線の砂は夜露を吸って重く、姿勢を変えるだけで靴底が鳴った。

 張りつめた空気が、まるで凍っているように感じられる。


 私は彼らの上官として声を掛けた。


「皆、初めての害物との戦闘にさぞ不安を抱いている事かと思う。異能“龍眼りゅうがん”による偵察では、小型の害物が八体との報告だ」


 まずは情報共有と再確認を行う。そして作戦説明。

 いかなる戦闘でも、これが基本である。


「初めに私が海上へ打って出て数を減らし、上陸阻止を試みる。しかし八体すべてを撃破するのは難しい。撃ち漏らした害物はこの舞阪基地へ向かうはずだ」


 言葉を一区切りし、三人の顔をそれぞれ確認する。


弩級腕どきゅうわんの異能を持つササキ、ナカネは上陸直前の害物を叩け。念動力ねんどうりきの異能を持つカゲヤマはその援護を」


 三人の顔は青白く、唇が震えている。

 しかし、私は言葉を続けた。


「舞阪前線基地は日ノ国でも指折りの前線だ。一匹たりとも海岸を抜けさせるな。心して掛かるように」


 三名の学徒は震えた声で返事をするが、波の音に掻き消され霧散むさんした。


「クニエダ班長……正直に申し上げてよろしいでしょうか」


 新人学徒の一人、弩級腕の異能を持つナカネが震えながら声を絞り出した。


「どうした、ナカネ。言ってみろ」

「はい……私は、恐ろしくてしょうがありません。今も足が震えております。訓練所で一通りの異能について講義は受けましたが、こんなにも早く害物と戦うことになるなんて……」


 そう言うと、ナカネは絶句してこうべを垂れた。

 まだ幼さの残る顔には、目に見えて恐怖の色が浮かんでいる。


 ──無理もないだろう。数か月前まで学生だった人間が、人知を超えた怪物と命を懸けて戦えと言われているのだ。


「その気持ちは痛いほど分かる」


 私は軍帽を深くかぶり直し、少しばかり大げさに奥歯を強く噛み締める。

 私から出た言葉が意外だったのか、三人はふと顔を上げた。


「クニエダ班長ほどの方でも、そう思われるのですか?舞阪前線基地で受けた講義の中で聞きました。ほとんどすべての防衛戦に加わり数々の戦果を挙げ、なお生き残っておられると。そんなクニエダ班長でも……そう思うのですか?」


 ナカネは今にも涙がこぼれそうな瞳をこちらに向ける。


 害物と戦わずに済んだらどんなに良いか。


 ──だが、それは害物がいる限り、一生叶うことは無い。


 私は“異能”を宿し、この場に居る。

 私は閉じていたまぶたを開き、三人の目を見た。


「無論だ。班長などと肩書こそついているが、私も君たちと同じ異能の学徒であることに変わりはない。もちろん怖いさ」


 三人は驚きに似た表情で私を見つめ返す。


「我ら異能の学徒の敗北は前線基地の敗北、即ち日ノ国の敗北と心得よ──これは害物征伐せいばつ前の日ノ国軍隊の口上こうじょうだ。しかし、そんな文句をなぞったところで腹の底の怖さは消えん」


 私は三人の瞳を見据えながら続けた。


「私だって君たちと同じだ。怖いものは怖い。親兄弟の元へ今すぐにでも飛んで帰りたい。だが、ここで私たちが奮い立たねば、舞阪は、日ノ国は、郷里きょうりに残した家族はどうなる」


 私は少し表情を和らげ、三人に向かって声を掛ける。


「付け加えて言うなら、君たちの発現している異能は実に強力だ。私の異能である反重力脚と比べると、ナカネ、ササキの弩級腕など比べものにならぬほど力強い。磨けば一撃の威力はどの異能にも引けを取らない」


 ナカネとササキは震える拳を握りながら頷いている。


「それに比べて私の反重力脚など、宙に浮くことはできるが、この重たい鉄脚を履いて勢いを付けて蹴りつけねば害物をほふることは叶わない。加えて言えば、この鉄脚てっきゃくのおかげで異能を発現させなければまともに歩くことさえままならないのだ」


 私は履いている鉄脚を大げさに、そして重たそうに動かしてみせた。


「害物の動きを制限するという点では、カゲヤマの念動力など一等の効果がある。その恐怖を忘れることは難しいかもしれないが、それでも異能は君たちに宿っている。その力を貸してくれ」


 私の言葉を聞いて、先ほどまで張りつめていた三人の表情がふと和らいだのを感じた。 


「さて、戦闘前の話はここまでにしようか。害物は今なお舞阪基地に向かっている」


 三人は力強く頷いた。


「覚悟を決めろ。いざ、征伐」


 砂浜に、四人分の靴音が重なった。


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