【男女平等キック】私を助けて死んだオタクくんが葬式の最中に魔法少女連れて異世界から帰ってきた件【あと現代ダンジョン】

七篠透

第1話:自分の通夜に乱入するオタクくん

 織田家


 そんな飾り気のかけらもない立札が置かれた斎場。

 線香の匂いが喉に貼りついて、息をするたびに胸の奥がじりっと痛む。黒い服の大人たちは、みんな同じ顔をして、同じ角度でうなずいて、同じ言葉を繰り返す。


 お気の毒に。

 立派でしたね。

 勇気ある行動でした。


 うるさい。

 オタクくんは、立派でも勇気の塊でもない。

 ただのオタクだ。


 推しの話を三時間できて、テスト前日に徹夜でアニメ見て、男女平等キックとかいう寒い持論を本気で信じてた、同い年の馬鹿。


 その馬鹿が、祭壇の真ん中に、白い箱に入って置かれている。

 私のせいで。


 中学の卒業アルバムの写真を使いまわした飾り気のない遺影は、若くして他界した写真嫌いの故人が家族にすら写真を撮らせてこなかったことを如実に物語る。


 線香の匂いが花の匂いを塗りつぶした、葬儀場独特の匂いの中、私はただ立ち尽くしている。

 まだ開いている棺桶の蓋から見える、白い布に包まれたクラスメイトは、エンバーミングの努力もむなしく、あちこちの傷跡がはっきりと見える状態だった。


 織田九郎。享年16歳。

 死因:クラスメイトを庇ってトラックにはねられた。


 クラスのみんなからオタクくんと呼ばれていた彼は生前、男女平等主義者を自称し、理由さえ十分なら女の子にだってドロップキックできると嘯いていた。

 私含め、大半のクラスメイトは口だけだと笑ったものだ。

 でも、オタクくんはやって見せた。


 信号無視して突っ込んできた居眠りトラックから私を助けるため、なんて、完璧すぎる理由ができた時、オタクくんはきっと嬉々として私にドロップキックして。


 私のかわりに、トラックにはねられて死んだ。


 庇われたクラスメイトであるところの私は、蹴り飛ばされたせいで足首をひねったのと、倒れ込んだ時の擦り傷があるくらいで、ほぼ無傷と言っていい。


 オタクくんの行動(ドロップキック)は、ほぼ完璧な成果を上げたと言っていい。

 有言実行、という意味でも、あの瞬間の私を助ける、という意味でも。


 ただ、自分の身を守り損ねたというミスがあるか、最初から捨て身だっただけ。

 その代償は、私が今目にしている光景だ。


 最後の言葉が、今でも耳に残ってる。


「男女平等キィィィィィィック!」


 なんて。

 遺言、それでいいのかよ。馬鹿。

 女の子助けて死ぬとか、君の好きなライトノベルじゃないんだぞ。

 その死に様の一言が悪ふざけ丸出しの技名じゃ、笑うことすらできないよ。


 涙は、こぼれなかった。

 泣くことができる程度の気持ちの整理すら、私はついていなかったんだと思う。



 やがて、お坊さんが来てお経をあげ、喪主であるオタクくんのお父さんが、今日集まった人に向けて挨拶を読み上げ始める。

  

「この度は、愚息のためにお集まりいただき……」


 みたいな、ありがちな挨拶から始まるやつだ。


「思えば、小さい頃から、後味悪いことが嫌いだと言って聞かない、強情な息子でした。困っている人が視界に入ると、助けずにはいられない息子でした。目つきが悪いせいで、小さな迷子を保護しては誘拐犯と間違えられ、警察のお世話になったことも一度や二度ではありません」


 オタクくんのお父さんが語る思い出は、私にも思い当たるふしがあった。

 私と遊んでいる最中に迷子を保護して、その後の予定が全部パーになったことは、片手の指ではおさまらない。


「友人を見捨てる後味の悪さは、息子にとって命を引き換えにしてでも受け入れられないものだったのでしょう。そういう行動ができる、その結果残される者の悲しみを顧みない、自分勝手な、自慢の息子が……これだけの方々に見送られて旅立つことに……」


