第十一章 魔王軍の侵攻

平穏な日々は、突然終わりを告げた。


その日、創太は朝のルーティンをこなしていた。在庫チェック、配送準備、スタッフへの指示——いつもと変わらない、店長としての仕事だ。


「店長!」


カイルが、血相を変えて飛び込んできた。


その表情を見た瞬間、創太の背筋に冷たいものが走った。


「どうした」


「魔王軍だ。偵察隊が、東の森の向こうに大規模な軍勢を確認した」


「規模は」


「少なくとも五千。おそらく、先遣部隊だ」


五千。


この集落の人口の十倍以上。そして、これは先遣部隊に過ぎない。


「距離は」


「現在の位置から、約五十キロ。このままのペースで進軍すれば——」


カイルは唇を噛んだ。


「三日後には、射程圏内に入る」


「……」


創太は深呼吸をした。


パニックを起こしている場合ではない。情報を整理し、対策を立てなければ。


「カイル、情報部門を招集しろ。全員に状況を共有する」


「了解」


「リーナは?」


「狩猟に出ている。すぐに連絡を取る」


「頼む。全員、一時間後に会議室に集合だ」


創太は窓の外を見た。


いつもと変わらない青空。しかし、その向こうには、戦争の足音が近づいている。


「……ついに、来たか」


覚悟はしていた。いつかはこの日が来ると。


でも、実際にその時が来ると——


「怖いな」


創太は正直に呟いた。


『店長』


マネージャーの声が響いた。


『大丈夫です。あなたは一人ではありません』


「……ああ」


創太は頷いた。


「わかってる」


そして、会議室に向かった。


会議には、全幹部が出席した。


カイル(情報・戦略)、リーナ(狩猟・戦闘)、マルコ(農業)、ゴルド(建設・整備)、エルナ(医療)、そして創太。


「状況は、カイルから報告があった通りだ」


創太は切り出した。


「魔王軍の先遣部隊が接近している。三日以内に、この地域に到達する可能性がある」


沈黙が流れた。


「選択肢は、二つある」


創太は続けた。


「一つ、逃げる。全員で北に避難し、魔王軍をやり過ごす」


「もう一つは?」


リーナが聞いた。


「戦う」


全員の表情が、緊張で強張った。


「店長、正気か?」


ゴルドが声を荒げた。


「五千の軍勢に、俺たちが勝てるわけがない」


「勝つ必要はない」


創太は冷静に答えた。


「目的は、時間を稼ぐことだ」


「時間?」


「魔王軍の狙いは、この地域の制圧だ。俺たちの集落だけじゃない、周辺の全ての集落が標的になる」


創太は地図を広げた。


「俺たちが抵抗することで、魔王軍の進軍を遅らせる。その間に、周辺の集落に警報を発し、避難させる」


「つまり——」


カイルが理解した。


「俺たちが囮になる、ということか」


「そうだ」


創太は頷いた。


「ただし、無駄死にはしない。ゲリラ戦術で攻撃し、一定のダメージを与えたら撤退する。目的は、時間稼ぎだ」


「……」


全員が黙り込んだ。


やがて、リーナが口を開いた。


「私は賛成だ」


「リーナ……」


「逃げるだけじゃ、いつまで経っても追われ続ける。いつかは、戦わなきゃいけない時が来る」


リーナの目には、強い決意が宿っていた。


「だったら、今だ。みんなを守るために、戦う」


「俺も賛成だ」


カイルが手を挙げた。


「元参謀として言わせてもらうが——この作戦、勝算はある。地の利は俺たちにある。森や丘陵を利用すれば、大軍相手でもやれる」


「俺も——」


ゴルドが、重い口を開いた。


「やるしかないな。逃げても、また同じことの繰り返しだ」


「……」


マルコとエルナも、静かに頷いた。


創太は、全員の顔を見回した。


「ありがとう。みんなの覚悟は、よく分かった」


そして、地図の上に手を置いた。


「じゃあ、作戦を立てよう」


会議は、深夜まで続いた。


作戦は、三段階に分かれていた。


第一段階:避難


非戦闘員——子供、老人、病人——を北の安全地帯に避難させる。エルナと医療チームが同行し、避難民の健康を管理する。


第二段階:遅延戦闘


リーナ率いる戦闘チームが、森の中でゲリラ戦を展開。罠を仕掛け、奇襲を繰り返し、魔王軍の進軍を遅らせる。


第三段階:情報戦


カイル率いる情報チームが、魔王軍の動向をリアルタイムで監視。得られた情報は、POSシステムを応用した通信網で全部隊に共有される。


「通信網?」


リーナが首を傾げた。


「この世界に、そんなものがあるのか」


「作る」


創太は答えた。


「マネージャーの翻訳機能を応用すれば、離れた場所とも音声通信ができる」


「……本当か?」


『可能です』


マネージャーの声が響いた。


『各中継地点に、小型のスピーカーを設置します。限定的ですが、音声の送受信ができます』


「すごい……」


カイルが感嘆した。


「これがあれば、戦場の霧を晴らせる」


「そういうことだ」


創太は立ち上がった。


「準備を始めよう。時間は、あと三日しかない」


全員が立ち上がり、それぞれの持ち場に向かった。


創太は一人、会議室に残った。


窓の外を見る。


夜空に浮かぶ二つの月。


「……できるかな」


不安は、消えなかった。


でも——


「やるしかない」


創太は、拳を握りしめた。


コンビニ店長として、十年間培ってきた全てを——


今、使う時だ。


翌日から、集落は戦時体制に移行した。


避難準備、戦闘準備、通信網の構築——全てが同時並行で進められた。


「店長、第一陣の避難が完了した」


エルナが報告した。


「子供と老人、全員で八十三人。北の山岳地帯に送り出した」


「ありがとう。お前も、すぐに追いかけろ」


「でも——」


「医者は、避難民と一緒にいるべきだ。戦場にいても、邪魔になるだけだ」


「……」


エルナは何か言いたげだったが、最終的には頷いた。


「わかりました。でも——」


彼女は創太の手を握った。


「必ず、生きて帰ってきてください」


「……ああ」


創太は、その手を握り返した。


「約束する」


エルナは微笑み、そして去って行った。


創太は、その背中を見送った。


「……生きて帰る、か」


簡単に言えることではない。


でも——


「約束は、守らないとな」


創太は、店内に戻った。


最後の準備を、終わらせなければならなかった。

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