第3話 魔都市潜入
俺は翌日も、街の復興作業を手伝っていた。
瓦礫が散乱し、街のあちこちで、人々の行く手を阻んでいた。倒壊した家屋、砕けた石畳、折れた看板。正直、見ているだけで気が重くなる光景だった。
「俺は昔から重いものを持つのが得意だったので、ここは任せてください!」
奴隷時代に鍛えられた筋力が、こんなところで役に立つとは思わなかった。そんなことをしながら、昨夜の夕食の恩を返していく。
大きな石を持ち上げ、道の脇に運ぶ。普通なら3人がかりでも難しい重さだが、俺には軽く感じた。
すると、3人の村人が街の外から帰ってきた。斥候に出ていた者たちだ。
3人は興奮しながら何かを話している。表情が硬く、明らかに良いニュースではなさそうだ。
俺は3人を横目で見ながら、黙々と作業を進めた。
――――
その夜、夕食を取りながら、俺はある話を耳にした。
「え? それは本当なのか? 本当ならかなり厄介だな」
どうやらこの街の近くに、魔族の街ができたらしい。それも、たった数日で築かれたという。
俺は考え込んだ。
このままここから立ち去るのは、タイミングが悪すぎる。助けた人々を見捨てることになる。
それに、リノンがようやく楽しそうに笑うようになった。街の子供たちと話したり、料理を手伝ったり。その笑顔を奪うような真似はしたくなかった。
考えに考えた末、俺は残ることを決めた。
「明日の斥候隊に、俺もついていかせてください」
防衛隊長リリックに頼み込むと、彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いてくれた。
――――
翌日、早朝。
東の空がうっすらと明るくなり始めた頃、俺は斥候隊と共に街を出発した。
剣士のダン、狩人のシン、戦士のマグの3人。ベテランの空気を纏った男たちだ。
その後ろを、俺はついて歩いた。
深い森の中を、どんどん進んでいく。木々が生い茂り、太陽の光も届かない暗い道だ。
森が深すぎるせいか、モンスターは出なかった。それとも、魔族の気配を感じて逃げたのか。
やがて、森が開けた。
「あった……」
人族の街からここまで、およそ5キロ。
鉄の城壁に囲まれた小さな街が、森の中にぽっかりと現れた。
頑丈とは言えない作りだが、整然と作られている。計画的に建設されたことがわかる。
「まだ新しいな」
ダンが低い声で呟いた。
狩人のシンが素早く木に登り、街を観察し始める。
その時、頭の中に声が響いた。
《使用可能:インビジビリティ》
「え? インビジなんとかって何ができるの?」
《答:視覚消失》
「それを使って潜入しろって言いたいのか?」
沈黙。
「……ガイアが使えって事は、ちゃんとした意味があるってことだろ? それならインジビなんとか、頼むよ」
すると、自分の体が透明になっていくのがわかった。手が、腕が、体が、まるで空気に溶けていくように消えていく。
「これはすごい!」
俺は慎重に、門番が立っている門の真ん中を歩きながら、街に潜入した。
街はまだできたばかりで、城の建設も途中だった。だが、街並みには活気が溢れている。
魔人はもちろん、オークやゴブリンといった人型モンスターがたくさん行き交っていた。
商売はあまり盛んではないようだが、酒場だけは賑やかで、笑い声や怒声が聞こえてくる。
(よし! ここは酒場だな! ここには情報が集まるはずだ)
俺は酒場まで行き、他の客の後ろについて中に入った。
木の椅子とテーブルが並び、魔族たちが酒を飲んでいる。臭いが充満していて、少し息苦しい。
そして、いろいろな話に耳を立てた。
「やっと街らしくなったな……」
「この街の守護魔人、ザッドサン様は偉大だ。あの方がいれば人族など恐るるに足らず」
「またすぐに人族を攻めるらしいぞ。残党狩りだ」
「ここの拠点は、今後の作戦で重要な場所になるらしいな。北への進軍の要だとか」
なるほど、貴重な話をいっぱい聞かせてくれてありがとう。さて、そろそろ戻るか。
俺はゆっくりと、慎重に来た道を戻った。
姿を消しているだけで、物体が消えるわけではない。誰かに当たれば、そこに何かあるとバレてしまう。
魔族を避けながら、壁に沿って歩き、ゆっくりと門を出た。
そして斥候隊が待つ場所へ向かうと、既に3人が集まっていた。
「すいません、遅くなってしまって」
俺は謝りつつも、掴んだ情報を話した。
「大変です! また攻めてきます! 早く帰って防衛の準備をしないと」
「どのくらいの兵力かわかるか?」
ダンが真剣な顔で聞いてきた。
「そこまではわかりません。ですが、大将の名前は魔人ザッドサンだって言ってました」
「……そうか。ありがとう、貴重な情報に感謝する」
シンは暗い笑顔で言った。その目には、諦めに似た光があった。
すると3人は顔を見合わせて頷き、全員で急いで街へ戻った。
――――
俺と斥候隊は街に戻ると、すぐに作戦会議が開かれた。
街を治める辺境伯のルラシーヤ・カザハルトーレ、ギルドマスターのアックス、防衛隊長リリック、斥候隊、そして俺。
長いテーブルを囲んで、全員が険しい顔をしている。
剣士ダンが口を開いた。
「調査報告です。魔族がまた攻めてきます。一刻も早く迎撃準備をしてください。時間はありません」
「相手の大将は魔人ザッドサン。用心するに越したことはありません」
