第十四章 魔王来店

三日間は、あっという間に過ぎた。


創太は、その間にできる限りの準備を整えた。


避難民の追加移送。防衛線の強化。そして——


「店長、本当にいいのか」


リーナが心配そうに聞いた。


「また、あいつと会うのか」


「ああ」


「危険だ。今度こそ——」


「大丈夫だ」


創太は微笑んだ。


「作戦がある」


「作戦?」


「ああ。魔王を——客として迎える」


リーナは怪訝な顔をした。


「……意味がわからない」


「すぐにわかる」


創太は店の準備を始めた。


いつも通りの清掃。いつも通りの品出し。いつも通りの——「おもてなし」の準備。


約束の時間に、ザルヴァドールが現れた。


「来たか」


創太は、カウンターの向こうから声をかけた。


「ああ」


ザルヴァドールは店内に入ってきた。


「答えは、決まったか?」


「ああ」


創太は頷いた。


「その前に、一つ聞いていいか」


「何だ」


「なぜ、人間を滅ぼしたい?」


「……」


ザルヴァドールの目が、わずかに揺れた。


「答える義理はない」


「じゃあ、俺から推測を言わせてくれ」


創太は一歩前に出た。


「あんたは、昔、人間に裏切られた。そうだろう?」


「……」


沈黙が答えだった。


「何千年も前のことかもしれない。でも、その時の傷が、今も残っている」


「……なぜ、そう思う」


「あんたの目だ」


創太はザルヴァドールを見つめた。


「憎しみだけじゃない。悲しみがある。寂しさがある。それは——裏切られた者の目だ」


「……」


ザルヴァドールは沈黙した。


やがて、小さく笑った。


「お前は、本当に面白い」


「よく言われる」


「……いいだろう。話してやる」


ザルヴァドールは窓の外を見た。


「千五百年前のことだ。私は、人間たちと共に暮らしていた」


「共に?」


「ああ。この大陸には、竜と人間が共存する国があった。私は、その国の守護者だった」


ザルヴァドールの声には、かすかな郷愁が混じっていた。


「人間たちは、私を『神』と呼んだ。私は、彼らを守った。幸せな時代だった」


「……何があった?」


「裏切りだ」


ザルヴァドールの目が、冷たく光った。


「人間の王が、私を恐れた。私の力を奪おうと、罠を仕掛けた」


「……」


「私は殺されかけた。多くの仲間——私を信じていた竜たちが、殺された」


ザルヴァドールの声が、震えた。


「私は復讐を誓った。人間を——全て滅ぼすと」


「……」


創太は黙って聞いていた。


「それ以来、千五百年。私は人間を信じたことはない」


ザルヴァドールは創太を見た。


「お前は、私に『答え』を示せるのか?」


「……わからない」


創太は正直に答えた。


「でも、一つ言えることがある」


「何だ」


「この店では——」


創太は店内を見回した。


「全員が、客だ」


「客?」


「人間も、獣人も、エルフも、ドワーフも。そして——魔王も」


ザルヴァドールの目が、わずかに見開かれた。


「この店では、誰も差別しない。誰も排除しない。来た者は全員、平等に扱う」


創太は真っすぐにザルヴァドールを見つめた。


「それが、フレンドリーマートの流儀だ」


「……」


長い沈黙が流れた。


やがて、ザルヴァドールが口を開いた。


「お前は——本気で言っているのか」


「ああ」


「私を、『客』として扱うと」


「そうだ」


「……」


ザルヴァドールは、不思議そうな表情で創太を見つめていた。


「私は——」


言葉を切り、彼は店内を見回した。


冷蔵ケース。棚に並ぶ商品。清潔な床。そして——入り口に掲げられた「24時間営業」の看板。


「不思議な場所だな」


「コンビニは、そういう場所だ」


創太は微笑んだ。


「腹は減っていないか?」


「……何?」


「食事だ。前に来た時、お茶を飲んだだろう。今度は、何か食べていかないか」


ザルヴァドールは、呆気にとられた表情を浮かべた。


「……正気か? 私を、飯でもてなすのか?」


「客をもてなすのは、店主の仕事だ」


創太は棚から、おにぎりを取り出した。


「これは『おにぎり』。米を握って、具を入れたものだ。簡単だけど、美味いぞ」


「……」


ザルヴァドールは、差し出されたおにぎりを見つめていた。


やがて——


「……いただこう」


静かに、おにぎりを受け取った。


包装を開け、一口かじる。


「……」


「どうだ?」


「……悪くない」


ザルヴァドールの表情が、わずかに緩んだ。


創太は、その変化を見逃さなかった。


「もう一つ、いるか?」


「……ああ」


二つ目のおにぎりを渡す。


ザルヴァドールは、今度は少しゆっくりと食べた。


「……」


奇妙な光景だった。


千五百年を生きる魔王が、コンビニでおにぎりを食べている。


しかし、その表情には——どこか、安らぎがあった。


「……不思議だ」


ザルヴァドールが呟いた。


「何が」


「千五百年間、人間に——」


言葉を切る。


「いや、何でもない」


ザルヴァドールは立ち上がった。


「今日は、帰る」


「そうか」


「だが——」


彼は振り返った。


「また、来てもいいか」


「……もちろんだ」


創太は微笑んだ。


「いつでも、いらっしゃいませ」


ザルヴァドールは何も言わず、店を出て行った。


その背中を見送りながら、創太は思った。


何かが、変わり始めている。


まだ、何も解決していない。


でも——


「一歩前進、かな」


創太は呟いて、店の片付けを始めた。

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