第5話 新たな家族
戦いが終わり、静寂を取り戻した頃。
カイゼルの街は、ゆっくりと日常を取り戻しつつあった。外壁は魔族が作っただけあって頑丈で、見た目は美しい灰色の城壁が太陽の光を反射している。だが内部は戦闘の傷跡が深く、崩れた壁や割れた床が至る所に残っていた。
そんな中、ギルドマスターのアックスが俺のもとへやってきた。
いつもの豪快な笑顔を浮かべながら、アックスは俺の肩を叩いた。
「ゼロス、お前カイゼルの領主にならないか?」
突然の言葉にびっくりした。目を丸くして、アックスの顔を見る。
「りょ、領主……ですか?」
「ああ、そうだ。お前がこの街を救ったんだ。それに、お前なら街を良い方向に導けると思う」
確かに、悪い話ではないと思った。心臓がドキドキしている。拠点があれば、情報も集まる。武器も揃えられる。仲間も集められる。母さんとの約束を果たすためにも、この街は役に立つだろう。
俺は深呼吸をして、アックスを見つめた。
「わかりました、お引き受けします」
アックスの顔がパッと明るくなる。
「ですが、俺には大切な戦いがあります。旅に出ることもありますが、大丈夫ですか?」
果たすべき約束がある。それを忘れることはできない。
「ああ、それは問題ない。お前が留守のときのために、補佐役を決めておくんだな。防衛隊長リリックあたりが適任だろう」
アックスが豪快に笑う。そして続けた。
「近々ギルドも作る予定だから、そのつもりでよろしくな。ギルドマスターもお前の予定だ!」
「え?ちょ、ちょっと待って──」
アックスは言い終えると、俺の意見も聞かずに立ち去り、背中越しに手を振った。
「また勝手に決めて……」
俺は苦笑した。だが、悪い気はしない。
――――
カイゼルは外観こそ立派だが、内部の復興には時間がかかりそうだ。
廊下には亀裂が走り、いくつかの部屋は天井が崩れている。魔族が使っていた部屋には、まだ魔力の残滓が漂っていて、時折体が重くなる。それでも、人々は前を向いている。
そして、俺は最初の仕事として、カイゼルに孤児院を作った。
奴隷として囚われていた子どもたちを
街の北側、比較的被害の少なかった建物を選んだ。広い中庭があり、子どもたちが走り回れる。
最初は会話も少なかった。みんな怯えた目をしていて、誰も口を開かなかった。暗い部屋の隅で身を寄せ合い、じっと俺たちを見ていた。
だが、少しずつ話せるようになってきた。リノンが優しく接してくれたおかげだ。彼女は毎日子どもたちに話しかけ、一緒に遊び、安心させてくれた。
中には剣の訓練をする子どもも現れた。木剣を振り回して、元気に動き回っている。
俺は孤児院の中庭で、子どもたちの様子を見守っていた。
――――
その時、ある女の子が森からスライムを連れてきた。
青く透明な体をしたスライムが、ぴょんぴょんと跳ねている。
そのスライムは、女の子に心を許しているようで、楽しそうに跳ね回っている。女の子の周りをくるくると回り、時々彼女の手のひらに乗っている。
「わあ、かわいい!」
女の子が笑う。その笑顔は、本当に幸せそうだ。
すると今度はゴブリンが森から現れた。俺は剣に手をかけようとした。だが──
ゴブリンは女の子とスライムに近づき、一緒に遊び始めた。
「なんだ?あの光景は……魔物と女の子が遊んでいるぞ?」
信じられない光景だった。普通、ゴブリンは人間を襲う。だが、あのゴブリンは女の子に懐いている。まるで飼い犬のように尻尾を振っている。
《答:テイマーの素質大》
ガイアの声が頭に響いた。
「おお!それは凄い!」
テイマー。魔物を従える希少な才能だ。大陸全体でも数えるほどしかいないと聞く。
「将来が楽しみだな。他の子の才能も楽しみだなー」
そんなことを考えていると、リノンがこちらへ向かってくるのが見えた。
栗色の長い髪を風になびかせながら、リノンが近づいてくる。だが、その表情は硬い。いつもの柔らかい笑顔ではない。
「ゼロスさん、大切なお話があります」
声に緊張が滲んでいる。
「どうした?子どもたちのいたずらか?」
