第2話 壊滅した街

俺はリノンと共に、やがて小さな街にたどり着いた。


空を見上げると、カラスが何羽も旋回している。

その不吉な鳴き声が響き渡り、街全体にどんよりとした雰囲気が漂っていた。

灰色の雲が重く垂れ込め、まるで死の気配が街を覆っているようだった。


「ゼロスさん……なんだか、嫌な予感がします」


リノンが不安そうに俺の袖を掴んだ。


「ああ、俺もだ。でも行くしかない」


街の入口に近づくと、門番の姿が見えない。

門は半開きになっており、血痕が付着していた。何かあったのは明らかだ。


「慎重に行こう、リノン」


「はい……」


俺は警戒しながら、ゆっくりと街の中へと足を踏み入れた。

そして、目に飛び込んできた光景に、思わず息を呑んだ。


「こ、これは……ほとんど壊滅している」


街の通りには、魔獣に襲われたであろう死体が転がっていた。

家々は破壊され、道には血溜だまりができている。

つい数時間前まで、ここには人々の生活があったはずだ。


「ひどい……こんなの、あんまりです……」


リノンの目には涙が浮かんでいた。


残った魔獣が、まだ街を徘徊している。

体長2メートルはある4足歩行型の魔獣だ。

黒い毛に覆われた筋肉質な体で、鋭い牙を剥き出しにしながら歩き回っていた。


その時、倒壊した建物の影から、かすかな呻き声が聞こえた。


「あ! まだ生存者がいるようだ。魔獣に見つからないように助けてあげよう」


「わかりました!」


考える暇はなかった。止まったら、誰かが死ぬ。


俺はリノンと一緒に、物陰から物陰へと移動しながら、魔獣に見つからないように生存者に近づいていく。

息を殺し、一歩一歩慎重に進んだ。


最初に発見したのは、老人だった。

足を怪我しているようで、顔は苦痛に歪んでいる。


「大丈夫ですか? 今助けますから」


リノンが優しく声をかけると、老人はほっとした表情を浮かべた。


俺は老人の肩を支え、ゆっくりと安全な場所へと運び出した。

次は若い女性、そして幼い子供。

1人1人、魔獣に見つからないように救出していく。


建物の影に、大柄な男性を見つけた。

この男性は両足を負傷しており、とても一人では運べそうにない。


「リノン! ちょっと手伝ってくれないか」


「はい!」


リノンが駆け寄ってきて、2人で男性の体を引きずるようにして運び始めた。

男性の体は重く、俺たちの足取りは遅い。


――――


その時だった。


ガサッ!


背後で何かが動く音がした。

振り返ると、魔獣が1匹、こちらに気づいて迫ってきていた。

地を蹴る音が近づいてくる。


「まずい……!」


《敵モンスター:確認》


《名前:ヴォルガー Lv3》

《弱点:炎》

《推奨:殴打攻撃》


「ヤバい、もうそこまで来ている。殴打攻撃って、殴ればいいのか?」


答えを待つ間もなかった。

ヴォルガーは既に目の前まで迫っている。

その巨大な口が開き、鋭い牙が俺を狙っていた。


「リノン、離れてろ!」


俺はヴォルガーの正面へと飛び出し、思い切り拳を振りかぶった。

全身の力を込めて、ヴォルガーの顔面を殴打した!


ドゴォッ!


鈍い音と共に、俺の拳がヴォルガーの顔に深々と食い込んだ。

ヴォルガーの巨体が宙に浮き、派手に吹っ飛んでいく。

そのまま壁に激突し、動きを止めた。


「やった……!」


だが、喜んでいる暇はなかった。


ドドドドドッ!


