世界に選ばれた俺は、全てを統べる覇者となる

ゆーえすけー

第1話 世界との接続

俺は、奴隷だった。


名前も年齢も忘れた。今は何もない。あるのは首に食い込む鎖と、殴られる理由だけだ。


理由なんて、いつも後付けに過ぎなかった。荷の積み方が悪い、歩き方が遅い、目つきが悪い。何をしても、何もしなくても、暴力は容赦なく降り注いだ。


今日も重い荷を背負わされ、地面だけを見つめて歩いていた。空を見上げる余裕なんてない。見上げれば、ムチが飛んでくる。だから俺は、ただひたすらに足元の土と石ころだけを見つめていた。


食事は1日1食。薄く濁ったスープと、泥のような色をした小さなパンがひと切れ。それだけが、明日への命を繋ぐ糧だった。


「普通のパンが……食べたい」


毎日が生き残りをかけた戦いだった。体は悲鳴を上げ、心は何度も折れそうになった。それでも、俺は歯を食いしばって耐え続けた。


「絶対に……生き残る」


その気持ちだけは絶対に忘れずに、毎日を過ごした。

そう、それが母さんとの約束だからだ。


母さんは、俺を魔族から守って命を落とした。あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。炎に包まれた街、逃げ惑う人々の悲鳴、そして俺を抱きしめる母さんの必死な姿。


魔族の刃が母さんの背中を貫いた瞬間、母さんは血を吐きながらも、俺を離さなかった。


体温がゆっくりとなくなっていくのを感じながら、俺は母さんの最期の言葉を聞いた。


「絶対に強くなって……幸せに……生きるんだよ」


そして、母さんは動かなくなった。


俺はただ、母さんの胸の中で泣くことしかできなかった。声を押し殺して、ただ涙だけを流し続けた。魔族に見つかれば、母さんの犠牲が無駄になる。


だから俺は、歯を食いしばって声を殺した。


そして魔族から必死で逃げ回り、森の中で力尽きて倒れているところを奴隷商に拾われた。


そこからはまさに地獄だった。足の皮が剥がれようが、骨が折れようが、誰も気にしなかった。働けなくなれば、捨てられるだけだ。


毎日毎日、容赦なく働かされた。早朝から深夜まで、休みなどなかった。眠る時間すらほとんど与えられず、倒れそうになりながらも働き続けた。


精神が少しずつ削がれていき、やがて感情というものすら失っていった。名前も、年齢も、故郷の景色も、すべての記憶が霧の中に消えていった。


ただ働くことだけが、俺という存在の全てになっていた。


「母さん……約束、守れなくて……ごめんね」


どんどん俺の中の正気が失われているのがわかる。体は氷のように冷え切り、心も体も限界をとっくに超えていた。もう何のために生きているのかすら、わからなくなっていた。


「……母さん」


その時だった。突然、頭の中に声が響いてきた。機械的で、冷たく、それでいて明確な声。


《生命力:極大》


《筋力:潜在能力大》


《肉体耐久値:基準以上》


《外部汚染:ゼロ》


「え?何だ?頭の中で何かが喋っている……」


俺は混乱した。幻聴だろうか。それとも、ついに気が狂ったのか。


《精神崩壊:未発生》


《精神汚染値:高》


《負の感情自己増殖:未確認》


《負の感情内包率:極大》


「ダメだ、意味がわからない。何かが俺を観察しているのか?」


俺は周りをキョロキョロと見回した。だが、誰もいない。いつもの寝床だ。冷たい風が吹き抜けるだけの、何もない場所。


《疲労蓄積耐性:高》


《自然回復力:高》


《環境適応率:高》


「待てよ……言っていることには、きっと意味があるはずだ。落ち着いて考えろ」


俺は必死で頭を働かせた。生命力、筋力、耐久値。これは、俺の体の状態を分析しているのか?


