第4話 亀裂

 目的地である街の上空に、黒い煙が立ち昇っていた。

 風に乗って、悲鳴と金属のぶつかる音が微かに届く。


 既に魔物が街に入り込み、兵たちが必死に応戦しているのは明らかだった。


「おいおい、やべーぞ。どうする……?」


 カイルが舌打ち混じりに問いかける。


「まずは敵勢力を正確に把握して────」


「そんな悠長な事言ってる場合じゃ無いだろッ!?」


 アキラは言葉を遮り、地を蹴った。

 ――考えている暇なんて、あるわけがない。


「たくっ、あの馬鹿!!」


 カイルは吐き捨てるように叫びながら走り出す。


「シエラちゃん、サポートよろしく!ミア!でけーの頼むわ!!」


「……了解しました」


 カイルが毒づきながら後を追い、仲間に指示を飛ばす。






 結果から言えば、魔物は一掃され、被害は最小限で済んだ。


 アキラは勇者の力を存分に振るい、縦横無尽に敵を薙ぎ払った。

 その背を支えるように、シエラは冷静に戦況を分析し、カイルは臨機応変に立ち回り、ミアは圧倒的な火力で敵をねじ伏せる。


 その見事な連携によって、魔物は全滅した。

 ――少なくとも、アキラはそう理解していた。


「はーっ、マジで助かったわ!まじで死ぬかと思った!」


 笑いながら言うアキラに、カイルが即座に突っ込む。


「笑ってる場合かアホ!そんなんで魔王倒せるのかよ!?」


「あはは、手厳しいねぇ。まぁ、結果オーライって事で」


「ほんと、いきなり飛び出していった時は肝が冷えたわよ……」


 ミアが呆れ混じりに肩をすくめる。


「アキラ様、治療を……」


 シエラは機械的に包帯を取り出し、彼の腕に手を伸ばした。


「大丈夫だって!この程度、かすり傷だからさ!」


「いえ、私の役目ですので……」


 それ以上は言わず、アキラは治療を受ける。


「結果的に、ですが……アキラ様の判断は正しかったかと。一手遅れていれば、失われた命も多かったでしょう」


 そう言って、シエラは微笑んだ。

 業務上の礼として向けられた、整った微笑み。


 だがアキラには、それが特別なものに見えた。


 治療を終えると、シエラはすぐに兵たちの元へ向かい、

 負傷者の対応や街の修繕について指示を出し始める。


 その背中を見送りながら、アキラは胸の奥に小さな高揚を覚えていた。






「え~ん、ママ~……どこ~……?」


 瓦礫の陰で泣く子供を、シエラは見つけた。

 その声に、かつて孤児だった自分の記憶が重なる。


 行き場もなく、ただ死を待つしかなかったあの日――

 迷いなく手を差し伸べてくれた、皇帝陛下の温もり。


「────もう大丈夫ですよ。兵が皆さんを避難させています。一緒に行きましょう」


「……うん」


 小さな手を取り、歩き出す。


(あの時、陛下から頂いた温もりを……私は、分け与えられているでしょうか)


 その背後から、軽い足音が近づいた。


「あっ、いたいたシエラさん!」


 周囲の惨状など目に入らない様子で、アキラが満面の笑みを浮かべて走り寄ってくる。


「領主さんが祝勝会を開いてくれるってさ! 俺たちの活躍のおかげだって、みんな感謝してたぜ。 早く行こうぜ!」


(……この光景を前に、なぜ浮かれていられるのでしょう)


(泣く子供がいる。負傷者が横たわっている。家を失った人々が、呆然と立ち尽くしているというのに。陛下なら、決して……)


