第4話 因縁の始まり
──魔都市カイゼル
薄暗い玉座の間に、怒号が響き渡った。
「な、何だと!1,000の軍勢が、全滅した?」
魔人ザッドサンは、報告を聞いた瞬間、激しく立ち上がった。玉座が軋む音が室内に響く。
「おいおい何かの冗談だろう?アークデーモンもいるんだぞ!あの化け物が簡単にやられるはずが……」
体中が震えている。それは恐怖ではなく、怒りだ。配下の魔族たちは、沈黙したまま床を見つめている。誰も何も言えない。言えば殺される。
ザッドサンは深呼吸をすると、机を思い切り叩いた。ガン、という重い音が響く。そして静かに、だが冷たい声で言った。
「兵を集めろ。この街にいる魔族を全員だ。そこら辺りの魔獣も集めろ!従わない奴は殺せ」
配下が慌てて頭を下げる。
「俺を舐めたことを、絶対後悔させる。人間どもめ……地獄を見せてやる」
ザッドサンの目が、憎悪に燃えていた。
――――
朝日が街を照らしている。
街では復興作業が続いている。壊れた家屋、崩れた城壁、割れた石畳。あちこちに戦いの爪痕が残っていた。
俺は今日も瓦礫撤去の手伝いで、リノンは炊き出しを担当している。俺が瓦礫を運んでいると、リノンが手を振ってくる。笑顔だ。あの笑顔を見ると、疲れも吹き飛ぶ。
作業を続けていると、街の東門から馬の蹄の音が聞こえてきた。斥候隊だ。
その時、斥候隊が帰ってきた。馬から降りると、足早にギルドに入っていく。
「険しい顔をしていた気がする。何か貴重な情報が入ったのかな?」
胸騒ぎがする。だが今は目の前の作業だ。気を取り直し、大きな瓦礫を動かしていった。石の塊は俺の背丈ほどもある。これを運ぶのは一苦労だ。
「ゼロス、こっちで一緒に話せるか?」
振り返ると、ギルドマスターのアックスが立っている。表情が硬い。
「はい、今行きます」
服についたほこりを払いながら、ゆっくり歩いてギルドに入る。木造の建物は古いが、頑丈だ。中に入ると、革と紙の匂いがする。
会議室には、防衛隊長リリックとアックス、斥候隊が揃っていた。全員、深刻な表情だ。
俺は空いている席を探して座った。硬い椅子が軋む。
アックスが立ち上がり話し始めた。手には一枚の地図がある。
「信じられないことだが、東の街道で地震が起こり、敵兵が全滅したようだ……」
アックスは理解が追いついていないようだ。目を何度も瞬かせている。
「地震、ですか?」
防衛隊長リリックが聞き返す。
斥候隊のダンが立ち上がり、話し始めた。茶色の髪の男で、鋭い目つきをしている。
「現場の状況をかなり深く観察したのですが、街道の真ん中から亀裂が入り、その亀裂に魔族は落ちた模様です。亀裂の長さは1キロ位かと。深さは測れませんでしたが、底が見えないほど深い」
「1キロ……」
誰かが息を飲んだ。
防衛隊長リリックが口を開く。彼は白髪混じりの髭を撫でながら言った。
「どう考えても、人工的な力だとしか思えません。自然の地震であんな一直線に亀裂が入るはずがない。だとしたら、第3の勢力の可能性も……」
室内に緊張が走る。第3の勢力。それは味方か、敵か。
「だが結果的に助かった。大陸を旅する英雄が助けてくれたのかもしれんな」
アックスは嬉しそうだ。肩の力が抜けている。
(いや、それやったの俺なんだけど、ここまできたら、言い出しにくいじゃないか!まあ、放置でいいか)
心の中で苦笑する。まさか自分が第3勢力、英雄扱いされるとは思わなかった。
シンが口を開いた。彼は斥候隊の中でも特に優秀な若者だ。
「魔都市の方は、ほとんど魔族がいない状態でした。街を歩く魔族の姿はほぼ皆無です。おそらく、軍隊に主力を集めていたのだと思います」
「なるほど……」
アックスが顎に手を当てる。
その時、俺は思いついた。チャンスだ。今しかない。
「俺なら今すぐ魔都市に攻め込みますね!そしてそこを乗っ取ります」
室内が一瞬、静まり返った。全員が俺を見る。
そして次の瞬間──
アックスが、テーブルに勢いよく手をついた。バン、という音が響く。
「名案だ!今なら楽に街を落とせる!向こうの戦力は壊滅状態、こちらは無傷。これ以上のチャンスはない!」
防衛隊長リリックも頷く。
「確かに。このタイミングを逃せば、向こうも体勢を立て直すでしょう」
会議はトントン拍子で進んだ。この街に防衛隊を100名置き、魔都市攻略には200人が参加する。冒険者と防衛隊の混成部隊だ。
アックスが俺の肩を掴んだ。
「お前のアイディアなんだから、お前も参加するんだぞ!」
背中を叩かれた。痛い。
「はい、もちろんです」
笑って答えたが、内心は複雑だ。
(魔都市に魔族が何人いるかがわからないのが厄介だな。物量で押し通すのが正解か?)
