甘酒

島本 葉

甘酒

 午前八時の商店街のアーケードは、すでにそれなりの人通りだった。その流れは、この先の神社へ向かっている。すれ違う初詣帰りの人々の晴れやかな表情が、冷たい空気を少しだけ和らげているように感じられた。


「結構、人がいるね」


 隣を眠そうに歩く兄に呟くと、「んぁ」とあくびなのか返事なのか分からないものが返ってきた。


「あんま寝てないの?」

「まあ、テレビ見ながら、なんとなくな」


 それならまだ寝ておけばいいのにと思ったが、初詣に誘ってきたのは兄の方からだった。毎年恒例の兄妹での初詣。と言っても、地元の神社にお詣りするだけのこじんまりした習慣だ。マフラーを少し引っ張り上げて首すじに入り込む風をしのぎ、兄と二人で歩く。


 兄妹で初詣に行くようになったのは、小学校の半ばくらいからだっただろうか。我が家の年末年始は両親ともに仕事のため、それまでの私にはあまり初詣の思い出が無かった。兄と一緒にこの道を歩くのは、たぶん6、7回目くらいだろう。


「ここはやっぱり正月でも開いてるんだね」


 主だったお店はシャッターが降りていて、見慣れた正月休みを知らせるポスターに日付が記載されているが、その中でもコンビニだけは煌々と明かりが灯っていた。


「なんか暖かい飲み物でも買うか?」


 兄の問いかけに、私は首を横に振った。そうして、アーケードの出口あたりに、目を向ける。そこには仮設のテントが見えていて、湯気が立ち上っていた。


「甘酒か」と、私の視線を追いかけるようにして、兄が言った。


「うん。あれにしようよ」


 毎年、ここで甘酒を販売するお店が開かれていた。簡易なテントに平机。大きな鍋から濛々と立ち上る湯気。分厚くダウンコートを着込んだおばさんが、ストーブを足元に炊きながら「おめでとうございます」と道行く人に笑いかけていた。


「甘酒、飲めるのか?」

「わかんない」


 これまでにほとんど口にした記憶はなかったけど、この出店のことは毎年気になっていたのだ。


「何だそれ。ま、いっか」


 そういって、兄はおばさんの方に歩み寄ると、甘酒を二つ注文した。大きな鍋の中では、コンロにかけられた甘酒が温められていた。白濁したイメージだったが、意外にもその上澄みは透明に澄んでいた。その傍らにはペットボトルに入った甘酒が何本もストックされていて、なるほど、すこしずつ補充しながら売ってるんだと思った。


 明るく返事をしたおばさんは、柄杓のようなもので鍋底からぐるりとかき混ぜる。もろもろとした酒粕が渦を作り、私の知っている、真っ白な甘酒がそこに現れた。一層と湯気が立ち上り、甘くて暖かい香りが広がる。


「はい、どうぞ。あけましておめでとう」

「おめでとうございます」


 紙コップに注がれた甘酒を私が二つ受け取る。指先まで冷え切った手に熱がじわりじわりと伝わって心地よい。


「はい、お兄ちゃん」

「さんきゅ」


 どんな味なんだろう。


 ゆっくりと紙コップに口をつけて、こくんと飲み込む。思ったより熱くない。あ、美味しい。柔らかな甘味と、酒粕の香りが広がっていく。ほのかなアルコール。続けて何口か飲んでいると、胸の奥の方からぽかぽかと温かさが込み上げてきた。


「ふぅー」


 さらに白くなった息を吐き出して兄を見ると、頬を緩めて同じように息を吐き出す兄の視線とぶつかった。


 たぶん私も笑っているんだろう。


「美味しいね」

「うん。いいな、これ」


 ――美優、二人で初詣行くぞ


 まだ今よりも幼い兄が、居間で宣言するように言い出したシーンが不意に過った。「んっ」と、ぶっきらぼうに突き出した拳の下に両手を差し出すと、ポロリと百円玉が一枚落ちてきた。あのとき、私の中でお賽銭は百円玉であることが決定事項になったのだ。


 紙コップ両手で包み込むようにして、ゆっくりと甘酒を飲み干す。内側から込み上げてくる熱が心地よかった。


「よし、行くか」

「うん」


 私が手を差し出すと、飲み終わった兄のカップがポンと手のひらに収まった。

 二つ紙コップを重ねてくずかごに入れ、弾むように兄の後に続くのだった。

 

(了)



────────


 あけましておめでとうございます

 本年もどうぞよろしくお願いいたします

(島本)

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甘酒 島本 葉 @shimapon

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