この広い鳥かごの中で
「きぃぃぃぃ!! またっ! またかよっ! なんでだよっ!!」
「アキラちゃん荒れてるねぇ~。先週まで「彼ピできたぁ~」って頭悪い感じだったのにどしたの?」
「どうしたもこうしたもないっ! また! フラれたっ!」
そうフラれた。
しかも……。
「また!
バシバシと机を叩きながらそう訴えると、わたしの愚痴に付き合ってくれてたトモコが呆れたような苦笑を浮かべた。
「あー、また美月の悪い癖が出たのかぁ。それにしても今回の男は早かったねぇ。四日? 三日? ずいぶんと短期間で美月に堕ちたねぇ」
「それ! それなっ! つかあのクソ野郎! わたしと付き合ったのは、元々美月と繋がる為だったっていけしゃあしゃあと言い捨ててったわっ!」
返す返すも腹立たしい。
昨日送られてきたメッセージは問答無用で削除して、ついでに相手をブロックしたけど、脳裏に焼き付いた言葉はなかなか記憶から消えてくれない。
美月と繋がる為にわたしを踏み台にしたあの男……。一生イ○ポになればいい……。
「それにしても……美月もよくやるわねぇ」
口から呪いにも似た愚痴を吐き出していると、トモコがしみじみと呟いた。
「いやホントマジでそれ。わたしなんであんなに……美月に恨まれてんだろう?」
しょんぼりとした気持ちになりながら、件の彼女を思い出す。
艶々とした黒髪を背中の中ほどまで伸ばして、凛と立つ彼女はきれいとか美人とか言う形容詞が相応しい。
それは彼女と幼稚園で初めて会った時から変わらない。
まるでお人形さんみたいに可愛かった美月。
それが年端も行かない幼稚園児たちには少しだけ異質で、少しだけ遠巻きにされていたけど。
だからそこわたしは美月の一番の友達でいられたのだけど。
いつからだろう。どうしてわたしの彼氏にちょっかいをかけるような人間になってしまったのだろう。
どうして……美月は変わってしまったんだろう。
「……わかんないよ。もう……」
元カレへの恨みつらみも忘れて、机に突っ伏す。
頭にこびりついていた元カレからの侮蔑込みのメッセージを上書きするように、美しい美月の顔が思い浮かぶ。
ふくふくとしたほっぺを僅かに赤く染めて、可愛い声で「アキラちゃん」とわたしを呼んでくれた美月は……もういない。
今いるのは……。
「あら? どうしたの? アキラちゃん? 可愛いぷにぷにほっぺが真っ赤よ?」
「ぷにぷに言うなぁ!!」
後頭部にずしりとした重みを感じて、ぐえっと可愛げのない声が出る。
そんなわたしの悲痛な悲鳴などお構いなしにわたしを押しつぶし、ついでにほっぺたを
「ていうかよくのこのことわたしの前に顔を出せたわね! みつきぃ!」
恨みがましく見上げると、濡れたような黒い瞳を瞬かせるお人形さんみたいな美少女がいた。
「え? どうして? 私はいつだってアキラちゃんの近くにいたいわ?」
「だったらさぁ!」
きょとんとした表情を浮かべる美月に食って掛かりそうになるけど、むぐぅと口を噤む。
だって……別に美月は悪くない……こともないけど、ホントに悪いのは美月にふらついたチョロい元カレたちとそんな男と付き合ってた見る目のないわたしだから。
美月に食って掛かったって仕方ないんだから。
「そういえば……アキラちゃんの元カレさんに言い寄られたんだけど、お断りしたからね?」
安心してね? って微笑む美月はやっぱり……悪くないよね?
ちょっとだけ美月の目が笑ってないように見えたのは気のせいよね?
……あんなゲス野郎……って小さな小さな声で呟いたのは美月じゃないよね?
うん。きっとそう。わたしの心の声が聞こえちゃっただけだ。うん。
だけど……。
「……あーあ、わたしだけを見て、わたしだけを好きで、わたしだけを大事にしてくれる人、どっかにいないかなぁ」
ぺしょりと机に突っ伏してぼやく。閉じた瞼で真っ暗になった視界にちょっとほっとした。
だから、そんなわたしを美月がどんな
……美月の表情を見たトモコがドン引きしていたことにも。
***
「ちょっとこいよ」
そう言ってわたしの腕を掴んで校舎裏に引き摺っていったのは、つい最近別れた元カレだった。
つか、嫌だけど? 行きたくないんだけど?