 涙ぐみながら言うオタクくんのお父さんに同意する。

 オタクくんは、どうしようもなく自分勝手だ。

 オタクくんの命と引き換えに助けられた私は、この先ずっと、オタクくんを殺した後味の悪さを引きずらなきゃいけないのに。


 自分が一番味わいたくないものを、オタクくんは私に押し付けたんだ。


 そう思うと、心底むかついた。

 一言文句を言ってやらないと気が済まない。


 そう、しようとして。


 文句を言う相手が、もういないことをようやく実感した。


 さっきまで出なかった涙が出てくる。

 オタクくんにはもう会えないんだと理解して、たくさんある言いたかったことが、全部言えなかったことに変わってしまったんだと実感して、体の真ん中に冷たい風が吹き抜けた。


「オタクくん……」


 会いたいよ。

 もう一度だけでいいから。

 たった一言、助けてくれてありがとうっていう間だけでいいから。


「ふ……ぐ……うえぇ……!」


 嗚咽が漏れる。

 そして、一度決壊してしまえば、濁流はすぐに訪れた。


 こらえきれなかった私の嗚咽が慟哭に変わるのは、異変を察知した両親が私を抱えて斎場を出るよりずっと早かった。


 誰もが、静粛であるべき通夜の席で声を上げた非常識な小娘に目を向け。

 だから、異変の発見が遅れた。


 棺の横、空気が、揺れた。

 その数秒後、空間そのものが、裂けた。


 黒でも白でもない、現実感のない光が、円を描くように広がっていく。


 ざわ、と会場が騒めいたときには、その光はかなりの大きさに広がっている。


 僧侶が言葉を失い、親戚のおばさんが悲鳴を上げ、私は、声が出なかった。


 光の中から、最初に落ちてきたのは、人だった。


 喪服でも、制服でもない、コスプレみたいな服装の、黒髪の青年。


「いってて……」


 床に転がり、顔をしかめながら立ち上がったその人と、私は目が合った。


「お、春日井、久しぶり。元気そうで何より……ん?」


 その人は、気さくに私に笑いかけて、そこで初めて周囲を見渡した。


「……葬式?」


 周囲の状況を理解した乱入者は、急に匍匐前進で私の前に移動する。

 なんか異様なほど素早くて、ちょっとゴキブリっぽくて気持ち悪かった。


「春日井、誰の葬式か教えて、俺の知り合いなら俺も参列するから」


 そんなことを私にささやいてくる謎の乱入者の顔は、遺影と瓜二つだった。

 やがて、葬儀場のスタッフさんが入ってきて、乱入者を取り囲む。


「この場は織田九郎さんのお通夜です。どのようにして侵入されたのかは知りませんが、参列されるのでなければお引き取りを」


 問い詰められ、乱入者はぽりぽりと頬をかく。


「織田九郎……織田九郎ですか。うわぁ」


 そして、乱入者は私に目を向け、訊ねた。


「春日井、俺が織田九郎だって信じてもらえる方法、ないかな……?」


 乱入者は、あろうことか、自分をオタクくんだと主張している。

 その瞬間、ありえない、という理性と、そうであってほしい、という感情がぐちゃぐちゃになって、私は、一言訊ねた。


「オタクくんの、人生最後の言葉は?」


 乱入者は、無邪気な子供のように笑って答えた。


「男女平等キック! な? 俺は理由さえ十分なら女の子にもドロップキックできる奴だっただろ?」


 それを聞いた瞬間、私の理性はどこかにふっとばされた。


「……馬鹿」


 目の前にいる人が、存在しえない、会いたくて仕方なかった馬鹿だと、認める。


「ひどくね?」


「遺言が『男女平等キック』の人に、優しい言葉かけられるわけないでしょ」


 オタクくんは一瞬きょとんとして、それから、いつもの半笑いをした。


「でもさ。理由は完璧だったろ」


 その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと音を立てた。


 葬式場は大混乱だった。

 でも私の世界は、その時、確かに戻ってきた。


 最低で、最高で、二度と離したくない馬鹿と一緒に。


「オタクくん! オタクくん! オタクくん!」


 泣きながら、その胸に飛び込んで名前を呼ぶ。

 ニックネームだけど。


 夢なら覚めないで。

 そう願いながら、私はオタクくんの胸で泣き続けた。


 視界の隅で、オタクくんのご両親が呆然とこちらを見ている。

 何が起こっているのか全く理解できない、と言わんばかりのその顔は、ネットでよく見る『宇宙猫』そっくりで。


 きっとそれが正しい反応なのに、私はそうできなかった。


 私とオタクくんしか知らない、知っているはずのない言葉を返してくれたこの人が私の幻覚でないなら、オタク君自身以外ではありえないから。

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