大切の在処

 初恋は、専属のメイドだった。

 今思い返しても、気の利く素敵な女性だったと思う。

 僕が好きだと自覚してから三日でクビになった。


 怪我をした小鳥を拾ったことがある。

 そろそろ飛べそうだと思ってすぐ、行方不明になった。

 庭を探すと、小鳥と同じ色の羽毛が散乱していた。

 庭師によると、鴉の仕業らしい。

 後から、義母がメイドに命じて捨てさせたのだと聞いた。


 今となっては、どうでもいい話だ。




 ◆




 貴種というものは、弱みを作ってはいけない。


 義母は、常々そう言っていた。

 ただでさえ妾腹なのだから、余所から突かれる弱点を増やすな。生まれてきただけで迷惑なのだから、せめて家の役に立て。間違っても、弱みを握られて英雄の家名に泥など塗ってくれるなと。


 僕は、一理あると思った。

 妾腹であるという弱点事実だけで、異母兄との扱いに差をつけられたのだ。

 それなら、差をつけられる弱点理由は少ない方が良い。


 そう。

 家名を汚さぬように。

 自分ではなく家を優先すれば良いのだ。


 だから、僕は父と義母と異母兄を処刑した。


 いや、処刑というのは適切ではない。

 厳密には、事故に遭ってもらった、だ。

 もちろん、恨みや私情ではない。

 元はと言えば、我が異母兄に原因がある。


「フランツ様、囚われていた町人たちの治療が完了しました」


 家令の報告に安堵の溜息を吐く。

 異母兄が遺してくれた最悪の遺産に、一先ずの処理をつけられたようだ。

 父母が揉み消そうとしていた時には正気を疑ったものだが、使用人たちが僕に味方してくれたお陰で、なんとか乗り切ることができた。


「そうか。なら、早く帰してやろう。見舞金の準備は?」

「恙無く」

「用意しろ。僕……私が渡す」


 純粋な詫びの気持ちもあるが、できれば直接口止めしておきたい。

 意味があるかは微妙なところだが、初代カネシロと同じ黒髪が頭を下げれば、多少は影響があるはずだ。

 手遅れだとしても、少しでも弱みになる可能性を下げるべきだろう。


「かしこまりました。ところで、一つ報告が」

「なんだ?」

「兄君の子が見つかりました」

「……は?」




 ◆




 目の前に幼子がいる。


 身綺麗な服に身を包んだ、黒い短髪の幼女。

 歳の頃は子供を見慣れていない所為で分からないが、初等学院に通える歳ではないだろう。


 何はともあれ、まずは会ってみなければ話にならない。

 謝罪行脚を済ませた後、すぐさま連れて来させた……


「きみ、名前は?」

「ミア!」


 ミアという異母兄の子。

 実際に見てみるまでは半信半疑だったが、この黒髪を見る限り、カネシロに縁ある者であるのは確かのようだ。


「歳はいくつか分かる?」

「よん!」

「ふむ、元気が良い」


 指は五本立っている辺り正確性は疑わしいが、元気があるのは良いことだ。大人に怯えているようなことがあったら、異母兄を軽蔑する理由が増えてしまう。

 できれば正確な年齢が知りたいところだが、残念ながら母親は未だ見つかっていない。

 ミアも家の者が発見した時にはしばらく放置されていたようだから、発見は望み薄だ。


「どうしたものかな……」


 放逐するのは論外だから、家で面倒を見るのは確定。

 難しいのは立場だ。

 異母兄は、公的には独身のまま逝去している。

 隠し子というだけで外聞が悪く、更に母親も不明となると、かなり微妙な立ち位置になってしまう。

 手っ取り早いのは、適当な分家の養子にでも出してしまうことか。黒髪の子供なら、出自を隠しても引き取りたい家はいくらでもあるはずだ。


 ひょいとしゃがみ込んで、ミアの顔を見る。

 まだ幼いから分かりづらいが、整っている。

 きっと、将来は美人になることだろう。


 どこか都合の良い家があっただろうか。

