第3話 予兆
「シエラちゃ〜ん、今日のご飯はな〜にかな〜?」
「……カイル様。調理中の悪ふざけは、おやめください」
鋭い一瞥。
カイルは肩をすくめ、ヘラヘラと笑って身を引いた。
「お~こわ。やれやれ、シエラちゃんはおっかないね~。なぁ、ミア!」
「ちょっと、あんた何するのよ~!」
カイルに無遠慮に尻を叩かれ、ミアが顔を真っ赤にしてポカポカと叩き返す。
「おいおい、もうその辺にしとけって。カイルも悪ふざけが過ぎるぞ」
アキラが苦笑しながら仲裁に入ると、カイルは「へいへい、リーダーの言うことは聞いとかないとな」と、わざとらしく両手を上げた。
料理が並ぶのを待ちながら、いつものやり取りが続く。
これも、もう見慣れた光景だった。
最初はシエラと二人きりの旅だったが、今は仲間が出来た。
軽薄だが剣の腕は確かなカイル。
明るく元気で、魔法の才に恵まれたミア。
カイルがふざけ、ミアが怒り、俺が止める。
それが、このパーティの日常だ。
戦闘では、背中を預けても不安はない。
シエラにちょっかいを出す心配もない――あの難攻不落ぶりを見ていれば、なおさらだ。
……その分、被害を一身に受けているのがミアなのだが。
「シエラさん、俺も手伝うよ」
「ありがとうございます、アキラ様」
配膳が始まると、アキラも自然に皿を手に取った。
やがて、談笑混じりの食事が始まる。
「アキラ様、お飲み物をお注ぎしますね」
「ああ、ありがとう」
表情は変えず、事務的に注いでいく。
「シエラちゃ〜ん、俺にも〜」
「ご自分でなさってください」
容器を、言葉少なに置かれる。
「やれやれ、勇者様は特別扱いで羨ましいこって……。俺が同じことを頼んだら、睨み殺されそうだよ」
カイルがわざとらしく溜息をつき、その様子をミアがケラケラと笑っている。
(……特別扱い、か)
カイルが仲間になってから、余計にはっきりした。
シエラの俺への対応と、カイルへのそれは、まるで別物だ。
俺には、言わずとも手を貸す。
けどカイルには、仲間として最低限のことしかしない。
ぼんやりと箸を動かしていると、ふいに笑い声が耳に入った。
シエラとミアが、楽しそうに言葉を交わしている。
(シエラさんが笑ってる所をあまり見ないけど、やっぱ女同士だから打ち解けやすいのかな?)
(……でも、俺には身体を許してくれてる)
男性に対しては、必要以上に踏み込まない。
そういう美徳を持った人なんだろう。
……だからこそ、俺は特別だ。
そう思えた。
疑う理由は、見当たらなかった。
「おいおいアキラ、何ぼーっとしてんだ? せっかくのシエラちゃんの料理、冷めちまうぞ」
カイルの声に、アキラは我に返った。
「あ、ああ……そうだな」
一拍遅れて返事をすると、
「お口に合いませんでしたか?」
表情一つ変えず、シエラが確認するように問いかける。
「そ、そんなことないよ! 美味しい、美味しい!」
誤魔化すように、アキラは勢いよく箸を進めた。
「心配すんなって。シエラちゃんの料理は、いつだって最高だぜ」
「正直、ずっとこの旅を続けたいくらいさ」
「……ありがとうございます」
控えめにそう返すと、シエラはそれ以上、視線すら向けなかった。
それ以上、言葉を重ねることはない。
やがて食事が終わり、シエラは慣れた手つきで食器をまとめ始めた。
食事を終え、再び旅路へと戻る。
足元は相変わらず荒れた道で、歩くたびに小さな疲労が積み重なっていく。
この世界の魔法は確かに凄い。
だが、こうした悪路を延々と歩かされると、どうしても元の世界が恋しくなった。
車や飛行機、舗装された道。便利さという点では、やはり比べものにならない。
そうした思いは、気付けば口をついて出ていた。
「俺がいた世界ではさ~、車とか飛行機とか、すっげ~便利な物があってさ~」
「お、勇者様の異世界トークが始まったな!」
カイルが笑いながら相槌を打つ。
ミアもまた、興味を抑えきれない様子で目を輝かせた。
「へぇ……信じられないわ。どういう仕組みなの?」
「魔法も凄いんだけどさ。他にも――」
アキラは疲労を誤魔化すように、得意気に話を続けていく。
自分の世界の話をすれば、自然と気分が良くなるのを感じていた。
その時だった。
「…………この様な場所は、魔物の出没が多いため、舗装や開拓もままなりません」
それまで黙して歩いていたシエラが、静かに口を開いた。
「魔王さえ討てば、帝国の文明はより大きく発展する事でしょう」
淡々とした声音。
そこに感情は感じられない。
「勇者アキラ様、必ずや元の世界へとお戻しいたしますので、それまではご不便もおありでしょうが……」
そう告げると、シエラはそれ以上言葉を重ねることなく、いつもの歩調で歩き始めた。
「ああ、そうだな!魔王を倒したら、俺の世界をみんなに案内してやるよ!」
「へぇ、面白そうだな。けど俺はパスだ。今の世界、気に入ってるし。気楽でいい」
「ははっ、カイルらしいな!」
「私は行ってみたいわ。アキラの世界、見てみたい!」
楽しげに会話が続く中、シエラは一度も振り返らない。
(その時には……シエラ、君も一緒に……なんてのは、さすがに気が早いか。でも……俺、勇者だしな)
そんな淡い期待を胸に抱いたまま、アキラは前を向く。
やがて目的地が近付いたその時――
カイルが、ふと足を止めた。
「……おい」
低い声が、横から飛んでくる。
「なんか、変じゃねぇか?」
空気が、わずかに張り詰めていた。
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