高羅秦 過去と未来

五月後半の終わり頃。青色のデルフィニウムが咲く時。


俺は小さい頃から男が好きだった。それをおかしいと思ったことなんてなかった。皆男が好きだと思ってたから。でも、小五になれば皆彼女が欲しいと言って、女子にしか目を向けなかった。男子は、男子に対して恋愛対象としての目を一切向けなかった。

なんでだろうと思って先生に聞いてみた。「男の子が男の子に対してドキドキするのっておかしいの?」って。そしたら先生は顔を歪めて言った。

「男の子が男の子にドキドキする人はね、頭がおかしくで、自分たちとは違う人達なの」

って。ああ。自分はおかしいんだ。と思った。

今まで皆と違うところは、父親がいなくて母親は常に男と遊んでいるだけだと思ってた。けど、皆と俺の決定的な違いは、女の子を好きになるか、男の子を好きになるかなんだ。って感じた。

それから俺は、息を潜めて生きた。今まで仲良くしていた人には「最近体調が悪いんだ」って言って離れた。怖かった。俺が友達を好きになってしまうことも。俺が、同性愛者だとバレることも。だから息を潜めて。自分の存在を消すように生きてきた。

人が近づいてくるたびに思った

俺に近づくな!!俺に話しかけるな!!俺を存在するものとするな!!

って。いつも思った。近づかれると恐怖で満ちた。バレたんじゃないかって。話しかけられるとさらに恐怖で満ちた。バレたうえでからかってるんじゃないかって。

◇◇◇ ◇◇◇

高校生のある日。俺と同じように男が好きな男が集まるところがあるって小耳に挟んで、母親がいつも夜中にいないことを珍しくありがたく思いながらそこに向かった。でもそれが行けなかった。時間を戻すなら?と聞かれたらこの日に戻るだろう。もどって、過去の自分にいう。絶対に行くなって。けど、今までの人生の中で一番の幸福に包まれていたときでもあった。だから、わからない。一概にここに戻るかと言われたら。そして、忘れてたんだ。俺は変なんだってことを。

次の日、教室に入るといつもと違った。皆が俺を見た。いつも俺が教室に入っても、誰も俺に視線を向けなかったのに。その日、教室の皆が俺の方を向いた。なんでだろうと思った。その理由はすぐに分かった。教室前の黒板に書いてた。


高羅秦は同性が好きな異端者!!


って。周りには、他の字でマジで!?とか、ホント!?とか、俺らの教室に異端児がいたなんて!!とか、高羅神って誰??とか書かれていた。なんでだろう。って思った。誰にも言ってない。俺の秘密。バレるはずもない。そう考えてたら、一人の女子が近づいてきてこう言った。


「昨日、同性愛者が集まる建物に入って言ってた男子高校生ってお前でしょ?」


その言葉に対して俺は、違う。とも、そうだよ。とも言えなかった。だから何?友。昨日言われたんだ。「俺等同性愛者たちは、同性愛者ってバレたら何も言わず、そこにいないように生きていくのが、一番なんだ」って。でも、何も言わなかったのがだめだったんだ。「やっぱりあんただったんだ。昨日の男子高校生」って言われた。あの時の無言は、肯定だとみなされる。少なからずとも、『違う』に似た言葉を発していたら違ったかもしれない。

それからは地獄だった。目の前で、男同士の絡み合いを見せつけて、「こんな感じ?」って含み笑いで言われることも、先生に当てられて答える、そのたびに、クラスメイトに「それはホモの総意?」って聞かれることも。不登校になろうとした。でも、静かな部屋で、一人唯そこにいたら、さらに自分の異形さが浮き彫りになっていく気がして。怖かった。死のうとしたこともあった。でも、屋上に立つと足がすくんだ。「怖い!!死にたくない!!」っていう心の叫びと「死にたい。このまま生きても幸せなんてない」っていう心とが葛藤して、結局飛び降りられなかった。首を吊ろうとしたこともあった。だけど、輪っかに手をかけた瞬間、母親が「お前が死んだせいで私の人生は地獄だ!!」って。クラスメイトが「お前が死んだせいで、俺等の学校に捜査が入って、社会から拒絶された!!」っていう幻聴が聞こえて、結局首を釣れなかった。母親に話そうとしたこともあった。母親に話すために、夜中中起きた。でも結局その日は母親は帰ってこなくて。次の日も、夜中中起きようと思った。だけど、急に恐怖に包まれた。母親に、拒絶されたら、自分は本当の『孤独』に包まれる。金の稼ぎ口を自分で探して、奴隷のように働くしかなくなる未来が見えた。だから言うことができなかった。

