第3話 取り調べ連行
第3章 取り調べ連行
デパートの事務室に連れて行かれた。
中に入ると、ネクタイをした偉いおじさんが二人いた。
今思えば、偉いというより保安係の担当社員だったのだろう。しかしそのころはこどもだから、デパートの店長さんだと思った。デパートなのだから、万引きも多かったに違いない。小学校三年生が常習犯ではないことくらい、わかりそうなものだ。だから、そんなに強くは言われないだろう――その時は、そう思っていた。
もちろん、当時の私はそんな想像はできなかった。
しかし……この大人たちの口から出てくる言葉に、優しさはひとつもなかった。とげとげしい、職務質問だった。
生まれて初めての経験だった。
初めて会った大人に、いきなり怒鳴られる。
当然、こどものわたしたちは萎縮した。
何度も言うが、私たちはまだ九歳、小学校三年生だ。
まず、持ち物検査が始まった。
「リュックの中身を出して!」
命令されるまま、それぞれがかばんの中身を広げる。
入っていたのは、お弁当と水筒、それから冒険手帳だけだった。四人が仲間である証のように、同じ手帳を持っていた。
「この手帳は、なんですか?」
そう聞かれたら、私は「少年探偵団のあかしです」と答えていたかもしれない。
だが、おじさんたちはまったく興味がないという様子で、形式的に中を確認しただけだった。
それと、私がよく覚えているのが水筒だ。
酒好きの父親がワンカップを好んでいて、その空き容器がちょうど水筒になる。そこにお茶を入れて持ち歩いていた。
今思えば、子どもがお酒の容器でお茶を飲んでいるのだから、なかなか笑える光景だ。小学生だから笑えるのであって、中学生なら笑えない。
鞄をあらためたのは、万引きをしていないかの確認だったのだろう。そんなことはわからないから、私はびくびくしていた。酒の空き容器を水筒にしていることを、咎められるのではないかと思ったのだ。
とはいえ、酒の容器を再利用するという発想は、捨てるのがもったいないと考える母ならではのものだった。私にとっても、父の飲んでいる酒の容器でお茶を飲むのは、どこかかっこよかった。父のしぐさを真似して、ちびちびとうまそうにお茶を飲んだりもした。
「これ? なんですか?」
「お茶です」
「へえ……お酒の容器に入れているの?」
中身を確認されることはなかった。
それどころか、鬼のように見えたおじさんの顔が、一瞬だけゆるんだ。
一番あやしい物を見つけて、笑顔になる。
皮肉な話だが、要するにどう考えても、悪いことをするような子どもには見えなかったということだ。
持ち物検査は、あくまで形式的なものだった。
いよいよ本題に入ると、おじさんの顔は再び恐ろしいものに変わった。
一人ひとり、これまでのことを話させられた。
最初は私だった。
一週間前にここへ来たこと。
いつのまにか、お金が増えていたこと。
最初は故意ではなかったこと。偶然起きた間違いだったこと。
十円を入れたら、十円玉が十枚出てきたように思えたこと。
おかしいと思ってもう一度試したら、本当にお金が出てきたこと。
そして今日、友達に見せるために二回やったこと。
十円玉一枚と十円玉十枚の両替は、四回。
私は包み隠さず、正直に話した。
N君も、一度だけ真似をして十円玉を入れたことを話した。
S兄弟は、十円を入れたが、十円がそのまま戻ってきたことを話した。
それを聞いた大人が叫んだ。
「それじゃあ、君たちも同じだ!」
一人の大人が声を荒げた。
失敗は結果にすぎない。悪いことをしようとしたのだから同じだ、という理屈だった。
今まで少し余裕を見せていたS兄弟の顔も、突然の怒鳴り声で悲しげに変わった。
結局、四人全員が同じように怒られた。
それから、名前、住所、電話番号、親の職業まで聞かれた。
親の職業まで聞かれたことを覚えているのは、そのとき初めて、N君やS兄弟のお父さんの仕事を知ったからだ。
今思えば、そうしたことをすらすら答えられたというのは、四人ともきちんと親にしつけられていた証拠だと思う。
それから、どれくらい経っただろう。
一時間ほどだったかもしれない。
とにかく、延々と怒られ続けた。
「おまえたちは犯罪者だ」
「これから少年院に入ってもらう」
「警察にはもう連絡しているから……」
本当に、そんな話をしはじめた。
そんなに大げさなことなのか。
悪いことをしたのはわかる。
だが、それが親から引き離され、少年院に入れられるほどのことだとは思えなかった。
だから私は、話の腰を折って口を挟んだ。
「つまり……今度やったら、少年院に入らなければいけないってことですよね」
すると、その人は怒ったように言った。
「何を言ってるんだ! これからすぐ入ってもらうんだ!」
小学校三年生の私たちに、大人はそう言った。
私が不服そうな顔をしていたのだろう。
ますます声を荒げる。
「君たちは、自分が何をしたかわかっているのか!」
その瞬間、みんな泣き出した。
「ウォン、ウォン、ウォン……」
一人が泣けば、つられて全員が声を上げて泣いた。
当然だ。小学校三年生なのだから、泣かないわけがない。
「お前たちは悪いことをした。だから少年院に入れる」
そう言われたのだから、まじめに育てられた子どもなら、泣くに決まっている。
だが――
私の目からは、涙が出なかった。
なぜなら、こども心に、こう叫んでいたからだ。
――悪いのは、ぼくだ。
――みんなは、ぼくが誘ったからついてきただけだ。
――三人は悪くない。
――少年院は、ぼくだけ入ればいいじゃないか。
僕たちは少年探偵団だ。
リーダーの僕だけを罰すればいい。
かっこいいせりふだ。
本当に、そのときはそう思っていた。
それに私は、自分なりに状況を整理していた。
大人がうそを言うわけがない。
少年院には入る。
親元を離れ、刑務所のような場所で暮らす。
学校の友達とも別れる。
みんなは、僕たちのことを何と言うだろう。
先生は、クラスのみんなに何と説明するのだろう。
悪いことをしたのだから、しかたがない。
でも、僕は少年探偵団のリーダーだ。
なんとか仲間を助けなければならない。
そう思っていたのだが、自分の気持ちをうまく大人に伝えることはできなかった。
「本当に、刑務所に入るんですか?」
念を押すように、もう一度聞いた。
涙をこぼさず、冷静に確認している私を、大人たちは快く思わなかったのだろう。
「あたりまえだ!」
また、強い口調で怒鳴られた。
おそらくあのとき、大人たちはこう感じていたのだと思う。
主犯の私だけが、反省の色もなく冷静でいるように見えた。それが許せなかったのだ。
反省していなかったわけではない。
友達のために、取り乱すことができなかっただけだ。
今思うと、もしあのとき私が「ウォー!」と大泣きしていたら、こんなに怒られなかったのかもしれない。
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