マグは慎重な性格らしく、何度も念を押す。
辺境伯のルラシーヤが、凛とした声で尋ねた。
「こちらの兵は、どのくらい集まるのですか?」
「防衛隊を、かき集めて200人です」
「ギルドの冒険者は、金次第で100人は動きます」
「では今すぐに集めなさい! 1秒でも早く。そしてすぐに防壁を固めなさい!」
辺境伯のルラシーヤは奥歯を噛み締めている。若い男性だが、その覚悟は本物だった。
会議が終わると、俺は一つの考えを巡らせていた。
魔族の進軍ルートを予想して、途中で迎え撃つ。
「少しでも魔族を減らすことができれば、街に余裕ができるはずだ」
そう考えながら、頭の中で作戦を練る。
「なあガイア、大人数の敵が来たらどうすればいいと思う?」
《答:アースクエイク使用可能》
「アースクエイク? 物騒だな。でも、魔族ならいいか」
ゼロスは、自分が薄笑いしていることに気づかない。
――――
俺は魔族が通るであろう道で、じっと待ち伏せた。
早く来ないかなあと思いながら、木陰で昼寝をする。
すると、地面が微かに震えた。
道の前方から、大軍が近づいてくる音がする。
「ガイア、人数教えて。あと、種族も」
《答:総勢約1,000人。魔族・巨人族・獣族を確認》
「上空から見ることはできるか?」
《答:可能。上空視点モード》
すると突然、視界が変わった。まるで空に浮いているような感覚に陥る。
下を見ると、1,000の軍団が迫っている。黒い甲冑、巨大な体、獣のような咆哮。
「ふむふむ、縦長陣形ね。把握した」
俺は深呼吸をして、叫んだ。
《アースクエイク》
ゴゴゴゴゴ……!
地面が割れ始めた。縦方向に、まるで神が地面を引き裂いたかのように。
それは軍勢を飲み込みながら、容赦なく魔族を巻き込んでいく。
悲鳴が響き渡る。土煙が上がり、木々が倒れる。
縦割れはどんどん伸びていき、辺りの地面が壊滅して砕け散った。地獄絵図だった。
1,000の魔族は、あっという間に2体になった。
2体だけ、翼を広げて空中を飛んでいる。魔人たちだ。
「よし! これで300対2だ!」
《敵:1,052体討伐完了》
《レベル:35に上昇》
《想像・操作・暴力・命中率・殺傷率・殺意:上昇》
街に戻って対策を練ろう。そう思った瞬間。
2体の魔人が、こちらに向かって猛烈な速度で飛んできた。
どうやら、気づかれたようだ。
《敵モンスター:2体確認》
《名前:アークデーモン Lv57》
《名前:デーモン Lv18》
《弱点:光》
《推奨:光の剣》
俺の右手に、光の剣が淡く輝きながら降りてきた。
すぐに握り締めて、まずは一番レベルの低いデーモンに狙いを定めた。
デーモンが黒い爪を振りかざして突進してくる! その速さは、今まで戦った敵とは比べ物にならない。
俺は横一文字で薙ぎ払った。
ギィン!
だが、傷は浅かった。デーモンの皮膚が異常に硬い! 光の剣をもってしても、表皮を切り裂くことしかできない。
その隙に、アークデーモンが魔法を詠唱し始めた。黒いオーラが渦巻き、空気が歪んでいる。
「させるか!」
俺は縦一文字で切り伏せようとアークデーモンに飛びかかる。だが、デーモンが割り込んできて、巨大な爪で剣を弾き返した。
ガキィン!
衝撃で体が後方に吹き飛ばされる。地面を転がり、何とか体勢を立て直す。
《戦闘支援:高速移動》
ありがたい! 体が軽くなり、移動速度が一気に跳ね上がった。
俺は地面を蹴り、残像を残すほどの速度でデーモンの後ろに回り込んだ。
「もらった!」
そして、胴を横一閃で切り裂いた!
「ぐぎゃああああ!」
デーモンが断末魔の叫びを上げて、地面に墜落する。黒い血が噴き出し、体が痙攣している。
だが、油断できない。アークデーモンの魔法が完成した。
巨大な闇の槍が、俺に向かって目にも留まらぬ速さで飛んでくる!
避けられない!
俺は咄嗟に光の剣を盾のように構えた。
ドゴォォン!
凄まじい衝撃。体が吹き飛ばされ、木に激突する。背中に鈍い痛みが走った。
「くそっ……強い!」
アークデーモンが、不気味な笑い声を上げながらこちらに向かってくる。
だが、俺は気づいた。奴の動きに隙がある。
魔法を使った直後は、短い硬直時間があるのだ。
今だ!
俺は全力で地面を蹴り、アークデーモンに向かって突進した。
アークデーモンが驚愕の表情を浮かべる。まさか、こんなに早く反撃されるとは思っていなかったようだ。
俺は迷わず、アークデーモンの口の中に剣を突き刺した。
「頭部爆発!」
ドカァァァン!
アークデーモンの頭が内側から爆発し、破片が四方八方に飛び散る。巨体が崩れ落ち、地面に激突した。
《敵:討伐完了》
《レベル:39に上昇》
《勇気・筋力・剣技・暴力・命中率・爆発力:上昇》
「はぁ……はぁ……よし、これで全滅だな」
俺は荒い息を整えながら、周囲を見渡した。
割れた大地、倒れた木々、そして静寂。
「でも、魔族の街をどうにかしないと、根本的な解決にはならないな」
そんなことを考えながら、俺は街への帰路についた。
夕日が背中を照らし、長い影が地面に伸びている。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
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