そんなわたしの本音は、ぎゅっと握られた腕と、どこか怖い顔をしている相手の前では言い出せなかった。
「い、今更何の用よ」
校舎を背に元カレと向き合う。
わたしを蔑むような相手の
だけどそれを気付かれないようにきっと相手を睨みつけた。
「……お前さぁ、オレにフラれたからってあの女に悪口吹き込むなよなぁ」
「……なんの話?」
マジで心当たりがなくて、思わずきょとんとしてしまう。
いやマジで何の話?
「だからさぁ、美人な美月にオレを奪われたのに嫉妬して、オレのあることないこと美月に吹き込んだろ? あーあ、これだからブスは嫌だねぇ。ひがみかよ」
せせら笑う相手に、どうやらバカにされているらしいと気付くけど、相手の言に全く心当たりがない。
「ねぇ? 何言ってんの? マジで意味わかんな……ひっ?!」
ドンっと顔の横に相手の拳が振り下ろされた。
身長差もあるから、相手が覆いかぶさるようになるこの状況はちょっと怖い。
こんな壁ドン嫌だ。
「だからさぁ! ブスはブスらしくさぁ! めんどくせぇ真似すんじゃねぇよ!!」
デカい声で怒鳴られて本能的な恐怖が湧く。
だけど、ホントに相手の言うことに心当たりがないんだから仕方ない。
「だ、だからなんのことよっ!」
きっと相手を睨みつけるけど、胸の前で組んだ指先が震えているのは隠しようがない。
「ちっ! まだしらばっくれんのかよ! お前、オレにフラれた腹いせに美月にオレの悪口吹き込んだろうがよ!」
「し、知らない知らない! 美月にアンタのことなんて話したことないよっ!」
思いがけない濡れ衣に、思い切り首を振るもどうやら相手は信じてないらしい。
「だったらよぉ! なんでオレが美月にフラれんだよっ! お前が変なこと吹き込んだせいじゃねぇのかよっ!」
はぁ? だ。
マジではぁ? だ。
え? この性格の悪さで美月にフラれたんじゃないの?
だいたいわたしを踏み台にして美月に近づいたゲス野郎はこいつじゃないかっ!
「そ、そんなことする訳ないでしょ! だいたいわたしに近づいたのだって美月とお近づきになる為だって自分で言ってたじゃん! そんなゲスい考えだから美月にフラれたんじゃないの?! ひぃ?!」
再び顔の横に拳が振り下ろされた。
いやでもマジで心当たりなんてないんだから。
何が悲しくてフラれた相手のことを、フラれた原因に語らねばならないんだ。ホント……意味がわかんない。
「くっそ! 美月をモノにする為だけにてめぇみたいなブスに近づいたのによぉ! てめぇに手ぇ出したら美月が近づいてくるっつーからよぉ! 声かけただけなのにっ! まったく使えねぇ女だなぁ!」
ひ、酷い……。
どうしてここまで言われなくちゃいけないの?
そもそも美月も美月だ。
どうしてわたしに近づく男性にばかり手を出すんだろう。
そんなにも……わたしは美月に嫌われているの?
じんわりと瞼が熱くなって、目尻に涙の気配を感じる。
コイツにフラれた時だって涙なんかでなかったのに、美月にそこまで嫌われていたという事実がやたらと胸を刺した。
「ったくよぉ! なんだってんだよクソがっ! 手間ぁ取らせやがってよぉ!」
明らかにイライラしている相手から逃れるにはどうしたらいいんだろう。
そんなことを考えているうちに相手のボルテージはどんどん上がっていく。
「くそがっ! こんのブスが!」
「そ、そんなブスブス言うことないじゃん! わたしがアンタに何したっていうのよ!」
むしろわたし被害者じゃない?
