第4話 特殊な例外は記録が必要
放課後。
俺はカズヤに呼び止められて、昇降口の近くにいた。
「なあ、ユウ」
いつもの軽い調子じゃない。
「……さっきのことなんだけどさ」
さっき、というのは昼休みの会話のことだろう。
「天城さんの前で、聞こえていたかもしれないのに、変なこと言ったかなって」
「変なこと?」
「ほら。近寄りがたい、とか」
ああ、やっぱり気にしてたのか。
「別に、悪口じゃないのは分かってるけどさ」
「悪口のつもりじゃ当然ない。
でも悪口と思われて当然の言い方をしてしまった」
申し訳なさそうに言う。
「近寄りがたいってのはこっちが勝手に思ってるだけで、天城さんはなんにも悪くないだろ?
俺なんかが天城さんみたいな天才美少女と仲良くできるわけないって勝手に思い込んでるだけなんだ」
そして少し照れたように笑う。
「それに、ユウの友人だ。俺も仲良くなりたい」
自分が間違っていたら素直に謝罪をする。
相手の気持ちを思いやる。
当然のことだが、それを即座に実行できる人間は決して多くはない。
三島カズヤは一見チャラチャラしていて頼りがいのない人間に見えるが、実のところは誠実で、友人を大切にする奴だ。
そんな彼に俺は救われたこともある。
きっと俺をいじりたくて『近寄りがたい』なんてことを言ってしまったのだろう。
「天城に、直接言うのか?」
「言う」
即答だった。
「誤解なら、ちゃんと謝りたいし」
◇
校門の近く。
天城は、いつものようにノートを抱えて立っていた。
「天城」
俺が声をかけると、こちらを向く。
「佐藤くん。何か用でしょうか」
「えっと……」
言葉を探していると、カズヤが一歩前に出た。
「天城さん」
「はい」
カズヤは、少しだけ姿勢を正した。
「昼休みのことで、謝りたくて」
天城は、ぱちりと一度まばたきをした。
「私に、ですか?」
「うん」
カズヤは視線を逸らさず、続ける。
「俺、天城さんのこと“近寄りがたい”って思ってた」
空気が、一瞬だけ張り詰める。
だがカズヤは、すぐに言い足した。
「それ、天城さんが悪いわけじゃない。
完全に俺の問題」
天城は黙って聞いている。
「頭いいし、綺麗だし、
俺みたいなのが話しかけたら邪魔かなって、勝手に思ってた」
「……そうですか」
天城は、静かに返した。
「でも」
カズヤは、俺をちらっと見てから、また天城を見る。
「佐藤と普通に話してるの見てさ。
あ、違うんだって思った」
そこで、少し照れたように笑う。
「だから、その……
勝手な見方してたこと、謝ります」
一拍。
「ごめんなさい」
深くはないが、はっきりとした頭の下げ方だった。
◇
天城は、しばらく何も言わなかった。
ノートを胸に抱えたまま、視線を落とす。
――怒ってる、わけじゃない。
考えている。
それが分かる沈黙だった。
「三島くん」
やがて、天城が口を開く。
「謝罪は、必要ありません」
「え」
「あなたの認識は、合理的です」
淡々とした口調。
「私が他者と距離を取っているのは事実です。
結果として、近寄りがたい印象を与えている」
カズヤは、少し困った顔をした。
「でも、それは……」
「ただ」
天城は言葉を切る。
「佐藤くんが、例外である理由が、まだ分かりません」
カズヤが、ぽかんとする。
「え、そこ?」
「はい」
天城は真剣だった。
「その点について、違和感があります」
カズヤは一瞬黙り、それから吹き出した。
「……なるほど」
そして、俺の肩をぽんと叩く。
「ユウ」
「何だよ」
「お前、思ってる以上に特殊だぞ」
「やめろ」
天城は、そのやり取りをじっと見ていた。
◇
カズヤが先に帰り、俺と天城だけになる。
「……怒ってないのか?」
「はい」
天城は即答した。
「三島くんの謝罪は、誠実でした」
少し間を置いて、
「データとしても、有用です」
「そこはデータなんだな」
「はい」
だが、ノートを開いたまま、ペンが止まっている。
「天城」
「……何でしょう」
「近寄りがたい、って言われるの、嫌じゃないのか?」
天城は、少しだけ考えた。
「嫌、という感情は発生していません」
それから、ぽつりと。
「ただ……」
また、その間。
「佐藤くんが、そう思っていなかったことは、
少しだけ……」
言葉が続かない。
「……記録が必要です」
そう言って、ようやくペンが動き出した。
俺は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
カズヤの言葉が、頭の中でよみがえる。
――お前、思ってる以上に特殊だぞ。
もしそうだとしたら。
この研究は、
もう「ラブコメの発生条件」なんかじゃない。
天城ヒナという人間を、
知っていく過程なのかもしれない。
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