第7話 検証は通常運転

放課後。

俺は自分の席で一息つく。


となりの席では、天城がいつも通りノートを開いている。


――《ラブコメ発生条件・実地検証ログ》


ノートのタイトルだ。


もう驚かない。

むしろ安心感すらある。


「佐藤くん」


「今日は何の実験?」


俺が先に聞くと、天城は少しだけ目を瞬かせた。


「本日の検証項目は

 『日常会話が感情に与える影響』です」


「……それ、もう毎日やってない?」


「いえ。体系的な分類は行っていませんでした」


分類の必要あるか、それ。



校舎を出て、いつもの帰り道。

特に用事もなく、ただ並んで歩く。


「天気の話をします」


唐突に天城が言った。


「今日、少し暑いですね」


「もう夏近いしな」


「返答、自然です」


自然じゃないものどこかにあったかな。

心拍数?顔の色?目線?


これまでの検証の結果、普通の会話で俺自身に影響が出ることはないはず。


「では次。授業の話題です」


「段階を踏んでいく感じね」


「本日の数学、小テストがありました」


「ああ、あったな」


「出来はどうでしたか」


「普通」


天城は、ちらりと俺の顔を見る。


「心拍数に変化はありません」


「測ってたのかよ!」


「視覚的推定です」


それ信じていいのか。


天城は立ち止まり鞄からノートを取り出す。


《日常会話①(天気・授業)

 感情変化:なし》


「そりゃそうだろ……」



次の検証は、なぜか距離だった。


「物理的距離による影響を確認します」


そう言って、天城は鞄から細長いものを取り出した。


「……メジャー?」


「はい」


「なんで持ってんだよ!」


「研究室にありました」


「たぶんだけど、漫画研究部の部室だよな?」


天城は真剣な顔で、俺と自分の足元を測る。


「現在、約四十五センチ」


「知らなくていい情報だ」


「では、三十センチ」


近い近い近い。


「ちょ、天城!」


「心拍数が上昇しました」


「当たり前だろ!」


天城は少し考え込み、ノートに書く。


《距離三十センチ

 感情変化:あり(被験者のみ/要再検証)》


「俺だけ!?」


「対照実験の結果です」


対照実験って言うな。



途中の自販機で立ち止まる。


「飲み物を購入します」


「どうぞ」


天城は迷いなくボタンを押した。

……成長したな。


俺も同じ飲み物を買う。


天城がそれを見て言う。


「同一行動による親和性上昇を確認します」


「結果は?」


天城が一口飲んで、少し考える。


「……変化なし」


「だろうな」


《同一飲料選択

 ラブコメ的事象:発生せず》


毎回ちゃんと書くの、逆にすごい。



歩きながら、天城がぽつりと言った。


「本日は、全体的に不発です」


「わりといつもじゃん」


「はい」


即答だった。


「ですが、データは安定しています」


「それ喜ぶところか?」


「再現性が高いということです」


ラブコメの再現性って何だ。



帰り道の終わり。

分かれ道の前で、天城は立ち止まった。


ノートを閉じて、一言。


「本日の結論です」


「どうぞ」


「ラブコメは発生しませんでした」


「知ってた」


少し間。


「……検証は継続します」


「だろうな」


天城は小さくうなずき、ノートを抱え直す。


「では、また明日」


「ああ、またな」


天城はいつも通り、淡々と去っていった。



一人になった帰り道。

俺は空を見上げて思う。


今日も、何も起きなかった。

いつも通りで、特別なことはない。


――少なくとも、記録上は。


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