第3話 天才と友人と、定義できない違和感
新学期からおよそ一週間が経過した。
探り合いがおよそ終わったクラスの人間関係は徐々にまとまってきた頃合いだと思う。
昼休み、
俺が購買で買ったパンを机の上に広げていると、背後から肩を叩かれた。
「よー、ユウ」
振り返ると、そこにいたのは三島カズヤ。
中学からの腐れ縁で、クラスでも数少ない気の置けない友人だ。
「相変わらず質素だな。焼きそばパン一本て」
「うるさい。お前は弁当持参だろ」
「愛妻弁当ってやつ」
「母親製だろ」
そんな軽口を叩き合いながら、いつものように並んで座る。
――と。
「……なあ、ユウ」
カズヤが声を潜めた。
「お前、天城さんと仲良くない?」
その一言で、心臓が一瞬だけ跳ねた。
「は?」
「最近ずっと一緒じゃん。登下校も、昼休みも」
俺は反射的に視線を逸らした。
「別に。世話係なだけだよ」
「はいはい」
全然信じていない顔だ。
そのとき、となりの席から視線を感じた。
天城ヒナ――いや、天城は、いつものようにノートを広げている。
が、ペンは止まったまま、こちらをじっと見ていた。
……聞こえてたか?
「で?」
カズヤがニヤニヤしながら続ける。
「実際どうなんだよ。天才美少女と青春してる感想は」
「してない!」
「声でか」
「変なこと言うなって」
「でもさ」
カズヤは顎で天城のほうを指す。
「ああいうタイプって、近寄りがたいじゃん。
なのにお前には普通に話してる」
俺は答えに詰まった。
確かに、天城は他のクラスメイトとほとんど会話をしない。
必要最低限、事務的。
それが天城ヒナの普通だと思っていた。
「……たまたまだろ」
「へー」
全然納得していない。
そのときだった。
「佐藤くん」
天城が、こちらを見て言った。
「その方は?」
「え? あ、こいつは三島。俺の友人」
「三島くん、ですね」
天城は一瞬だけ考える素振りを見せてから、丁寧に頭を下げた。
「は、はい!」
カズヤが明らかに動揺している。
無理もない。
天城ヒナは、そういう存在だ。
「佐藤くん」
天城は俺に向き直る。
「昼休み後、少し時間をもらえますか。
昨日のフィールドワークのログに、追記したい項目があります」
淡々とした口調。
完全に“研究の話”のはずなのに。
「お、おう」
そう答えた瞬間。
カズヤが、俺と天城を交互に見て、にやっと笑った。
「……なるほどな」
「何がだよ」
「いや?」
何も言わないのが一番怖い。
◇
昼休みが終わり、カズヤは席に戻っていった。
教室が少し落ち着いた頃、俺は天城に声をかけた。
「さっきの三島、どうだった?」
「どう、とは?」
「いや、その……変じゃなかった?」
「はい」
天城は即答した。
「平均的な男子生徒だと判断しました」
ひどくないか、それ。
「ただ」
ペン先が、わずかに止まる。
「佐藤くんと話しているときと、
私と話しているときで、反応が違いました」
「……え?」
「声の高さ、表情、身振り。
佐藤くんと話しているときのほうが、自然でした」
そんな分析、いらない。
「それが、何か?」
天城は少し考え込み、ノートに何かを書き足す。
「分かりません」
そして、珍しく曖昧な答えを口にした。
「ただ、少しだけ……」
言葉を探すように、間が空く。
「違和感がありました」
違和感。
その言葉が、なぜか胸に引っかかった。
「それも、ノートに書くのか?」
「はい」
天城はうなずく。
「定義できない現象は、記録する必要があります」
そう言って、またノートに視線を落とす。
横顔はいつも通り冷静で、理知的で、完璧だった。
――なのに。
俺は思ってしまった。
その「違和感」が、
ラブコメでも、研究でもないとしたら。
この研究は、また一歩、
危険な領域に踏み込んだのかもしれない。
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