今度は複数の足音が響いてきた。

先ほどの騒動を聞きつけた他の魔獣たちが、次々とこちらに向かってくる。


「こりゃ、奴隷時代の荷運びよりキツそうだな……」


俺は覚悟を決めた。

ここで倒さなければ、生存者たちを救うことはできない。


魔獣たちが一斉に襲いかかってきた。


俺は最初の1匹の顎を掴み、地面に叩きつけた。

2匹目が飛びかかってくるのを、横に避けながら腹部に拳を叩き込む。

3匹目は背後から襲ってきたが、振り返りざまに蹴り飛ばした。


奴隷時代に受けた理不尽な暴力、あの時の怒りと屈辱を思い出す。

俺は2度と、誰かに虐げられる側には戻らない。


4匹目、5匹目と次々に殴り倒していく。

拳が痛んだが、構わず振るい続けた。

息が上がり、筋肉が軋む。


最後の1匹が倒れると、辺りは静寂に包まれた。

荒い息を吐きながら、俺は周囲を見渡す。


《敵:討伐完了》

《レベル:15に上昇》

《筋力・暴力・命中率:上昇》


体の奥底から、新しい力が湧き上がってくる感覚があった。

筋肉が強化され、より強くなった気がする。


「ゼロスさん……すごいです!」


リノンが目を輝かせながら駆け寄ってきた。


「まだ生存者がいるかもしれない。急ごう」


「はい!」


魔獣が減ったおかげで、救助活動は格段にはかどった。

リノンが生存者たちに応急処置をしてくれているのも助かる。

彼女は傷口を布で押さえたり、包帯を巻いたりと、懸命に人々を助けていた。


「リノン、ありがとう。君がいてくれて本当に助かるよ」


「いえ……これくらいしかできませんから」


リノンは少し照れたように微笑んだ。

その笑顔を見て、俺は改めて思った。

彼女がいてくれて良かった、と。


――――


俺は街の奥へと進み、まだ助けを待っている人がいないか探し続けた。

そして、ようやく最後の怪我人を安全な場所へと運び終えた。

生存者は全部で11名。

決して多くはないが、それでも命を救えたことに安堵した。


「ふぅ……少し一休みしようかな。さすがに疲れたみたいだ」


俺は倒壊した建物の壁に背中を預け、地面に座り込んだ。

全身の筋肉が悲鳴を上げている。


「ゼロスさん、大丈夫ですか?」


リノンが心配そうに覗き込んできた。


「ああ、ちょっと疲れただけだ。すぐに回復するさ」


そう言って横になった時、目の前の空中に、何かが浮かんでいるのが見えた。

いや、浮かんでいるのではない。空中に立っているのだ。


黒いローブを纏った、人間のような姿。

だが、その背中には禍々しい黒い翼が生えていた。

周囲の空気が、急に冷たくなった。


《敵モンスター:1体確認》


《名前:魔人 Lv10》

《弱点:氷》

《推奨:槍攻撃》


「え? 魔人って……この集団のボスか!」


「ゼロスさん……!」


リノンが俺の後ろに隠れた。

その手が震えているのがわかった。


魔人はゆっくりと地面に降り立った。

その存在感は、今まで戦ってきた魔獣とは比べ物にならない。


「お前か? 我が兵を、ことごとく打ち倒したのは」


魔人の声は低く、怒りで震えていた。

その目には殺意が宿っている。


俺は立ち上がり、リノンを庇うように前に出た。


「お前、馬鹿だな。人間の村は壊滅させるくせに、自分の味方が倒されると怒る。逆にかわいそうだよ」


「うるさい! お前の物差しで測るな! 我が同胞の恨みを思い知れ!」


魔人が咆哮すると、その体から黒いオーラが噴き出した。

周囲の空気がビリビリと震える。


「リノン、下がってろ。これは俺の戦いだ」


「で、でも……」


「大丈夫だ。絶対に勝つから」


その瞬間、俺の右手に重みを感じた。

見ると、光の中から現れた槍が、いつの間にか手に握られていた。

銀色に輝く、長い槍だ。


「お前の方こそ、殺された人間の恨みを知れ!」


俺は槍を構えた。

初めて持つはずなのに、不思議と手に馴染む。

そして、魔人の動きに合わせて狙いを定める。


魔人が動いた。

その右手が、瞬時に巨大な黒い斧へと変化した。

翼を広げ、空中から一気に俺へと迫ってくる。

速い!


俺は咄嗟に間合いを取ろうと後ろに跳んだ。

だが、魔人の速度は予想以上だった。


瞬間!


巨大な斧が、俺の頭部目掛けて振り下ろされた。

避けられない!


《警告:回避不能》

《発動:頭部硬化》


ガコンッ!