《筋出力効率:高》


《無駄動作:低》


《痛覚耐性:基準以上》


「いつまで続くんだよ……」


《世界接続適性:最高》


《接続対象:確定》


《接続開始:安定維持》


《接続終了:リンク完了》


《任務:世界崩壊抑止開始》


やっと、頭に響いていた声が止まった。静寂が戻ってきた。だが、今までとは何かが違う。体の中で、何かが変わった気がした。


「何だったんだよ、一体……焦るじゃないか」


氷点下の寒さの中、俺は藁を敷いただけの寝床で、体を丸くしながら眠りについた。


――――


朝、目を覚ますと、すぐに自分の体の異変に気がついた。


《答:肉体再構築成功》


「今日は……何だか、力がみなぎっている。こんな日、今までに1度もなかったのに」


体が軽い。疲労がまるで嘘のように消えている。12年間、1度も感じたことのない感覚だった。


ムチを打たれ、いつものように荷を運ぶよう急かされる。監視役の男が、いつもの冷たい目で俺を見下している。


だがおかしい。荷が軽すぎるのだ。まるで、小指で持てるような軽さだ。


「軽い!何が起きたのか知らないけど、力が……強くなっている!」


俺は決意した。

もう、ここで終わりにしよう。母さんとの約束を果たすために、ここから脱出するんだ。


俺は荷を監視している男に、思いっきり投げつけた。


荷は凄まじい勢いで空を切り裂き、男に直撃した。次の瞬間、その衝撃で荷の中身が爆発し、男は吹き飛ばされた。


騒ぎを聞きつけて、主人が降りてきた。顔を真っ赤にして、猛烈に怒っている。


そして主人は、俺をムチで打ってきた。今まで何百回、何千回と受けてきたムチ。


だが、痛くない。まるで風に撫でられているようだ。ムチが肌に触れる感覚はあるが、痛みがまったくない。


俺は首についている鎖を両手で掴むと、力を込めた。金属の鎖が、まるで紙のようにブチリと音を立てて千切れた。


そして、ゆっくりと主人の元へと歩いていった。主人は相変わらず高圧的な態度で、ムチを振りながら、何か怒鳴っている。だが、もう何も聞こえなかった。


「今まで……たっぷりと可愛がってくれたな」


主人の顔が恐怖に変わっていく。


俺はそう言うと、主人の顔面を全力でぶん殴った。


鈍い音が響き、主人の体が宙を舞った。そのまま壁に激突し、崩れ落ちた。


「よし!」


俺はもう1人、ここに囚われている奴隷を解放することにした。俺より少し下くらいの年齢に見える女の子だった。痩せ細った体に、怯えた目をしている。


だが、俺たちの逃走は長くは続かなかった。追っ手が追いついてきた。そして、奴らはミノタウロスを連れてきていた。


見上げるような3メートルの巨体が、一歩踏み出すたびに地面を揺らす。丸太のような腕に握られた斧が、鈍い銀光を放っていた。


手には人の背丈ほどもある巨大な斧を握っている。その赤い目が、俺たちを捉えた。


「君!下がって!森の中に隠れるんだ!」


「は、はい!」


女の子が後方に走り、森の中に紛れていった。


俺は1人、ミノタウロスと対峙した。どうすれば、このピンチを切り抜けられる?俺は必死で考えた。だが、どう考えても答えにたどり着かない。力は強くなった。だが、相手は魔物だ。戦い方なんて知らない。


その時、また頭の中に声が響いた。


《敵モンスター:確認》


《名前:ミノタウロスLv5》

《弱点:脚》

《推奨:スピードを活かす》


言い終わると、また声は途切れた。


「脚が弱点……スピードで翻弄しろってことか!」


俺は言われた通り、左右に素早く動きながらミノタウロスを牽制する。だが、そんなものに惑わされるはずがない。ミノタウロスは大きな斧を振りかぶり、俺に向かって叩きつけてきた!


《大気密度変更:風圧減速開始》


すると、重いはずの斧が、まるで水中にあるかのようにゆっくりと動いて見えた。時間の流れが変わったような感覚だ。


《最適解:右100cm移動。即胸部投石》


俺はすかさず脇に落ちている石を拾い、右に100センチ移動し、ミノタウロスの胸に向かって投げた!


石は最初こそゆっくり飛んでいたが、次第に空気を切り裂く轟音を上げ、流星のような速度で一直線にミノタウロスに向かっていった。そして、その胸を完全に貫通すると、後方にあった小さな丘が爆発した。土煙が上がり、木々が倒れる。


ミノタウロスが、ゆっくりと顔から地面に倒れ込んだ。地響きがして、辺りに静寂が戻った。


《敵:討伐完了》


《レベル:10に上昇》

《筋力・投石・命中率:上昇》


声が聞こえるたびに、体に奇妙な違和感を覚える。まるで体の中に何かが流れ込んでくるような感覚だ。


「何だか体がおかしい気がする。声も聞こえるし……一体、お前は誰なんだ?」


俺は誰に向けるわけでもなく、空に向かって叫んだ。


《名前:世界(ガイア)》


《接続先:世界》


「ガイア?俺と世界が接続された?そんなの有り得ないよ、でも、それが本当なら、体力が上がった理由も、力が強くなった理由も……説明がつく」


そして、その瞬間だった。失っていた記憶が、堰を切ったように戻ってきた。


自分の事、炎に包まれる街。死体の山。血の海。魔族の残虐な笑い声。母さんの温かい手。そして、あの日の約束。すべてを思い出した。


「俺の名前は……ゼロス・グランゼル。18歳の男だ」


《個体名:ゼロス・グランゼル 18歳 男 確認》


《目的:世界崩壊抑止》


世界崩壊の抑止。それが、この力を与えられた理由なのか。母さんとの約束を果たすだけでなく、世界そのものを救えと言うのか。


「わかった、ガイア。お前の力を借りる。そして、俺は必ず生き延びて、強くなって、幸せになる。母さんとの約束を果たすためにも、世界を救うためにも!」


俺は森に隠れている女の子を迎えに行った。


「君、大丈夫?怪我はない?」


女の子はまだブルブルと震えている。恐怖で言葉も出ないようだ。


「あ、はい……何とか大丈夫です。助けてくれて、本当にありがとうございます」


「お礼なんていらないよ。奴隷なんて、この世からなくなればいいのにな」


俺はそう言いながら、女の子の首に巻かれた鎖を外してあげた。鎖が外れた瞬間、女の子の目に涙が浮かんだ。


「俺はゼロス。12年間奴隷をやっていたよ。君は?」


「わ、わたしは……リノン。リノン・ルフレです」


「リノン、とりあえずどこかの街を探そうと思う。一緒に来るか?」


「お願いします……一緒に、連れて行ってください」


リノンの声には、切実な響きがあった。


俺はリノンと握手をし、共に旅立つことを約束した。夕日が2人を照らし、長い影が地面に伸びている。


母との約束を果たすために。そして、この世界を救うために。


「俺は、絶対に諦めない」


吹き抜ける風が、ゼロスの声を世界の隅々まで届けるかのように、遠い街の空へと消えていった。


――これが、世界ガイアに選ばれた男、ゼロス・グランゼルの長い旅路の始まりだった。

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