第2話 死に場所を探しに行こう!

 身を隠しながら森を歩むこと数時間。

 辿り着いたのは小規模で牧歌的な町メルルへだった。


 装備も道具もない中、魔物が徘徊する森を移動するのは正気の沙汰じゃなかったが、運よく戻れて胸を撫で下ろす。


「なんかどうでも良くなっちゃったな……」


 火乃宮率いる召喚英雄パーティーは森を抜けて、岩窟の街バレルロックを目指しているので、この町に戻ってくることもないだろう。


 世界の魔物を支配する七龍の一匹がバレルロック方面にいるとは聞いたが、彼らが討伐できるかどうか……。


「心配ではあるが、彼らの意志だ。

 今は自分のことを考えよう」


 ここから他の街に向かうにも、危険が潜んでいるので装備が必要だ。

 装備を買うには紙幣――ルイズ――が必要だ。


「そしてルイズを集めるにも、魔物を倒すために装備が必要だ……」


 召喚英雄としてこの地に降り立ったとき、現代人は【王冠の加護】を受け、固有スキルツリーに覚醒する。


 俺たちの旅は始まったばかりだった。

 だからレベル上げも満足にせず、まだ異世界の基本情報を収集している最中。


 スキルもどれを取得して良いか悩んでいたので、お互いのスキルツリーは知らないままでいた。

 

 今思い返せば、お互いの信頼関係の問題もあって、詳細なスキルは教え合わなかったのかもしれない。


「……こいつを使うか?」


 左手の猛毒薬がちゃぷんと音を立てた。

 現代で死ぬ気だったのが、少し遅くなっただけだ。


 どうせ誰も俺のことなんか気にも留めていない。

 魔物が闊歩する異世界なら、道端に死体が増えても驚く者は少ないだろう。


「最後は、せめて綺麗なところが良いな」


 町外れの墓場を抜けると小高い丘に、花畑が咲いていた。

 赤やオレンジの小さな花が春風に揺れている。


 花畑の先、丘の先端に人影があった。

 黒と白をベースとしたエプロンドレスはメイドの服装だ。


「……目の前で死ぬのもな」


 後ろ姿しか見えないが、歳は十代後半だろうか。

 肩で綺麗に切り揃えられた黒髪は生真面目な印象を与える。


「ん――?」


 彼女は下を見るでも、遠くを見るでもなく、空を見上げていた。

 丘から景色でも眺めているのかと思ったが、高い場所から空を見上げる姿に、感じるものがある。


「あれは……」


 飛び降りしようとした。

 現代にいた僕のように。


「待って……!」


 俺に気が付いていないのか、メイドさんは両手をそっと広げる。

 十字架が谷底へ落下するように見えた。


「おいっ――!!!」


 右腕を即座に振って、取得済みのスキルを発動する。


 ――小型ドローン。


 プロペラ付きの小型機械が、青い半透明の魔力で構築されて飛び出した。

 この異世界に本来存在しないを召喚すると、魔力によって形作られるらしい。


 フィィィンと風切り音が放たれ、一直線にメイドさんの眼前へ飛び出す。


「……な、なに?」


 身体は既に落ちかけている。

 ドローンに意識を取られたことで、少しばかり身体を持ち直した。


 隙を狙って手を掴む。

 白くて小さい、冷たい手だ。


「……間に合った」

「……離して」


 俺を見つめる目に力はなく、声に感情もない。


「ごめん、離す気はないよ」


 俺は彼女の手を引いて、崖から離れていく。

 ドローンは役目を終えると空気に溶けた。


「……死にたい」


「ダメだ、見過ごせない」


 死に場所を求めて花畑に来た俺が言えた立場でもないのだが。


「生きてても意味ない。

 苦しんで生きるなら、死んだ方がマシ」


「家族は?」


「知らない」


「友達は?」


「――私だけがそう思ってただけ」


「帰るところは?」


「――追い出された」


 腕を掴んだまま、彼女を見つめる。

 抵抗する気もないらしい。


 ここで殺されても良いと思っているのだろう。

 この子は俺と同じだ。


「……生きたいと思えることはないのかい?」


「ない」


 メイドさんは即答した。

 彼女は気力ない瞳を地面に向けると、ついさっき俺が投げ出した猛毒薬に気付いたようだ。


「……おじさんも同じ?」


 人生を手放そうとした者同士。

 察しがついたのだろう。


「僕が言えた義理じゃないけど、君はまだ若い。

 今、死んでしまったら――可能性すらなくなってしまう」


 四十過ぎたオッサンには何の可能性もない。

 現代にも異世界にもないのだから、死んだ先にも何もないだろう。


「あれを飲んだら死ねるの?」


「死ねるよ。

 手に負えない魔物用に一つ持ってたからね」


「苦しいだろうね」


「ああ、苦しいだろう」


「……オジサン、他には?」


 命を絶つ手段ってことか。

 嫌な問いだ。


「思い返せば飛び降りも痛いと思う。

 首吊りはさらに悲惨だ。

 他の手段も知らないわけじゃないが……話してみると、どれも辛そうだよ」


「……そうだね」


 お互い死のうとしていたのに、死に方を話していたら、胸の苦しさが和らいだ気がした。


「私はメィア、おじさんは?」


「モズ――百舌鳥もず想一郎そういちろうだよ」


「モズソウイチロウ……珍しい名前」


 メィアのか細い腕が、僕の手からするりと抜ける。

 地面に落ちた猛毒薬を拾って、俺に差し出してくれた。


「私たちは、死にたがり」


 抑揚の少ない声で、色のない瞳が俺を見上げる。


「少なくとも、生きたがりではないね」


 メィアの顔に生気はなく、青白い。

 病的に白い素肌と覇気のない表情が、枯れ行く花のような美しさを放っている。


「おじさんは、ここで死ねそう?」


「無理そうだ。

 できれば綺麗なところで、痛みも感じず一瞬で死ねるところが良い」


 飛び降りはもうゴメンだな。

 一度、失敗すると同じように飛ぶ勇気が無くなる。


「私も無理かも」


「そうか」


 お互い死にたがりなのに、なんだこの贅沢な会話は。

 メィアは表情を変えずに唇に指を当て、一瞬考えてから、ワザとらしく手を打った。


「……ソウイチロウ、お願いがある」


「なんだい?」


「私と死に場所を探してみない?」




【あとがき】=============

 カクヨムコンテスト11の公募作品(~2026年2月2日(月)午前11:59迄)です。


 もし「好きな方向性!」「気になるかも!」という方は、【★で称える】【+フォロー】でサポートいただけると、とっても嬉しいです!

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