俺は笑う。だが、リノンは笑わなかった。
「いえ、もっと深刻な話です」
リノンが俯く。その肩が小刻みに震えている。
「じゃあ部屋に場所を移そう」
俺は静かに黙っているリノンを連れて、孤児院の奥にある小さな部屋へ向かった。廊下を歩く間、リノンは一言も発しなかった。
――――
部屋に入ると、魔力の残滓が他の場所より濃く、体が重くなった。だが気にしている場合ではない。
椅子をリノンに勧めて座らせた。
「で、何があったんだ?」
俺は真剣に目を向けた。リノンの目は、不安と恐怖に満ちている。
リノンが、硬く閉じられた口をゆっくり開く。言葉を探すように、何度か口を開いては閉じた。
「助けた女の子が……さっき、私に話してくれたことなんですが……」
声が震えている。
「どうやら奴隷として働かせていただけではないみたいです」
俺の背筋に冷たいものが走る。
リノンは続けようとしたが、言葉が出てこない。だが、意を決して振り絞った。
「あの子たちは、魔人の細胞を体に移植された……実験体です」
「な……んだと?」
俺は怒りで意識が飛びそうになった。
頭がガンガンする。拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込む。
あんな小さな子どもの体に、魔人細胞を埋め込むなど。体が拒絶反応を起こし、苦しみながら死んでいく。想像するだけで吐き気がする。
「おそらく……実験されていた子どもはもっと多かったはず……」
リノンが涙声で続ける。
そうだ。何十人、何百人という子どもたちが、犠牲になったのかもしれない。今ここにいる10人は、奇跡的に生き残った者たちだ。
「くそ……魔族め……」
怒りが込み上げる。だが、今は冷静にならなければ。この子たちのために。
俺は深呼吸を何度もして、リノンを見た。
「リノン、勇気を出して、教えてくれてありがとう」
リノンの目に涙が浮かんでいる。
「今からみんなに会えないかな?子どもたちの話を、直接聞きたい」
「わかりました!これからみんなを孤児院の食堂に集合させますね!」
リノンは涙を拭って、急いで走っていった。長い髪が揺れている。
――――
「魔人の細胞か……」
俺は考え込んだ。
「まさか、さっきの女の子のテイマーの力は……魔人細胞による副作用なのか?」
それとも、元々持っていた才能が開花したのか。
考え込んでいるうちに、足が自然と孤児院の食堂へ向かっていた。大きなテーブルが並ぶ広い部屋だ。
子どもたちはまだ集まっていないようだ。中庭で遊ぶ声が聞こえる。
とりあえず、テーブルの席に座った。木製の椅子が軋む。
「なあガイア、魔人の細胞を人間に移植したらどうなる?」
《答:90%の確率で死亡 10%の確率で肉体強化》
「ということは、今の子どもたちは、残りの10%だってことだな……」
つまり、あの子たちは奇跡の生存者だ。他の90%の子どもたちは、苦しみながら死んでいった。
怒りが湧いてきた。同時に、不安も襲ってきた。
この先、人間として生きていけるかどうか分からない。魔人の細胞が暴走するかもしれない。体が変異するかもしれない。
「その時は、俺が一生面倒見よう」
俺は固く誓った。この子たちを、絶対に守る。誰にも傷つけさせない。
すると、続々と子どもたちが部屋に入ってきた。
――――
「わー、ゼロス兄ちゃん来てたんだ!」
「僕とも遊んで!」
「お兄ちゃん、かくれんぼしようよ!」
「ゼロス兄ちゃんみたいになりたいから、強くなる方法教えて!」
まるで津波のように一気に押し寄せてくる。みんな元気だ。笑顔が眩しい。こんな風に笑えるようになったのだ。
俺は手を上げて、子どもたちを静かにさせた。
「今日はみんなと大事な話をしに来たんだ。俺にいろいろと教えてもらえるかな?」
子どもたちの表情が少し真剣になる。
「はーい!」
子どもたちは一斉に手を挙げた。元気な声が響く。
俺は優しく笑って、そして真剣な顔になった。深呼吸をする。
「すごく嫌なことを思い出させてしまうと思うけど、よかったら教えて欲しい……」