 と、思案していると、ミアがむぎゅっと僕の髪を掴んだ。ちょっと痛い。


「髪、おそろい!」

「ん、あぁ、黒髪は珍しいからな」


 というか、平民にはまず居ないから、ミアが同じ色を見たのは初めてだろう。

 そうして、ぎゅっとされたまま十数秒。

 そろそろ抜け毛が心配なので離して欲しいなと思い始めた辺りでミアはカッと目を見開いた。


「ミアの、おとうと……!?」

「斬新な説だな」


 ちみっこい自称姉を抱き上げる。

 年齢不詳と言えなくもないので可能性はゼロじゃない……いやゼロだな。こんな簡単に弟に抱き上げられる姉が居てたまるか。

 あと使用人共、顔を逸らしても笑ったの分かってるからな。覚えとけよ。


「私はきみの弟じゃない」

「じゃあ、だれ?」


 だれ。

 一応、続柄的には叔父に当たるか。

 養子に出すにしても、そちらの方が関係性として丁度いい。


「私は……」


 素直にそう答えようとして、言葉が詰まった。

 胸の辺りに、言語化できない靄がある。


「私は兄だよ。きみの兄」


 その靄から逃げるように、僕は別の答えを口にした。


「あに……あにさま?」

「ん、そうだな。そう呼びなさい」

「あにさま!」


 ぎゅっと抱きついてきたミアを抱き返す。

 そこで、使用人たちが何とも生暖かい目でこちらを見ていることに気付いた。


「何だ、その目は」

「いえ、何でもございません」

「これはアレだ。叔父と呼ばれたくなかっただけだからな。僕はまだ十五なんだから」


 ええい、その目を止めろというのに。


 そうして、僕には妹ができた。




 ◆




「エーファ! エーファはどこだ!?」


 僕は朝からミアに付けたメイドを呼びつけた。

 ちなみにだが、エーファはミアが妹になった日に生暖かい目を向けてきやがった一人である。

 その中でエーファを選んだ理由? 弟の件で一番笑ってたから。


「フランツ様、どうかなされましたか?」

「どうしたもこうしたもあるか!」


 僕は寝ぼけ眼でしがみつくミアを指差した。


「何で僕のベッドにミアがいるんだ!?」

「まあ」

「まあじゃない! もう三日連続だぞ!?」

「そんな大きい声を出さないでください。ミア様が驚いてしまいます」

「うーん……おとうと……」

「そんな繊細な妹じゃないようだが???」


 まさか、まだ僕のことを弟だと思ってるんじゃあるまいな。

 じっとりとした目でミアを睨んでいると、エーファは困ったように眉を顰めた。


「独寝がまだ寂しいようでして」

「……」

「どうしてもと仰るなら、お止めしますが」

「……別に、どうしてもとは言ってない」

「ふふ、ではそのように」

「はぁ……」


 しがみついたミアを、改めて抱え直す。


「こら、朝だぞ。起きなさい」

「やぁだ……」

「やだじゃない。……エーファ」

「仕方ありませんね」

「きみの仕事だろ……」


 手のかかる妹を引き渡し、僕は自室に戻った。




 ふと、そんなことを思い出した。


「兄様? どうかされましたか?」


 さらりと長い黒髪をなびかせて、ミアはこてりと首を傾げた。

 あれから十年。

 僕の妹は、随分と立派になった。


「兄様は老けましたけどね」

「やかましい」


 生意気というか、僕のことを舐めていることは変わらない。


 結局、ミアを養子に出すことはなかった。

 本音を言えば、今も時々悩むことがある。

 大切弱みを作るべきではない。

 この考えが間違いだとは思わない。


 最早疑う余地もなく、僕はミアが大切だ。

 それを手元に置いておくのは、僕の価値観からすれば間違いである。


 ただそれでも、手放せない。

 それが、大切というものなのだろう。

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