第2話 ようこそ、アークロックへ!

「出たな、アークリオン」


 オレの名前は空錠鍵斗くうじょうけんと。『鍵使いキーユーザー』だ。


 鍵使いってなんだって声が聞こえるが、今は無視!


 そんなこと考えている場合ではないからだ。


「……くっ!」


 オレは懐から黒い鍵を取り出し、地面にす。そしてそれを回した。


 これは、現実を分つ、虚空の鍵。


 ガチンという音と共に、暗い波動が飛ぶ。


 これは、世界が分断された合図。


 先ほどまで微かに聞こえていたモールで楽しむ人の声が完全に消え、聞こえていた鳥の声も消える。人気のなくなったこの場所で、オレは全力でこう言った。


「さーて! 逃げるっ!」


 陽向灯里ひなたあかりさんは、アークリオンになった。


 アークリオン——それは、人の心に眠る使『アーク』に飲み込まれた人間のこと。


 刹那、桜の花びらが——


「危ないっ!」


 球体を描くように舞い、周囲を切り裂いた。その影響で建物の支柱が壊され、モールが崩れる。


 しかし問題はない。あの黒い鍵の効果により、ここはすでに現実世界ではないからだ。


 だから、ここでは気にせず戦える。だが、今その空に異変が走る。


「……うっそ! まじか!?」


 黒い空に、ヒビが入った。


 オレは顔を歪ませながらこう言う。


「割れるぞ、これ……!」


 この世界にも限界はあり、許容限界を超えると壊れて現実世界に戻ってしまう。被害を抑えるためにも、それだけは防がなければならない。


 とにかく、今は陽向さんをアークと分離しなければ。


 アークに乗っ取られた人を救う方法は一つ。白い鍵を挿してアークリオンと人を分離すること。


「うおおおおおおおお!」


 オレは白い鍵をポケットに入れて、愛剣キーハートを握りしめて、陽向灯里さんに近づく。桜の根っこが飛んできたので、それを斬ろうと剣を振った。


「え……?」


 しかし、パキッと刃が折れてしまう。


「お、折れたー!? うっそ! ヤバいヤバい!」


 オレはきびすを返すように、全速力で逃げる。


 オレの剣、キーハートの刃はまるでカッターの刃のようになっている。折れても時間経過で伸びるのだ。


 だけど折れやすいわけじゃない。なのに折れた。どれだけ硬いんだ、あの根っこ。


「……くそ」


 オレは逃げながらバッグを漁るが、鍵のストックが無かった。こんな時なのに、前の戦闘で鍵を使い過ぎたんだ。


「武器はない。オレには彼女のような特殊能力は無い。……詰みか? いや! まだある!」


 暴走といっても、元は人。言葉が通じる可能性はあるのだ。


陽向ひなたさん! オレだよ! わかる? 空錠鍵斗くうじょうけんとだよ! ほら、同じクラスでさ! 二年生になったばかりの遠足は楽しかったよね!……特に話さなかったけど。あ、それと体育祭も楽しかったよね!……一年生の頃はクラスが違ってて話したこともなかったけど。そうだ! 文化祭も面白かったよね!……あ、オレ、任務でろくに回らなかったんだった」


「……」


「……」


 アークリオンは動きを止める。今がチャンスかと思った刹那、彼女は叫び始めた。そして攻撃が激しくなる。


「ヤバいヤバい! ごめんよ! ろくに接点がなかったッ!」


 オレは更に必死で逃げる。


 鍵の力で身体能力は上がっているが、それでもコンクリートの壁を安易に切り裂く花びらに追いつかれそうだ。


 これが彼女のアークリオンの力。


 並のアークリオンを遥かに凌ぐ強さだ。


「……くそ! 本当に、どうやって止めよう」


 オレは息を詰め、空を見上げた。ヒビは依然として広がっている。


 あのレベルのアークリオンが外に出たら被害は想像を遥かに超えるだろう。


 アークの力が世間に出るのだけは避けなければならないのに。


「クソ……!」


 オレはポケットから白い鍵を取り出して一瞥した。


 この白の鍵さえ彼女に挿せれば何とかなるのに。


 何か、何かないか? 彼女の動きを止められる、何か……!