鈍い金属音が響いた。

斧の刃が俺の頭に当たったが、頭蓋骨が一瞬、鋼鉄のように硬くなったのを感じた。

衝撃はあったが、何とか耐えられる痛みだ。


「なに……!?」


魔人が驚愕の表情を浮かべた。

そして俺は気づいた。

大きく振りかぶった攻撃の後、魔人の体勢が崩れている。

今なら反撃できる!


呼吸が荒れる。腕が重い。それでも止まれない。


俺は槍を構え直し、魔人の胸を狙って突き出した!

だが、経験不足が祟った。

狙いが僅かにずれ、槍は魔人の胸ではなく、その翼を貫いた。


バシュッ!


黒い血が飛び散り、翼が引き裂かれる。


「ぐぁああっ!」


魔人は苦痛の叫びを上げながら、地面へと墜落した。

翼を失い、飛行能力を奪われたのだ。


「ゼロスさん、頑張って……!」


リノンが後ろで声を上げた。

その声が、俺に勇気を与えてくれる。


「許さん! 許さんぞ、人間風情が!」


魔人は地上に縛られたのだ。

今度は両手を巨大な斧へと変化させ、二刀流で俺に襲いかかってきた!

地を蹴る音が響き、殺気が迫る。


俺は槍を構えて迎え撃とうとした。

その瞬間だった。


《戦闘支援:岩縛り》


魔人の足元の地面が突然隆起し、岩が魔人の両足を掴んだ。


「な、何だと!?」


魔人の足が地面に埋もれ、動きが完全に止まった。

両手の斧を振り回そうとするが、足が動かず、体勢が崩れる。


「ここだ!」


俺は全力で駆け出し、槍を構えた。

今度こそ、魔人の心臓を正確に狙う。

槍を真っ直ぐ突き出した。


槍は魔人の胸を貫いた。


ズブリ!


槍が深々と心臓に突き刺さり、魔人の体内を貫通した。


「ば、バカな……こんな……人間ごときに……」


魔人は信じられないという顔をしていた。

その体が徐々に崩れ始め、灰へと変わっていく。

黒い灰が風に舞い、空へと消えていった。


俺は荒い息を吐きながら、その光景を眺めていた。

槍を握る手が震えている。


「ゼロスさん!」


リノンが駆け寄ってきて、俺の腕を掴んだ。


「やりましたね……!」


「ああ……なんとかな」


俺は槍を地面に突き立て、深呼吸をした。

初めて、人型の存在を殺した。

その重さを、俺は今、実感していた。


「リノン、ありがとう。君がいてくれたから、頑張れたよ」


「わたしは……何もしてません」


「そんなことない。君がいてくれるだけで、俺は強くなれる」


リノンは顔を赤らめて、俯いた。


戦いは終わった。


みんなを助け終えた瞬間、張り詰めていたものが、ようやく切れた。


――――


その後、俺たちは街の人たちに歓迎された。


「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


「あなた方がいなければ、私たちは全滅していました……」


生存者たちは涙を流しながら、俺とリノンに感謝の言葉を述べた。

街に残っていた食材を使って、料理人が料理を作ってくれた。

温かいスープ、焼きたてのパン、煮込んだ肉。


俺は、これほどまでの純粋な人の温もりに、12年ぶりに触れた。

奴隷として過ごした日々には、こんな温かさはなかった。


「おいしい……」


リノンが涙を流しながら、スープをすすっていた。

彼女も同じ気持ちなのだろう。


「ああ……本当においしいな」


俺も、温かい料理を噛みしめながら、心の底から思った。


「リノン、これから先も、一緒に頑張ろうな」


「はい……わたし、ゼロスさんについていきます」


リノンは涙を拭いながら、笑顔で答えた。

生きていて良かった。母さん、俺は約束を守っているよ。


夜になり、俺は街の外れに立っていた。

星空を見上げる。星が無数に輝いている。


そして、世界ガイアが俺に課した任務。世界崩壊の抑止。

その意味を、俺はまだ完全には理解していない。


「ガイア……お前は一体、俺に何を期待しているんだ?」


俺は夜空に問いかけた。

だが、答えは返ってこない。

ただ、冷たい夜風が、静かに俺の頬を撫でていくだけだった。


だが、この戦いは、まだ終わっていなかった。

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