第6話 漫画研究部で検証する

放課後。

漫画研究部の部室はいつもより騒がしかった。



「失礼します。手伝いの佐藤です」


俺は初めて漫画研究部の部室に訪れていた。

ドアを開けてとりあえず中にいるであろう部員に対して挨拶をする。


「よろしくお願いします……って佐藤か」


部室の中にいたのは見知った顔だった。


去年同じクラスだった黒川ユズ。

今年は違うクラスだが、去年はなぜか何度席替えをしても俺の隣の席は黒川だった。そのせいで自然と会話する仲になった。


「田中先生が言っていた手伝いは佐藤……久しぶりだね」


田中先生は漫画研究部の顧問だ。


「久しぶり。田中先生は俺を便利屋かなにかと勘違いしているみたいで、色々と頼まれ事を受けてるよ」


「断ればいいのに」


「なぜか田中先生の頼み事は断りにくいというか、応えてしまうんだよね。」


「へえ」


黒川は興味なさげに答える。


黒川は去年と変わっていない。

特別盛り上がることもない会話も、嫌いではない。


「今日、見学が来るんだって?」


俺が言うと、向かいの席で黒川がうなずく。


「二人。どこの部活に入るか迷ってる一年みたい」


「へえ」


「佐藤はとりあえずいてくれればいい」


「手伝いとは?」


「わからないけど、田中先生は手伝いにいてもらうだけでいいって」


なんだそれ。


「説明とかは黒川がやる感じ?」


「いや、今回はもう一人の部員」


「もう一人?」


「そう。うちは私とその子の2人しか部員がいない」


「へえ」


「……佐藤も知ってる子だと思うけど」


田中先生が、なにもさせることがないのに手伝いをさせたかった理由――

嫌な予感がするかもしれない。


「ちなみに、もう一人って?」


「天城ヒナ」


嫌な予感しかしない。



漫画研究部の活動内容は、外から見ると分かりづらい。


原稿用紙、タブレット、資料本、ホワイトボード。

絵が描かれた紙もあるが、

グラフや図で埋め尽くされた紙も多く見かける。


「……本当に漫画部?」


初めて来た人間が、必ず言う言葉だ。


今日は、まさにその日だった。


一年生二人が、緊張した様子で部室に入ってくる。


「失礼します……

 あれ、ここって漫画研究部であってますか?」


「はい。ここは漫画研究部です。

 中へどうぞ」


対応したのは天城だった。


背筋を伸ばし、淡々と。


「漫画研究部では、

 創作活動と並行して、漫画表現の研究を行っています」


「描くために調べる、ってやつね」


少しわかりにくいと判断したのか、黒川が横で補足する。


一年生たちは、きょろきょろと部室を見回している。


「えっと……研究って、どういう……」


「例えば」


天城はホワイトボードに歩み寄る。


「ラブコメにおける感情変化の典型パターンです」


……それ出すのか。


黒川がちらっと俺を見る。


「佐藤、例」


「俺!?」


「被験者」


「被験者言うな。というか、なぜ知っている?」


「情報の共有は部として当然」


一年生たちは、なぜか興味津々だった。


「え、実際に検証してるんですか?」


「はい」


天城は即答する。


「日常環境下での反応変化を記録しています」


俺を見る。


「佐藤くんの協力により」


「協力って言い方やめろ!」


一年生が目を輝かせた。


例、ということで一年生の前でいつもの検証がスタートした。


「すご……リアル……」


「リアルって言うな」


黒川は楽しそうだった。



見学が終わり、一年生たちが帰ったあと。


部室は、また元の静けさを取り戻す。


「説明、完璧だったね」


黒川が言う。


「事実を述べただけです」


「でもさ」


黒川は椅子に座り直す。


「前なら、佐藤を“例”に使わなかった」


天城の手が、一瞬止まる。


「……そうでしょうか」


「うん」


黒川ははっきり言った。


「前は、研究と日常を分けてた」


天城は反論しない。


ノートを見つめたまま、考えている。



片付けのあと、俺は天城に聞いた。


「さっきの説明、俺でよかったのか?」


「何故、ですか」


「研究のほんの一部に触れているだけの俺でよかったのかなって」


「問題ありません」


即答。


少し間。


「第三者に説明する際、

 佐藤くんの存在を省略すると、

 研究内容が正確に伝わりませんでした」


「それ、つまり」


「重要変数です」


変数て。


「……不満ですか?」


逆に聞かれた。


「いや」


少し考えてから、


「悪くはない」


天城は、小さくうなずいた。


「記録します」


まただ。


だが、その表情はどこか柔らかい。



部室を出るとき、黒川が言った。


「佐藤」


「なんだよ」


「今日の天城、

 “研究者”として説明してたけど」


一拍。


「一番伝わってたのは、

 “隣に誰がいるか”だったと思う」


天城は、その言葉を聞いていないふりをした。


だが、ノートは開かなかった。


夕方の廊下を歩きながら、

俺は思う。


この研究は、

もう漫画だけの話じゃない。


――説明できるうちは、

まだ大丈夫なんだろう。


説明できなくなったとき、

何が起きるのか。


それを考えるのは、

まだ少し、先でいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る