「……!」


 刹那、過ぎる唯一の接点。


 オレは、一か八か、足を止めて彼女を見た。


 アークリオンは、根っこを足場にしながらこちらに進んできている。


 そんな彼女に、オレはこう言う。


 初めての出会いを思い出しながら。


「ねえ、陽向さん。覚えてる? あの時のこと」


 オレは剣を落として、優しく微笑んでこう言った。


「僕の名前は空錠鍵斗くうじょうけんと。好きな食べ物はお寿司、よろしく」


「……!」


 止まった、動きが。



 オレは一歩で距離を潰した。迷ってる暇はなかった。


 近づき、彼女の心臓の辺りに白い鍵を挿す。それはまるで肉体を通り抜けるかのように、簡単に挿さった。そして回すことで、アークは分離する。


 アークと人が分離することで、残るはアークの塊である第二形態のアークリオンだけが残る。


「あとは倒すだけ!……って、え?」


 本来なら、分離したアークリオンは宿主を失い、パニックで暴れる。


 なのに今回は——溶けるように死んだ。


「……なんだ?」


 訳がわからなかったが、オレはとりあえず、陽向さんの胸に挿さっている鍵を抜いた。


 これで、アークは閉じられた。


 アークとは、本来解放されてはいけない人の願いの力。放置すれば暴走し、身を滅ぼす。だから何が言いたいのかというと……


 とにかく、これで彼女は助かったというわけだ。


 ■□■□■


 こんにちは。私は陽向灯里ひなたあかり。突然ですが、知らない天井を見ています。


「……ん? 起きたか?」


「……ちょわー!?」


 私は驚きのあまり変な声を出してしまう。寝転んでいた私の視界にニュッと入ってきたのは、ボブの髪が美しいべっぴんさんだった。


 サッと体を起こして、その人を見る。


 白衣を着ており、どこかくたびれた様子。髪は艶があり、きめ細かくサラサラで美しい。背は高く、耳にはリングのピアスがあった。そんな彼女を私は見上げる。


 その際、ふかふかな場所にいることに気づいた。


 どうやら私はソファーで寝ていたようだ。


「何が……」


 記憶が曖昧だが、必死に思い出した結果、鍵斗けんとくんに助けられたことを思い出す。


「……鍵斗くん。鍵斗くんは無事ですか!?」


 私は焦ってそうく。彼女はドアを指差した。私は必死にそこへ向かう。


 だが上手く足が動かず、千鳥足のようになってしまう。だがドアノブを掴むことができて、ドアを開けることができた。


 私を助けてくれた鍵斗くん。


 私は人に迷惑をかけたくない性分だ。だから、彼が死んでたら嫌だった。傷ついてほしくなかった。


 だから湯気に囲まれた彼の綺麗な体を見て安心したんだ。


「きゃ、きゃー!」


「言い忘れたがそこ更衣室な」


 私は美人なお姉さんの更衣室という声を聞きながら、鍵斗くんのきゃー! っという悲鳴を聞いて、力尽きた。


「……? 陽向さん? 陽向さんが気絶したあああああ!?」


「お前が裸を見せるからだろ」


 美人なお姉さんは紅茶を優雅に飲みながら、湯気に包まれる鍵斗を見つめる。


 鍵斗くんは「うう。勝手に入ってきたのはそっちなのに」と泣いていた。


 最後に見たのは、そんな景色だった。


 それからしばらくして……。


「……知らないこともない天井だ」


「さっき見たからね」


 私は再び目を覚ました。よく覚えてないが、確か鍵斗くんの裸を見て、ああそうだ、怪我がなくてよかったって思ったんだ。


 私は彼をじっと見つめる。


 鍵斗くんは頬を赤らめていた。


 私は何の気もなしに起き上がる。


 そして美人なお姉さんを見た。


 まだ頭が動いていないようだ。


 彼女は「あそこは風呂でな。着替えていたのを知らなかったんだ」と言う。


 続く茫然。私は自分の両手を見つめていた。


 遠くで「いや絶対知ってて開けさせたでしょ。今の時代、男だってセクハラで訴えるんですからね?」と言う声が聞こえる。


「……いったい何が?」


 私がそう呟くと、美人なお姉さんがおでこに触れてきた。


「熱はない。顔色も悪くない。お前の杞憂だったな」


 私は推測して、鍵斗くんに「心配してくれたの?」と訊いた。


 彼は照れながら「ま、まあ」と言う。それが可愛くて、ふふふと笑ったんだ。


 笑うと思考がクリアになる。


 落ち着いた私は改めてここの場所を見た。


 知らない部屋であるが、どこか小綺麗で、至る所に鍵が置かれてある。よく見ると武器のようなものもあって、少し怖かった。


 私は知り合いの鍵斗くんを見つめる。彼は微笑んでこう伝えてくれた。


「ここは僕たちの基地だよ。アークリオンになった人を助けてるの」


「……アークリオン?」


「超能力に目覚めて暴走した人のことだよ。陽向さんもそうだったんだ」


 私はそう言われて、少しずつ記憶を取り戻した。


「……曖昧だけど、確かに桜の記憶が」


「まあ信じるのは難しいかもしれない。でも君にはこれから仲間になってもらわなきゃならないから、少しずつ覚えていってね」


「わかった。仲間になるから覚えるのね」


 私はウンウンと曖昧に頷いた後、勢いよくこう続けた。


「……って! 仲間!?」


「うん! ようこそ、我らアークロックへ」


「え、ええええええええ!?」


 理解が追いつかないけど、つまりまったく、どういうこと!?


 よくわからないけど、日常が壊れる音だけはした。

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