第7話 検証は通常運転
放課後。
俺は自分の席で一息つく。
となりの席では、天城がいつも通りノートを開いている。
――《ラブコメ発生条件・実地検証ログ》
ノートのタイトルだ。
もう驚かない。
むしろ安心感すらある。
「佐藤くん」
「今日は何の実験?」
俺が先に聞くと、天城は少しだけ目を瞬かせた。
「本日の検証項目は
『日常会話が感情に与える影響』です」
「……それ、もう毎日やってない?」
「いえ。体系的な分類は行っていませんでした」
分類の必要あるか、それ。
◇
校舎を出て、いつもの帰り道。
特に用事もなく、ただ並んで歩く。
「天気の話をします」
唐突に天城が言った。
「今日、少し暑いですね」
「もう夏近いしな」
「返答、自然です」
自然じゃないものどこかにあったかな。
心拍数?顔の色?目線?
これまでの検証の結果、普通の会話で俺自身に影響が出ることはないはず。
「では次。授業の話題です」
「段階を踏んでいく感じね」
「本日の数学、小テストがありました」
「ああ、あったな」
「出来はどうでしたか」
「普通」
天城は、ちらりと俺の顔を見る。
「心拍数に変化はありません」
「測ってたのかよ!」
「視覚的推定です」
それ信じていいのか。
天城は立ち止まり鞄からノートを取り出す。
《日常会話①(天気・授業)
感情変化:なし》
「そりゃそうだろ……」
◇
次の検証は、なぜか距離だった。
「物理的距離による影響を確認します」
そう言って、天城は鞄から細長いものを取り出した。
「……メジャー?」
「はい」
「なんで持ってんだよ!」
「研究室にありました」
「たぶんだけど、漫画研究部の部室だよな?」
天城は真剣な顔で、俺と自分の足元を測る。
「現在、約四十五センチ」
「知らなくていい情報だ」
「では、三十センチ」
近い近い近い。
「ちょ、天城!」
「心拍数が上昇しました」
「当たり前だろ!」
天城は少し考え込み、ノートに書く。
《距離三十センチ
感情変化:あり(被験者のみ/要再検証)》
「俺だけ!?」
「対照実験の結果です」
対照実験って言うな。
◇
途中の自販機で立ち止まる。
「飲み物を購入します」
「どうぞ」
天城は迷いなくボタンを押した。
……成長したな。
俺も同じ飲み物を買う。
天城がそれを見て言う。
「同一行動による親和性上昇を確認します」
「結果は?」
天城が一口飲んで、少し考える。
「……変化なし」
「だろうな」
《同一飲料選択
ラブコメ的事象:発生せず》
毎回ちゃんと書くの、逆にすごい。
◇
歩きながら、天城がぽつりと言った。
「本日は、全体的に不発です」
「わりといつもじゃん」
「はい」
即答だった。
「ですが、データは安定しています」
「それ喜ぶところか?」
「再現性が高いということです」
ラブコメの再現性って何だ。
◇
帰り道の終わり。
分かれ道の前で、天城は立ち止まった。
ノートを閉じて、一言。
「本日の結論です」
「どうぞ」
「ラブコメは発生しませんでした」
「知ってた」
少し間。
「……検証は継続します」
「だろうな」
天城は小さくうなずき、ノートを抱え直す。
「では、また明日」
「ああ、またな」
天城はいつも通り、淡々と去っていった。
◇
一人になった帰り道。
俺は空を見上げて思う。
今日も、何も起きなかった。
いつも通りで、特別なことはない。
――少なくとも、記録上は。
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