第二十四章 帰還、あるいは居場所

和平条約の締結から、一ヶ月が経った。


世界は、少しずつ変わり始めていた。


各地の集落が復興を始め、人間と魔族の交流が生まれ——フレンドリーマートの店舗網が、大陸中に広がっていった。


「店長、報告だ」


カイルが、満足げな表情でやってきた。


「フランチャイズ店、全部で二十店舗を超えた」


「そうか」


「物流網も整備されてきた。定時配送が、大陸の主要都市をカバーしている」


「よくやった」


創太は頷いた。


「みんなのおかげだ」


「いや、お前のおかげだ」


カイルは笑った。


「お前が——全部作り上げた」


「……」


創太は、窓の外を見た。


コンビニの前には、人々が行き交っている。人間も、獣人も、エルフも、ドワーフも——そして、魔族も。


みんなが、「客」として、店を利用している。


「店長」


マネージャーの声が響いた。


『お話があります』


「何だ」


『転移魔法のことです』


「……」


創太の表情が、わずかに強張った。


『この店舗を元の世界に戻す方法——見つかりました』


「……そうか」


創太は深呼吸をした。


『ただし、条件があります』


「条件?」


『店舗を元の世界に戻すと——この世界からは、完全に消えます。二度と、戻ってくることはできません』


「……」


創太は沈黙した。


帰れる。


元の世界に——帰れる。


十年間働いたコンビニ。日本。現実世界——


「……」


しかし——


創太は、店内を見回した。


リーナがいる。カイルがいる。ゴルドがいる。エルナがいる。そして——たくさんの仲間たちがいる。


この一年で——いや、この数ヶ月で、創太は多くのものを得た。


仲間。絆。そして——


「居場所」


創太は呟いた。


「店長?」


リーナが、不思議そうに声をかけた。


創太は振り返った。


「リーナ、みんな——聞いてくれ」


「どうした?」


「俺は——」


創太は深呼吸をした。


「ここに、残る」


「え?」


「元の世界に帰る方法が見つかった。でも——」


創太は微笑んだ。


「俺の居場所は、ここだ」


「店長……」


リーナの目に、涙が浮かんだ。


「本当に——いいのか?」


「ああ」


創太は頷いた。


「この店は——この世界の人々に必要とされている。そして——」


仲間たちを見回した。


「俺も——この世界に必要とされている」


「……」


「だから——残る」


長い沈黙の後——


「ありがとう」


リーナが言った。


「店長——いや、創太」


名前を呼ばれて、創太は目を見開いた。


「お前がいてくれて——本当によかった」


「……」


創太は、言葉を失った。


やがて——


「こちらこそ」


微笑んだ。


「みんなに出会えて——よかった」


その後の創太は、フレンドリーマートの「OFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)」として、各地の店舗を巡回する日々を送っていた。


