婚約破棄を破棄したら、さらに破棄されたんですが?!

久遠れん

婚約破棄を破棄したら、さらに破棄されたんですが?!

 甘くて優しげな面立ち、ちょっと頭は弱いけれど、そこは私が補えばいいと思っている。

 端的に言うなら、私は彼にメロメロだった。


 だから、今までも多少「うん?」と思うことがあっても見ないふりをしてきた。

 だけど、だからってこれはあんまりでは?


「アナマリア・ファエッシュ! お前との婚約を破棄する!!」


 夜会の会場で人目をはばからず大声でそんなことをのたまうのは、私の婚約者の子爵令息グレゴリー・ゲンズブール様。


 私は伯爵令嬢なので、身分は下だけれど、彼の家は商家でもあり、莫大な財産を有している。


 本当に家を継いで大丈夫なのか不安になる頭の弱さはあるけれど、そこを含めて愛おしいと思っているのに。


 グレゴリー様の腕にしな垂れかかるようにして、すました顔をしているのは男爵令嬢のコラリー・ベラ―ル様。


(確か彼女の家は結構な借金を抱えていたはず。ふーん、それでグレゴリー様を狙ったのね)


 事情はすぐに理解できた。コラリー様は爵位に見合わないプライドの高い女性だが、そんな彼女が人の婚約者に手を出すほど家の財政状況が切迫しているのだろう。


 私はにこりと笑って、夢みがちな二人に現実を叩きつける。


「婚約破棄を破棄させていただきます」

「それをさらに破棄する!!」


(意味が伝わっていないうえ、回答が頭が弱い!)


 元々賢い人ではなかったけれど、あまりにも頓珍漢な返答に頭を抱えて蹲ってしまいたい。

 口元が引きつったけれど、笑みは崩さないまま丁寧に解説をする。


「グレゴリー様、貴族同士の婚約は家と家の契約です。正式な書面を通したうえでの婚約破棄ならばまだしも、このような場で口頭でのみなどまかり通りません」


 私の言葉に周囲も頷いている。グレゴリー様は顔を真っ赤にして反論してきた。

 隣のコラリー様は眉を潜めるだけ。


「うるさいっ! とにかく! 婚約は破棄だ!!」

「あのですね」

「黙れ悪女!」


 思わぬ暴言に窘めようとした言葉が引っ込んでしまった。

 悪女と呼ばれるようなことは何一つしていないはずなのだけど。心当たりがなさすぎる。


 黙った私にグレゴリー様がニヤリと笑う。そのままずらずらと喋りだした。


「お前は伯爵令嬢という身分を振りかざし、コラリーにずいぶんと嫌がらせをしたな」


 ちら、とコラリー様に視線を向けると彼女を守るようにグレゴリー様が体をすべりこませる。

 私が悪意にさらされても、そんなことをしてくれたことはないのに。


「嫌がらせに心当たりがありません」

「コラリーに夜会に来ないように告げたらしいな!」

「夜会用のドレスを借金の返済のために売られたというお話でしたので、それでしたら夜会への出席は難しいですね、という世間話はしましたね」


 何の変哲もないただの会話の一部だ。悪意を持って切り取られているようではあるが。

 いま豪華なドレスを纏っているあたり、私への話が嘘かグレゴリー様に買ってもらったかのどちらかだろう。


「ほかにも! 金銭で困窮する彼女に支援を求められて断った!」

「支援する理由がありませんし、そもそも私はファエッシュ家の財産を動かせる立場にありません」


 当主でもなければ、跡取りでもない。当然の返事に、グレゴリー様が「ぐぐ」と唸る。


「彼女に頭から水をかぶせたと!」

「それ、本当に私ですか?」


 あまりに覚えがなさ過ぎて当惑してしまう。私の返事にグレゴリー様が勝ち誇ったように笑う。


「お前の記憶にはないのだろうが、私は確かに見た! お前が窓からコラリーに水をかけ、逃げるところを!」

「いつのお話でしょう?」

「一週間前、王宮でだ!」


 自信満々に胸を張るグレゴリー様に、私は首を傾げてしまう。


「おかしいですね、その日私は領地に赴いていました。王都からは片道一日かかる距離です」

「は?」

「父から視察を頼まれたのです。社会勉強の一環として」


 調べればすぐに証明できる。

 父も馬車の御者も使用人も、なんなら領地の領民たちが私の無罪を口にするだろう。


 私はじとっとした眼差しをコラリー様に送る。

 グレゴリー様の背後でやっぱりすました顔をしている彼女は、こちらの騒ぎに関心を払っている様子すらない。


(婚約が破棄されてもされなくても、どちらでもいいのかしら。愛人のポジションを狙っている?)


