第4話 朝はモンモン、昼はドキドキ

 家にいるとなんだか落ち着かない。


 居ても立っても居られない、というわけではないけれど、なにかしていないと余計なことばかり考えてしまう。


 それに、ポケットの中身。


 それをはやくどうにかしたいと思っていた私は、朝食を食べるのももどかしく、学校に行くことにした。



 これ、ほんとにどうしようかな。


 ポケットの中のものに触れる。すると、またソワソワと落ち着かない気分になった。


 まさか下駄箱や机の中に入れておくわけにもいかない。天上院に直接渡さないといけないものだ。なるべくならはやくしたいけれど……



 彼女もはやくに学校に来たりしていないだろうかと思ったものの、来たのはHRが始まるギリギリの時間だった。


 人前では渡したくない。できれば二人きりのときがいい。


 でも、アレだな。こうして見ていると、



「朱莉、どうかしたの? さっきから天上院さんばっかり見てるけど」


 休み時間、雑談に興じていると、穂乃果にそんなことを言われた。


「もしかして、昨日なにか言われたとか?」


「そうじゃないけど……なんか、頼み事ばっかり聞いてるなって思って」


 天上院は、生徒だけじゃない。先生からの頼み事もイヤな顔一つせず聞いていた。


 たまには断ったほうがいいんじゃないかと思う。そうじゃないと、いいように使われるだけだ。



「あー。あれ、すごいよね。私には真似できないなー」


 大人しすぎるのも考え物だよな、と他人事のように考える。でも……


 その大人しい子が、いきなりキスをしてきて、押し倒してまできたんだよね。


 だれに言っても、きっと信じてもらえないに違いない。私が言われたとしても、きっと信じないだろう。



 なかなかチャンスが訪れないうちに、昼休みがやってきてしまった。


 もう我慢の限界だ。チャンスが来ないなら、自分で作るしかない。


「お腹すいたー。朱莉、はやく食堂行こうよ」


「ごめん。ちょっと用事あるから、さき行ってて」


「え、どしたの? すこしくらいなら待つけど」


「長くなるかもだから、ごめん」


 なるべくはやく行くからと言って、私は天上院のもとへ行く。



「ちょっと話があるんだけど、いい?」


 昨日の今日だ。しかもあんなことがあったから、なんだかドキドキする。それなのに――


 天上院の顔は平然としたものだ。驚いたことに、何事もなかったかのようだ。


「うん。でも私、これから生徒会の仕事があるの。生徒会室まで来てもらっていい?」


「分かった」


 むしろそれは好都合だ。


 どちらにしても、二人きりにはなるつもりだったから。




「話ってなに?」


 生徒会室。書類仕事の片手間に天上院は言う。


 忘れていたけど、彼女は生徒会長でもあるのだった。仕事をしている様子はなかなか絵になる。美人は得だ。


「これだよ。はい、返す」


 スカートのポケットから取り出したもの。それは十枚の一万円札だった。


 天上院の手が止まる。アーモンド形の大きな瞳が、ゆっくりと私を捉えた。



「どうして?」


 キョトンと小首をかしげている。……いやいや。


「だって、貰う理由がないから。返すから」


 天上院は受け取って、私は食堂へ行く。


 それだけのことで終わるはずだった。でも……



「じゃあ、はい」


 彼女の手は私の手を素通りし、自分の財布に伸びた。そしてその中からなにかを取り出すと、それを私に差し出してきたのだ。


 それは私の見間違いでなければ、五枚の一万円札だった。



「は……はぁっ?」


 上擦った声が出てしまう。ついでにちょっと引いてしまった。


「な、なに考えてるの?」


 すると、天上院はキョトンとした顔になる。


「だって、お金がすくなかったから帰っちゃったんでしょ? 昨日」


 絶句って、こういうことを言うんだと思う余裕すら、いまの私にもなかった。


 頭が真っ白になるって、こういうことなのか。



 ほんとになんなんだ。


 ていうか、おかしいでしょ、これ。


 どうして一介の女子高生が、こんな大金をポンポン出してくるの?



「バカにしないでよ。こんなの受け取るわけないじゃん」


 大声を出しそうになるのを堪えてしゃべると、思いのほか声が低くなってしまった。


「……ねぇ、どうしてこんなことするの?」


 しばらくの間、天上院はなにも答えなかった。


 そのあとで出てきた言葉は、あまりに予想外のものだった。



「あなたが好きだからって言ったら、信じる?」


「やっぱりバカにしてるよね」


「そうだよね」


 悪びれた様子もなく、ポツリと言う。



「昨日言ってたでしょ? パパ活でもしようかなって」


「え? まあ……」


 たしかに言ったが、あんなの間をもたせるためだけの冗談だ。本気のわけがない。



「だから、しなよ。パパ活。私相手に」


 一言一句、言い聞かせるような口調で天上院は言った。


「私の彼女になって。まずは一か月間。その対価に、十万円あげる」


 分からないけど、分かった。彼女の意図が。



「バイト、大変なんでしょ? 私の彼女になれば、楽に稼げるよ。いま以上に。きっとお母さんも、楽できるだろうね」


 立ち上がった天上院は、私の手を握り、耳元で囁くように言葉を紡ぐ。


 私には、それは悪魔の甘言に思えてならない。だけど……


 ふたたびスカートのポケットに入り込んでくる十万円を拒否することは、私にはできなかった。



 そして押しつけられる唇を拒む権利は、私にはない。

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所詮、割り切った関係ですから ~クラスメイトにお金で買われて彼女になる話~ タイロク @tairoku

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