コイツに美月に近づく踏み台にされて、今はいわれなき中傷に晒されて……。
ふつふつと湧き上がってきた怒りのままに叫び声をあげて……失敗したと気付く。
何故なら相手の顔が醜悪に歪んだからだ。
「うるっせぇ! このブス!」
振り上げられた相手の手は、いったいどこに行くんだろう。
そんなことを考えながら、頭を庇うようにして身を伏せる。
どうして? って疑問が脳裏をぐるぐる巡るけど、答えは出ない。
「ひっ!」
鈍い音と、低い悲鳴が校舎裏に響いた。
だけどなんの痛みも衝撃もない。
それどころか悲鳴を上げたのはわたしじゃない。
「……え?」
どさりと音がして、瞑った目の前が明るくなった。
恐る恐る目を開けてみれば……。
「……はぇ?」
股間を押さえて悶絶しながら倒れ伏す元カレと、そんな元カレを思い切り踏みつける……。
「み、美月?」
艶々とした黒い髪を風に遊ばせて、冷えた形相で男を睨みつける美少女は、端的に言って絵になった。
けど、ちょっと意味が分からない。
「可愛い可愛いアキラちゃんに手を上げようとするなんて万死に値するわ! このクズが! ゲスが! 死ねっ!!」
ぐいぐいと黒いローファーの爪先を元カレの身体にねじ込ませている美月。
いやホント意味が分からない。
股間を押さえたままうめき声をあげる元カレに、美月は容赦なかった。
「だいたいアンタみたいなゲス野郎がアキラちゃんに近づくなんて許される訳ないでしょう? 何をどう勘違いしたらそんなことできるのかしら? 全く意味が分からない! 可愛い可愛いアキラちゃんに触れるなんて、まして殴ろうとするなんて、死んで詫びなさい」
ぐりぐりと脇腹を踏みつけながら、冷たい
けど……意味は全く分からない。
「み、美月……?」
思わずと声をかけると、凍り付きそうな表情だった美月の顔が一変した。
「あぁ! アキラちゃん! 大丈夫? けがはない? 汚い手であなたに触れようとした悪は滅したからね!」
未だ悶絶する元カレの身体を思い切り踏みつけてから、美月がわたしに近づいてきた。
そしてそのまま抱きしめられる。……って、いやなんで?
美月がいつもつけてる花の香りに包まれながら、わたしは思い切り困惑していた。
「って、なんで? 美月は……わたしのことが気に食わないんじゃないの?」
「どうしてそんな風に思うの?」
きょとりと首を傾げる美月は、いつもの凛とした感じとは違って少しだけ幼い。
まるで初めて友達になったあの頃のようだ。
「え? いやだって……美月、いつもわたしの彼を奪ったりしてたから……てっきり嫌われてるのかと……」
え? 普通そう思うよね?
「あぁ、そんなこと。だって可愛いアキラちゃんに余計なムシを近づけてそのままなんて……自分を許せないわ」
「……へぁ?」
「だから、私の可愛いアキラちゃんに余計なムシは不要なの。ねぇ? アキラちゃん? 今まで自由なあなたが好きだったけど……こんなゲス野郎まで近づいてくるなんて心配だわ?」
「……はぁ」
どうしよう。美月の言い分が理解できない。
ていうか、逃げ出そうとした元カレに追い打ちの蹴りを入れるのは止めてあげて?
「だから……ね? そろそろ私に……閉じ込められて?」
わたしを抱きしめていた美月の両腕に力が入る。
苦しいほどの抱擁に意識を持っていかれながら、わたしは何とか一つの結論を導き出した。
けど、それはにわかには信じられないもので……。
「……え? 美月ってもしかして、わたしのこと好きなの?!」
なんとか両腕に力を入れて美月の顔を見やる。
そこには満面の笑みを浮かべた美月がいて……。
「そんな当たり前のこと言わないで? アキラちゃん。私、アキラちゃんのことずっと昔から好きよ? ううん、好きなんかじゃ収まらない! 愛してる! だから……ね?」
ふわりと花の香りが強まって、ぽかんと開きっぱなしになっていたわたしの唇に、柔らかな感触が触れた。
「ずっと私のモノでいてね?」
にんまりと笑う美月。
唇に残された自分以外の熱。
「……ふぇぇぇぇぇぇ?!」
情けないわたしの悲鳴が校舎裏に響き渡ったのは言うまでもない。
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