子どもたちの表情が少し曇る。何人かが身を固くした。
「魔人の細胞を植え付けられたって話は本当かい?」
不安をあおらないように、優しく優しく伝えた。静かな声で、ゆっくりと。
――――
しばらく沈黙が続いた。
そして、1番年上の男の子が口を開いた。黒髪で、しっかりした目つきをしている。名前はレギオンだ。
「本当だよ、僕たちは『適合者』って呼ばれてたよ」
適合者。なんて残酷な呼び方だ。人間を実験動物のように扱っている。
「普通は……死んじゃうみたいなんだけど、僕は平気だった。最初はすごく苦しかったけど、だんだん慣れてきたんだ」
レギオンの声は落ち着いている。だが、その目には恐怖の記憶が残っている。
「何か体に異変はないかな?力が強くなったとか、魔法が使えるようになったとか」
レギオンは、ゼロスの真剣な目を見ると、同じく真剣な目つきで返した。
「身体能力が上がったよ!前は普通の子どもだったけど、今は足も速くなったし、力も強くなった」
そして、少し誇らしげに胸を張って言った。
「実験で、ミノタウロスと戦わされた。最初は絶対に勝てないと思ったけど……もちろん勝ったよ!」
「え?ミノタウロスに、その歳で勝ったの?」
ゼロスは信じられない顔になる。
ミノタウロス。牛頭の魔物で、Dランク冒険者でも苦戦する相手だ。それに10歳の子どもが勝った?
「うん!体が勝手に動いたんだ。気づいたら倒してた」
すると、金髪の女の子が元気よく手を上げた。さっきスライムを連れていた子だ。名前はミゼリアという。
「あ、私は弓が得意になったよ!1キロ先の標的なら狙えるよー」
ミゼリアが笑いながら教えてくれた。その笑顔は無邪気だ。
1キロ先。それは熟練の狙撃手でも難しい距離だ。並の冒険者では到底不可能な芸当だ。
他の子どもたちも、次々と話し始めた。
「僕は魔法が使えるようになった!前は全然使えなかったのに!」
「私は暗闇でも見えるよ!夜でも昼間みたいに見える!」
「僕は怪我がすぐ治る!さっき転んだけど、もう治ったよ!」
みんな、何かしらの特殊能力を得ている。魔人細胞が、人間の限界を超えた力を与えたのだ。
――――
俺は心の中でガイアに語りかけた。
(……ガイア、この子たちを鍛えて、10人の精鋭部隊を作れないかな?)
この子たちには才能がある。その才能を、正しく導きたい。力を持つことは、同時に危険も伴う。だからこそ、正しく使えるように育てなければいけない。
《答:可能》
(じゃあ、ガイアがあの子たちを鍛えてくれないか?俺も手伝うけど、効率的な方法は任せる)
《答:可能》
《方法1:ガイアの知識支援》
《方法2:演算支援で最適解の提示》
《方法3:肉体限界を利用する効率的負荷》
《方法4:睡眠時仮想戦闘》
《開始しますか?》
睡眠時仮想戦闘。夢の中で戦いを学ぶのか。それなら、実際に怪我をすることもない。安全に、効率的に鍛えられる。
「ああ、頼む!あの子たちを強くしてやってくれ。でも無理はさせないでくれ」
《了:目標2年》
2年。長いようで短い。だが、その間に俺も強くなる。この子たちと一緒に。
「ガイアはいい奴だな!」
《答:感謝》
ガイアの声に、わずかだが温かみを感じた気がした。いつもは機械的な声なのに。
子どもたちは笑顔で走り回っていた。
中庭で遊び、笑い、生きている。レギオンが他の子たちと鬼ごっこをしている。ミゼリアがスライムと戯れている。
そんな何でもない幸せを守るために、俺は動き始めた。
この子たちの未来を、絶対に守る。
誰にも奪わせない。
俺は窓の外を見た。青い空が広がっている。白い雲がゆっくりと流れていく。
「母さん、俺は今、たくさんの家族を得たよ」
心の中で、母に語りかけた。
「この子たちを守る。そして、必ず約束を果たす」
俺の決意は、さらに強くなった。この街で、この子たちと共に、俺は前に進む。
世界に選ばれた俺は、全てを統べる覇者となる ゆーえすけー @usk1210
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