 考えても仕方ない。私はまっすぐにコラリー様に声をかける。


「私に冤罪をきせて、どうされたいのですか?」

「……冤罪、なんて」


 凛とした私の言葉に、コラリー様が反応する。

 口元を片手で抑えて、ぽろぽろと涙を流すその姿は、歌劇場で女優にでもなったほうがよさそうな演技派だった。


「私はただ、事実を述べただけです」

「そうですか。それで、望みは?」

「……」


 黙り込んだコラリー様を庇うようにグレゴリー様が抱きしめる。

 彼の腕の中ではらはらと涙を流し続ける彼女に、私はため息しか出ない。


(わかりやすく取り乱してくれれば、もう少し対処のしようがあるけれど)


 女性の涙は武器だ。静かに涙をこぼすだけで相手への攻撃になる。

 それが顔が整っている女性ならなおのこと。


「ああ! かわいそうなコラリー。あの悪女からは私が守る!」


 自身の世界に入っているグレゴリー様に冷えた視線を送る。

 いままで多少の落ち度には目をつむって、彼の失敗のしりぬぐいに奔走してきたけれど、それが無性に馬鹿らしくなってきた。


「やはりお前は悪辣だ! 婚約破棄を破棄されたが、さらにそれを破棄する!!」


 道理が通らないことをまだいうのか。

 まるで駄々を捏ねる子供そのものだ。


(さすがにここまでされて、執着するのも馬鹿らしい気がするわ)


 甘い顔立ち、優しげな面立ち。彼の外見が好きだった。

 爵位は私より低くても、商家としてお金を持っていたから、両親はこの婚約を認めていたのだ。


 私は兄より計算が得意で、商売の面で上手くやれそうだと太鼓判を押してくれていた彼の両親は、今日の夜会を欠席しているが、この現状をどう思うだろう。


 いままでグレゴリー様の尻拭いを散々させられてきた。私の代わりがコラリー様に務まるのかしら。


(うん、未練はない)


 外見に惹かれて結んだ婚約だったけれど、基本的に人のいい性格も好んでいた。

 商売に向かないと理解したうえで、支えようと思っていた。


 でも、もう全部どうでもいい。今までの努力をすべて否定され、人格を踏みにじられた。

 長年傍にいた私より、ぽっとでの令嬢の言葉を信じてしまった。未練を残す方が可笑しい。


「わかりました。婚約破棄、お受けします」


 帰宅したらしっかり書面を作って、ゲンズブール家に叩きつけてやる。

 私のいままでの功績を知るグレゴリー様の両親は慌てるだろうし、彼は叱責されるだろうけれど、知ったことではない。


 にこりと微笑んで、私は背を向けた。嬉しそうなグレゴリー様の声を振り払うように、夜会の会場をでる。


(あ~あ、これからの人生、どうしようかしら)