リーナは、護衛兼配送ドライバーとして同行している。


カイルは本部の戦略責任者となり、大陸規模の物流網を管理していた。


エルナは衛生管理部門の長として、医療と衛生の知識を広めていた。


ゴルドは建設部門を率い、新しい店舗の建設を指揮していた。


そして——


ザルヴァドールは。


「いらっしゃいませ」


深夜のコンビニで、レジに立っていた。


「……おい」


創太が店に入ると、ザルヴァドールが出迎えた。


「また来たのか」


「毎日来てるだろ」


「律儀な男だな」


ザルヴァドールは——なぜか——深夜シフトのアルバイトをしていた。


「なんでお前がバイトしてるんだ」


「暇だからだ」


ザルヴァドールは肩をすくめた。


「千五百年、戦争ばかりしてきた。平和になったら、やることがない」


「……」


「それに——」


ザルヴァドールは、レジを操作しながら言った。


「悪くない」


「何が」


「この仕事。人間たちと——話せる」


「……」


創太は苦笑した。


「お前、変わったな」


「お前のせいだ」


「責任取れってか」


「取ってもらう」


ザルヴァドールは、真剣な顔で言った。


「私は——まだ、学んでいる最中だ」


「学ぶ?」


「人間のこと。共存のこと。そして——」


ザルヴァドールは、わずかに微笑んだ。


「『客』というもののこと」


「……」


創太は、その言葉を噛みしめた。


「……そうか」


「だから——」


ザルヴァドールは、おにぎりを差し出した。


「これは、サービスだ」


「サービス?」


「常連客への——感謝の印だ」


創太は目を丸くした。


そして——笑った。


「お前、コンビニ向いてるかもな」


「だろう」


ザルヴァドールも、珍しく笑った。


「『いらっしゃいませ』——悪くない言葉だ」


深夜のコンビニ。


二つの月が、静かに夜空を照らしている。


創太は、店の前に立ち、空を見上げた。


異世界に来て——もう、一年以上が経った。


色々なことがあった。


困難も、苦しみも、たくさんあった。


でも——


「悪くない」


創太は呟いた。


ここに来て——


仲間に出会えた。


居場所を見つけた。


そして——世界を、少しだけ変えることができた。


「店長」


リーナが、隣に来た。


「何してる」


「月を見てた」


「綺麗だな」


「ああ」


二人は、並んで月を見上げた。


「店長」


「なんだ」


「……ありがとう」


「急にどうした」


「別に。言いたかっただけだ」


「……」


創太は微笑んだ。


「こちらこそ——ありがとう」


「……」


リーナの頬が、わずかに赤くなった。


「変な人」


「またか」


「褒め言葉だ」


二人は、同時に笑った。


そして——


「さて」


創太は店に戻った。


「仕事だ」


「ああ」


リーナも続く。


自動ドアが開く。


「いらっしゃいませ」


いつもの挨拶。


いつもの仕事。


でも——


今日も、明日も、その先も——


この店は、世界を照らし続ける。


24時間、年中無休。


異世界のコンビニ、フレンドリーマート。


いらっしゃいませ——


そして、またのお越しを。


【完】


エピローグ


数年後——


ヴェルディア大陸には、「フレンドリーマート」の看板が、至る所に立っていた。


人間の街にも。


魔族の集落にも。


エルフの森にも。


ドワーフの山にも。


どこに行っても、同じ看板、同じサービス、同じ「いらっしゃいませ」。


それは——


新しい世界の形だった。


「店長、次の視察地は?」


リーナが尋ねた。


「北の山岳地帯だ。新しい店舗が開店した」


「また長旅だな」


「文句あるか」


「ない。あんたと一緒なら——」


リーナは微笑んだ。


「どこまでも行く」


「……」


創太は照れくさそうに目を逸らした。


「行くぞ」


「ああ」


二人は、馬車に乗り込んだ。


大陸を巡る旅——それは、創太の新しい日常だった。


馬車が動き出す。


窓から見える景色——緑の草原、青い空、そして遠くに見える店舗の看板。


「……」


創太は、その景色を眺めながら思った。


異世界に来て——人生が変わった。


でも、変わらないものもある。


「いらっしゃいませ」


その言葉の意味。


誰も排除しない。


全員が客。


平等に、丁寧に、心を込めて——


それが、コンビニの精神。


そして——


創太が、この世界に伝えたかったこと。


「店長」


「なんだ」


「幸せか?」


リーナが、不意に聞いた。


「……」


創太は考えた。


幸せか——


現実世界にいた頃は、考えたこともなかった。


毎日、仕事に追われて、疲れ切って——幸せなんて、考える余裕がなかった。


でも、今は——


「ああ」


創太は微笑んだ。


「幸せだ」


「そうか」


リーナも微笑んだ。


「私も——幸せだ」


馬車は、草原を進んでいく。


その先に待っているのは——新しい出会い、新しい仲間、新しい物語。


でも、変わらないことが一つある。


「いらっしゃいませ」


今日も、明日も、その先も——


フレンドリーマートは、世界を照らし続ける。


24時間、年中無休。


いつでも、どこでも、誰にでも——


「いらっしゃいませ、異世界へようこそ」


【物語は続く】

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異世界転生したコンビニが世界を救う もしもノベリスト @moshimo_novelist

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