第十三章 魔王の使者
三日間の遅延戦闘の後、意外な展開が訪れた。
「店長、敵から使者が来た」
カイルが、緊張した表情で報告した。
「使者?」
「魔王軍の使者だ。話がしたいと言っている」
創太は眉をひそめた。
使者。つまり、交渉の余地があるということか。
「……会おう」
「危険だ」
リーナが反対した。
「罠かもしれない」
「かもしれないな」
創太は認めた。
「でも、会わなければ何もわからない」
「店長——」
「リーナ、護衛を頼む。俺が話を聞いている間、周囲を警戒してくれ」
「……わかった」
リーナは渋々頷いた。
創太は、使者を迎えるために店の外に出た。
使者は、一人の女性だった。
黒いローブを纏い、フードを深く被っている。顔は見えないが、声は若い。
「あなたが、この集落の長ですか」
「ああ。鳴海創太だ」
「私は、魔王軍の使者です。主からの伝言を届けに参りました」
「主? 魔王か?」
「はい」
使者は一呼吸置いて、続けた。
「魔王様は、あなたに興味をお持ちです」
「興味?」
「はい。この三日間の戦いを、魔王様は見ておられました。あなたの戦術、あなたの集落の組織力——」
使者は、少し感心したように言った。
「五千の軍勢を、わずかな人数で足止めした。それは、並大抵のことではありません」
「……」
「魔王様は、あなたと直接お話しになりたいとお考えです」
「話す? 何を」
「それは、お会いになればわかります」
使者はフードを少し上げた。
その下から覗いたのは、金色の瞳だった。人間ではない。竜人か、それに近い種族だろう。
「魔王様からの提案です。あなたが来れば、この集落への攻撃は中止されます」
「……」
創太は沈黙した。
罠の可能性は高い。しかし——
「条件は?」
「条件?」
「俺が行けば、この集落は無事なんだな?」
「はい。魔王様は、無益な殺戮を好みません」
「……」
創太は考え込んだ。
リーナが耳元で囁いた。
「店長、信用できない。罠だ」
「かもしれない」
「だったら——」
「でも、試してみる価値はある」
創太は使者に向き直った。
「わかった。会おう」
「店長!」
リーナが叫んだ。
「ありがとうございます」
使者は深く頭を下げた。
「では、ご案内いたします」
「待ってくれ」
創太は手を挙げた。
「一つ条件がある」
「何でしょう」
「会談の場所は、ここにしてくれ」
「ここ、ですか?」
「そうだ。俺の店だ。客を迎えるのは、店主の仕事だからな」
使者は少し驚いた様子だったが、やがて頷いた。
「……わかりました。魔王様にお伝えします」
使者は去って行った。
リーナが、不満げに創太を睨んだ。
「何を考えているんだ」
「作戦だ」
創太は微笑んだ。
「ホームグラウンドで戦えば、有利だろう?」
翌日、魔王が来店した。
「いらっしゃいませ」
創太は、いつも通りの笑顔で迎えた。
目の前に立っているのは、見た目三十代の美男子だった。
銀色の長髪、金色の瞳、整った顔立ち。しかし、その存在感は人間のそれではなかった。
圧倒的な威圧感。まるで、自然現象を相手にしているかのような——
「……興味深い」
魔王——ザルヴァドール——は、店内を見回した。
「これが、お前の『店』か」
「ああ。フレンドリーマートへようこそ」
創太は動揺を隠しながら答えた。
「何かお探しですか?」
「……ほう」
ザルヴァドールの唇が、わずかに吊り上がった。
「面白い。私を相手に、その態度を崩さないとは」
「お客様には、平等に接するのがモットーでな」
「お客様、か」
ザルヴァドールは、冷蔵ケースの前で足を止めた。
「この中にあるのは、何だ?」
「飲み物だ。冷たく冷やしてある」
「飲んでみてもいいか?」
「どうぞ」
創太は冷蔵ケースを開け、緑茶のペットボトルを取り出した。
「これはお茶だ。俺の世界では、一番人気の飲み物の一つだ」
ザルヴァドールはボトルを受け取り、キャップを開けた。
一口飲む。
「……悪くない」
「そうか。よかった」
奇妙な会話だった。
魔王と店長が、コンビニで緑茶を飲んでいる。誰が見ても、異常な光景だろう。
「本題に入ろう」
ザルヴァドールが言った。
「私は、お前に興味がある」
「光栄だな」
「この三日間、お前たちの戦いを見ていた。少数でありながら、五千の軍勢を足止めした。見事だった」
「ありがとう」
「私は、有能な者を高く評価する」
ザルヴァドールの金色の瞳が、創太を射抜いた。
「お前、私の配下にならないか?」
「……」
創太は沈黙した。
「お前の能力があれば、私の軍で重要な地位を得られる。この集落の人々も、保護を約束しよう」
「断る」
創太は即答した。
「……理由を聞いても?」
「俺は、店長だ」
創太は真っすぐにザルヴァドールを見つめた。
「店の仕事は、客を満足させることだ。侵略者に仕えることじゃない」
「……」
ザルヴァドールは沈黙した。
やがて、小さく笑った。
「面白い男だ」
「よく言われる」
「だが、愚かだ」
ザルヴァドールの目が、鋭くなった。
「私に逆らう者は、全て滅ぼされる。例外はない」
「そうか」
創太は動じなかった。
「でも、俺は諦めない」
「なぜだ?」
「客を守るのが、店長の仕事だからだ」
「……」
ザルヴァドールは、長い間創太を見つめていた。
やがて、立ち上がった。
「今日のところは、帰ろう」
「……帰る?」
「お前の答えは聞いた。気に入らないが——」
ザルヴァドールは、わずかに微笑んだ。
「殺すには惜しい。少し、考える時間をやろう」
「考える?」
「三日後、また来る。その時、答えが変わっていれば——お前と、この集落を許す」
「変わらなければ?」
「全て、滅ぼす」
ザルヴァドールは店を出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、創太は思った。
三日。
三日で、何ができる?
「……やれることは、やるしかないな」
創太は、再び戦いの準備を始めた。
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