心の中で考えを巡らせる。すると──
《答:物量損害大》
ガイアの声が頭に響いた。冷たく、機械的な声だ。
(おお!ガイアか、回答ありがとう。損害大か……正解とは言えないな。じゃあ、冒険者の大魔法で一掃するのはどうだ?)
《答:第15階梯魔法一撃 第8階梯魔法3発破壊可能》
(なるほど。それなら、冒険者の中から、魔法使いを探せばいいんだな。アックスに相談してみるか)
「ギルドマスター!今いる冒険者の中で、高位の魔法が使える魔法使いは何人いますか?」
アックスが首を傾げる。
「んー、そうだな、Bランクが1人、Cランクが2人だったと思う。Bランクの奴も第6階梯までしか使えないはずだ」
「んー、無理そうだ」
俺は頭を掻いた。
「できれば、建物は無傷で手に入れたい。街をそのまま使えれば、拠点にできる。となると……突入しかないな」
そう言いながら、俺の目が光った。心の中で、ある作戦が浮かんでいた。
――――
空は青く澄み渡っている。
攻撃当日。約200名の軍勢が、街を出発した。冒険者と防衛隊の混成部隊だ。全員が武装している。
俺もその中の1人だ。腰には剣を下げ、軽装の鎧を身につけている。
前方は、冒険者。彼らは個々の戦闘力が高い。後方は防衛隊で固めた。統制の取れた動きができる。
リノンは街に残った。彼女には戦闘は向いていない。それに、誰かが街を守らなければならない。
数時間も歩くと、魔都市が見えてきた。灰色の城壁が、地平線の向こうに浮かび上がる。
「見えたぞ!」
「おお!」
冒険者と防衛隊は戦いの士気を上げる。剣を掲げる者、拳を突き上げる者。みんな、闘志に満ちている。
少しずつ少しずつ近づいていくと、情報通り、門の前には、魔族の姿は見当たらなかった。巨大な鉄の門が、無防備に開いている。
「妙だな……」
誰かが呟いた。俺も同じことを思っている。罠か?
「ちょっと先頭見てくるかな」
俺はみんなの間をすり抜けて、先頭へ抜け出た。冒険者たちが道を開ける。
先に行き、建物の中に入り確認する。
「ここからならよく見える。中に敵の姿は見えない。この勢いで中まで突入しよう!」
俺が叫ぶと、みんなが頷いた。
各部屋を確認すると、地下牢に続く階段があった。松明の光が揺れている。
階段を降りると、そこには──
10人の子どもが、奴隷として監禁されていた。
鎖で繋がれ、汚れた服を着て、怯えた目でこちらを見ている。
「大丈夫だ。もう安全だ」
俺が声をかけると、子どもたちが泣き出した。
気がついたら、俺も泣いていた。涙が止まらない。
昔の自分を見ているようだった。奴隷だった頃の、あの絶望を。
「もう大丈夫だ。君たちは自由だ」
鎖を断ち切る。子どもたちが俺にしがみついてくる。
また1つ、やらなければいけないことができた。
俺は子どもたちを後方部隊に預け、歯を食いしばりながら戦いに戻った。
その時、門と中庭を突破した冒険者たちが、怒涛の勢いで建物内へとなだれ込んできた。
俺は彼らと合流し、そのまま城の最深部、大広間へと突き進んだ。
そして大広間に出た時、俺は動きを止めた。
息が詰まる。
《敵モンスター:308体確認》
《名前:魔人Lv8-10》
《弱点:炎》
《推奨:大規模魔法攻撃》
「ヤバい!」
大広間の天井、壁、柱の影。あらゆる場所に、魔人が潜んでいる。黒い影のような姿。赤く光る目。
「罠か?!やっぱり俺は何もできないのか……いや、諦めるな!」
心臓が早鐘を打つ。だが、ここで引くわけにはいかない。
冒険者が建物になだれ込む。彼らは気づいていない。罠に気づいていない。
魔人はこの瞬間を待っていたのだ。
「みんな止まれ!罠だ!」
俺が叫んだが、遅い。魔人たちが一斉に飛び出してきた。