「…………恐れ入りますが、祝勝会への参加は少し遅れさせていただきます」


 事務的に、感情を乗せずに告げる。


「街の修復と負傷者の治療を手配し、帝国への報告を済ませてから向かわせていただきます」


「あ、ああ……分かった」


 深々と一礼し去っていくシエラに、アキラはそれ以上の言葉を見つけられなかった。


「ヒュ~、ほんと働き者だよな。いつ休んでるんだか」


 カイルの軽口に、アキラは素直に頷く。


「……すげぇよな、シエラさん」




 アキラ達は英雄として迎えられ、杯が途切れることはなかった。

 カイルはいつの間にか女たちに囲まれ、ミアは眉をひそめて不潔だと騒いでいる。

 その喧騒の中、遅れて姿を現したシエラに、アキラは今日の戦いぶりを得意気に語っていた。

 シエラは何も答えず、ただ静かに話を聞き流していた。





「あー、楽しかった……」


 用意された客室で、アキラは大の字になって寝転がった。

 一方、シエラは壁際へと一歩下がり、背筋を伸ばしたまま立った。

 その視線は、アキラではなく、常に部屋全体を確認するように巡っている。


「ねえ、シエラさん」


「何でしょうか?」


「今度からさ……シエラって呼び捨てにしていい?」

「ほら、さん付けだと他人行儀だろ。俺たち、もう一緒に戦ってる仲間なんだからさ」


「…………構いませんよ」


 シエラは一瞬だけ口を閉ざした。

 返事を探しているというより、必要な言葉を選別しているような沈黙だった。


「私は勇者様のメイドです。お好きにお呼びください」


「そっか……よかった……」


 アキラは心底安心した様子で、大きく息を吐いた。

 ――特別になれた。

 少なくとも、アキラ自身はそう受け取った。


「シエラ……君を、抱きたい……」


「はい。かしこまりました」


 このやり取りも、もう何度目になるだろうか。

 アキラが望めば、シエラは黙って服を脱ぎ、応じる。


「ちゅっ……れろっ……ぷちゅ……」


 甘い香りが鼻をくすぐり、胸元に唇が触れ、舌が絡む。

 乳首を責められ、股間を撫でられるたび、アキラの身体は小さく震えた。


「ああ……シエラ……気持ちいい……」


 されるがままになりながら、ふと欲が口をつく。


「ねぇ、シエラ……。君とキスがしたい……」


「申し訳ありません、アキラ様」


 言葉を選ぶ間もなく、静かな声で遮られる。


「恐れながら、私は従者の身にございます。そのような振る舞いは、立場に相応しいものではありませんので、どうかご容赦を……」


 落胆はしたが、不思議と納得もしていた。


(シエラはプロなんだ……)

(だから、ちゃんと線を引いてるだけで……)

(拒まれたわけじゃ、ない)

(本心はきっと……)


「ああ、ごめん。無理言っちゃったね。今のは気にしないで」


 笑ってそう言い、彼女の判断を尊重する。

 少なくとも、アキラ自身はそう振る舞えたつもりだった。


「そろそろ挿入れたいな」


 アキラがそう言うと慣れた手付きでコンドームを装着していく。

 たまには生でしたいという言葉が出かかったが何とか飲み込んだ。


「今日は後ろからで……」


 言われるままに張りの良い健康的なお尻をアキラへと向ける。


「あれ、濡れてる?もしかして期待してた?」


「……アキラ様の事ですから、本日、お相手する事になるだろうと……」


 声はいつも通り冷淡だが、アキラは気分を良くし、直ぐ様に挿入する。


「くっ……ぅ……」


 半ば強引に入れられた事で苦し気な声が漏れる。


「ああ!シエラは可愛いな!こんなに締め付けてくるなんて!」


 アキラは興奮のあまり、腰を激しく打ち付ける。

 激しくすれば良いという思い込みからくる稚拙な動き。


「はぁ……ふぅ……んっ……」


 背後から突き動かされるたび、シエラの喉から抑えきれない吐息が零れる。


「シエラ……! 俺、もう……!」


 10にも満たない回数で、アキラのものが大きく震え、力を失った身体がそのまま覆いかぶさった。

 快楽の余韻に身を委ねつつ、アキラは白い首筋へと唇を重ねていく。


「今日も良かったよ……。シエラ……」


 かつては勢いのまま何度も求めていたが、今は一度で終える。

 がっつくのは格好悪いし、何時でも相手して貰えるのだから、回数に拘る必要は無いと考えているからだ。


 行為を終えると、シエラは何も言わず、淡々と身支度を整えていく。

 その動きは正確で、そこに余韻を惜しむ気配はなかった。


「ねえ、シエラ? 気持ち良かった?」

「俺とのエッチ、気持ち良かった?」


 身支度を終えたシエラに感想を尋ねる。


「……私は感じにくい体質のようですので、お気になさらず」

「それに、女性にそのようなことをお尋ねになるのは、少し品に欠けるかと……」


 柔らかく、しかし完全に線を引く声音。


「あ……そ、そっか。ごめん」


 アキラは慌てて取り繕う。


「いえ。それでは、失礼いたします」


 一礼し、いつものように部屋を出ていく。


 一人残されたアキラは、天井を見つめたまま、にやりと笑った。

 ――拒まれた、とは思ってもいなかった。


(最初から濡れてたし……楽しみにしてたんだよな)

(呼び捨ても許してくれたし……確実に距離は縮まってる)

(表情に出さないところも、慎ましいところも……全部好きだ)


 アキラは輝かしい戦果とシエラと関係がより深まったと考え、夢見心地のまま眠りについた。

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