 今さら十六歳の私と婚約を結んでくれる殿方、いるのかしら。




▽▲▽▲▽




 面白い余興を見た。不愉快だが、楽しくもあった。


 アナマリア嬢に一方的に婚約破棄を告げた男が喜んで他の女を口説いている。

 周囲は白けた眼差しで見つめているのに、本人だけが気づいていない。


 彼女の言い分は正論で、言い返す方が愚かだと分かる。

 理解できていないのは、自身の世界に入っている馬鹿な男と、その男を虜にしている女だけだ。


 冷えた眼差しを送る周囲に紛れていたが、一歩前に踏み出す。俺が動いたことに気づいた周辺が道をあける。

 ぽっかりと開けた空間に出て、笑った。


「グレゴリーといったか」

「貴方はジルベール公爵……!」


 半年ほど前、俺は父から公爵の位を継いだ。

 爵位が上の俺の登場に、グレゴリーが表情を引き締める。


 そいつの腕の中で、コラリーというらしい令嬢が少しだけ眉を寄せた。

 人の婚約者を奪うような性悪だが、どうやら馬鹿ではないらしい。


「今回の騒ぎの落とし前はどうつける気だ」

「落とし前……?」

「人前で派手に婚約破棄などを告げて、その上冤罪を並べたてた。アナマリア嬢の名誉と心は酷く傷つけられた。一方的な婚約破棄と合わせて、慰謝料は膨大な額になるだろう。お前に払えるのか?」


 ニヤリと口角を吊り上げる。この表情をすると、大抵の相手は怯んでくれる。

 案の定グレゴリーはびくりと肩をすくめて、縋るように腕の中のコラリーを抱きしめる。


「コラリー嬢、お前も他人ごとではない。アナマリア嬢から婚約者を奪った事実は汚点として貴族の間に広まる。今後、なにがあろうとお前を妻に迎える家はない」

「っ」


 目を見開き息を飲んだ姿から、俺の言葉の意味を理解したらしい。

 おそらくコラリーはグレゴリーから金が無くなればすぐに男を乗り換える気だったのだろう。


 だが、俺が『妻として迎える家はない』とこの場で宣言したことで、彼女を迎え入れる家は我が公爵家を敵に回すことになった。


 言葉の裏を読める程度の頭があるのなら、こんな馬鹿げたことをしなければよかったというのに。


「コラリーは私の妻になるのだ! 他の家のことなど……!」


 一方で言葉に隠された意味を理解できない阿呆はどうでもいい。

 俺は薄く笑みを吐いた口から、知っている事実を並べる。


「お前が今まで失敗した事業を尻拭いをしていたのはアナマリア嬢だ」

「なに?」

「不思議に思わなかったのか。お前が立ち上げた事業はすべて失敗して、全てで赤字をだしたというのに、両親から叱られたことはないのだろう」


 俺の指摘に心当たりがあるはずだ。顔色を青ざめさせたグレゴリーに背を向ける。


「そ、れは」

「優秀で献身的なアナマリア嬢を手放したこと、死ぬまで後悔するんだな」

「っ!」


 ひらりと手を振ってその場を後にした。後始末は他の奴に任せればいい。

 今は一刻も早くアナマリア嬢を追いかけなければ。


(やっと彼女が解放された……!)


 ずっと彼女に片思いをしていた。自信家で優秀で献身的な姿に惹かれていた。

 だが、俺がアナマリア嬢と知り合った頃には、彼女はグレゴリーの馬鹿の婚約者だった。


 グレゴリーの傍でも幸せそうに笑っているならいいと、自信を納得させていたが、そうではないというのなら。


(俺のものにしてみせる)


 ニヤリと獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべて、足早に彼女の残した魔力の痕跡を追いかける。




▽▲▽▲▽




 王宮のあまり人の寄り付かない庭園のベンチに腰を下ろす。

 本当はすぐに帰った方がいいのだと分かっているけれど、少しだけ気晴らしをしてから帰宅したかった。


(お父様たちになんて説明すればいいのかしら……)


 元々、両親はグレゴリー様との婚約にあまり賛成していなかった。

 せっかく結婚するのなら、同じ爵位か上の人にしたほうがいいと散々言われていたのだ。


 それを押し通したのは私の方なので、婚約破棄の説明をするのは気が重い。

 ため息を吐き出してぼんやりと夜空を見上げる。月と星が綺麗だ。


(そういえば、グレゴリー様から愛の言葉をもらったことはなかったのね)