ガキン、バキン、という金属音が響く。悲鳴が上がる。
血が飛び散り、次々と倒れていった。
「くそ!ガイア、魔人の周囲の空気量を半分以下にしてくれないか?」
《承》
瞬間、魔人たちの動きが変わった。
「ぐ、ぐぁ……」
「い、息がで……」
すごく息苦しそうにしており、体の動きも鈍った。酸素が足りず、動けない。
「今だ!攻撃しろ!」
俺が叫ぶと、冒険者と防衛隊が一斉に突っ込んでいく。
剣が振るわれ、魔法が飛び交う。
間違いなく、魔族が不利に見えた。酸欠状態では、まともに戦えない。
だが──
するとガイアが反応した。
《敵モンスター:確認》
《名前:魔人ザッドサン(アークデーモン) Lv59》
《弱点:斬撃》
《推奨:剣撃》
「来るか……」
俺は剣の柄に手をかけた。心臓が激しく鼓動する。
近くにいるのは間違いない。気配が濃い。殺気が漂っている。
この状況でも、かなりの力を発揮するだろう。アークデーモン。魔族の中でも上位の存在だ。
――――
ドゴォン!
そのザッドサンがいきなり、冒険者を剣で斬る。
「ぐあああ!」
冒険者の体が宙を舞う。
そして何度も切りつけた。
だがそれを俺は弾いた。ガキィン、という高い音が響く。
「貴様……」
ザッドサンは標的を俺に切り替えた。巨大な体躯、黒い鎧、赤い目。威圧感が凄まじい。
速い剣筋で急所を狙ってくる。首、心臓、脇腹。全てが致命傷を狙った一撃だ。
それを全て弾くと、今度は俺が、同じ場所を切りつけた。相手の剣の軌道を読み、隙を突く。
ザシュ!
俺の剣がザッドサンの喉を裂いた。黒い血が噴き出す。
「ぐ、がぁ……」
喉を抑えて、後ずさる。だが、まだ倒れない。生命力が異常だ。
その時、ザッドサンの後ろから、黒くて鋭い影のようなものが大量に降ってきた。
「魔法か!」
それも切り伏せる!気合いを込めて剣を振った。
そして、5本の黒い影を受け止めた。だが──
ヤバい、完全な無防備だと思った時には、両脇を黒い影が突き刺そうとしている。
《警告:回避不能》
《戦闘支援:鉄壁》
ガゴン!
俺の周りに鉄の板が何枚も下から現れ、黒い影の攻撃を防いでいる。地面から突き出た鉄の壁が、俺を守っている。
「ありがとう、ガイア!」
俺は黒い影を切り裂き、ザッドサンの胴を狙った。横一閃。だが剣で弾かれる。
ガキィン!
次に胸、首と狙うがかわされた。速い。さすがアークデーモンだ。
だが、ザッドサンの一撃はすでに放たれていた。巨大な剣が、俺の首を狙って振り下ろされる。
避けられない。
「ガイア、対象の重力を10倍にして」
《承》
ドスン!
刃が俺の首に届く前に、ザッドサンは重力に支配された。体が地面に叩きつけられる。
「く、うごけん……」
ザッドサンが苦しそうに呻く。体が動かない。10倍の重力に押しつぶされている。
「なぜ……人間ごときに……!」
「いい顔してるな、気分が良くなる」
ザッドサンの顔が、恐怖で歪んでいく。
俺は笑いながらザッドサンの頭を剣で突いた。
ザシュ!
頭蓋を貫く。ピクピク動く体は、やがて止まった。
《敵:討伐完了》
《レベル:42に上昇》
《筋力・剣技・殺意・命中率:上昇》
「はぁ、はぁ……」
息が上がる。だが、勝った。
周りを見ると、冒険者たちも魔人を倒し始めている。酸欠状態の魔人は、次々と倒されていく。
「勝てる……勝てるぞ!」
誰かが叫んだ。
その日のうちに、魔都市は俺たちのものになった。冒険者たちが歓声を上げている。
瓦礫の街に、久しぶりに安堵の空気が流れた。
俺は崩れ落ちた建物の向こうに広がる空を見上げ、静かに息を吐く。
ーー長い戦いは、ひとまず終わったのだな。
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