 可愛くない女だとずっと思われていたのかもしれない。

 グレゴリー様より頭の回転も速かったし、爵位も上の家の令嬢だったから、面と向かって言われなかっただけ。


 再びため息を吐き出した私の肩に、ふわりと何かが触れた。


「?」

「ドレスでは風邪を引く」

「ジルベール公爵」


 私の肩に上着をかけてくれたジルベール公爵に思わず立ち上がった。

 彼は苦笑をこぼして、私に座るように促す。


「座っていてくれ。身構えなくていい」

「失礼します」


 許可を得たので、ベンチに再び腰を下ろす。

 彼は私の隣にどかりと座った。ワイルドな仕草はグレゴリー様とは似ても似つかない。


「婚約を本当に破棄するのか?」


 先ほどの騒ぎをジルベール様も見ていたのだろう。苦笑をこぼしてしまった。


「あれほどの大立ち回りをされては、仕方ありません。それに……心が離れてしまいました」

「そうか」

「はい」


 静かな相槌に返事を返す。私はジルベール様から視線を外して、夜空を見た。

 きらきらと輝く星たち。今日までの私にとって、一番星はグレゴリー様のことだった。


「元々、少し強引な婚約だったのです。私が一目惚れをしたから」


 優しくて甘く微笑む姿に心を射抜かれた。

 だが、グレゴリー様からすれば迷惑で仕方なかったのだろう。

 一度は婚約者になれたことを、感謝したほうがいいのかもしれない。


「あの男のなにがよかったんだ?」

「そうですね……一言で言うなら、顔でしょうか」

「ああいう優男が好みか?」

「どうなんでしょう。いまはわからないです」


 ちらりと隣を見ると、膝を組んだジルベール様がじっと私を見つめている。

 恥ずかしくてそっと視線を逸らすと、くいっと顎を掴まれた。


「?!」

「あの男のことなど忘れろ。俺が幸せにする」

「……ジルベール様……?」

「結婚を申し込んでいる。俺の妻になってほしい」

「っ!」


 至近距離で私を見つめる瞳にどきどきと心臓がうるさい。

 グレゴリー様とは全然系統の違う美丈夫であるジルベール様から、目が離せない。


 息を飲んだ私の前で、小さく笑って手を離した。


「ずっと、君が好きだった。人のために一生懸命になる姿に惹かれたんだ」

「人のため……」

「図書館に籠ってずっと勉強をしていただろう。商売の本が多かった」


 私の商売の才や計算の速さは生来のものではない。

 グレゴリー様に相応しい伴侶になるための努力の証だった。


 だからこそ、それを認められるのは嬉しい。

 思わず目を見開いた私に、優しくジルベール様が笑いかける。


「努力する人が好きなんだ。それが自身のためではなく、人のためならなおさら」

「そう、なんですね」

「ああ。だから、君に伴侶になってほしい。俺に嫁ぐ気はないか?」


 まっすぐに伝えられる愛の言葉。

 心臓が破裂しそうなほどうるさく高鳴っていた。


 そっと胸元を抑えた私の前で、ジルベール様は穏やかに微笑み続けている。

 こくりとつばを飲み込んで、私は問いかける。


「私、さっき婚約破棄をされたばかりで」

「ああ。チャンスだと思った」

「可愛くない、と思うんです」

「十分に愛らしいさ」

「悪女、らしいのですが」

「君が悪女なら、俺は魔王になろう」


 私が紡ぐ言葉一つ一つに、しっかりと返してくれる。

 私の目を正面から見つめて伝えられるそれらに、心臓がときめいて仕方ない。


「アナマリア、君がいい」

「!」

「君が頷いてくれないなら、攫ってしまいたい」


 これほど熱烈に口説かれて、心揺らがない女性などいないだろう。

 私は赤くなった頬を自覚しながら、一つ頷いた。


 婚約破棄されたばかりの令嬢が、新しい婚約をすぐに結ぶのは外聞が悪いと理解している。それでも。


「はい、ぜひお傍においてください」


 嬉しくて泣きそうになりながら頷いた私に、心底嬉しそうに笑ってくれたこの人を、愛おしい、と思った。



◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥

 あとがき

◣____◢



『婚約破棄を破棄したら、さらに破棄されたんですが?!』はいかがだったでしょうか?


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短編をコンスタントに更新していく予定ですので、ぜひ「作者フォロー」をして、新作をお待ちください~!!!

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婚約破棄を破棄したら、さらに破棄されたんですが?! 久遠れん @kudou1206

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