結局自分は、親に、社会に拒絶されるのが怖くて何もできなかった。そして最後に手に入れたのは、拒絶と孤独。ああ。自分には何もないんだ。って思った。怖かった。

大学には、いった。これから、いい会社にはいって、母親に拒絶されても路頭に迷うことのないように、いい大学にはいって。

◇◇◇ ◇◇◇

零と出会ったのは、会社に入ったときだ。同じように新入社員だった。でも、そのときはさして注目しなかった。これからも、同じ職場ってだけで、仲良くすることはないだろうと思ってた。でも、零と俺との仲が決定的に変わったのは、俺が男とキスするところを見られたときだ。しまった。って思った。またあの高校時代に逆戻りするのは嫌だった。俺は、会社ではそこその女性陣に持ててたから、零もその中のひとりだと勘違いして、

「このことを黙ってくれるなら、何でもしてやる」

って言った。多分あの言葉は零にとってタブーなんだろう。あいつは、今までの人生で見たこと無い形相で

「何ふざけたこと言っとんねんアホんだら!!何でもやるっていうんはな、死んでやってもええ言うとるんと同じ意味やねん!!ふざけんな!!ってか、今の己のことを他人に言ったとて信じる輩はおらんやろーが。んなこと言ってるから、他の女がつけあがるんちゃうんかいな」

って言われた。まさか、なんの対価もなしに、このことを黙ってくれる人はいないって思ってたから。驚いた。

「なんで言わへんの?」

って、とっさに口から出た言葉は、本心だった。なんの対価もなしに、他人を陥れられるチャンスなのに、何も求めない。俺はこのときほど、混乱したことはなかったと思う。

「なんでって、俺が両性愛者やから」

帰ってきた言葉に耳を疑った。まさか、同じ会社に俺と一緒の異端者って言われてきたやつがいるなんて。って。俺はとっさに

「同じ会社に俺と一緒の異端者がいるなんて想像してなかった。」

って言った。でも、帰ってきた言葉は、

「今は、社会的に認められてきてるから、異端者じゃなくて、LGTBTQ+当事者っていうんやで。まあでもいちいち言うの面倒くさいから、俺は当事者とか俺等とか言ってるけどな。」

まさか、今まで異端者とか異端児って言われてきてたものに、今では社会的に認められてるなんて信じられなかった。それに、きっと異端児って言われてきたであろうこいつが、自分に向き合って自分に関することを調べているなんて、自分ではできなかったことを、こいつがしてるなんて。すごいよりも、悔しいが勝った。社会人になった時、高校生の時のことはなかったことにしようと決めたのに。結局自分は今も、高校生時代の出来事に縛られている。今までの社会人人生は、強がって、見えを張って、気にしていないように見せただけの、ハリボテなんだって。そう思ったら、怖くなった。だけどそれと同時に、こいつと仲良くなったら、きっと自分と本当の意味で向き合えるって思ったら、勝手に口が動いてた。

「なぁ、アンタ。俺と一緒の会社に努めてるよな?これから仲良くしてくんね?」

って。でも言ってる途中で思った。きっと無理だろうなって。だって、相手の逆鱗に触れて、急に仲良くしようって言われたら、不信感丸出しだ。だから、言葉を取り消そうと口を開きかけた時、

「いいよ。俺、天藤零。これからよろしく。零って呼んでくれると助かる」

って言われた。驚いた。まさか許可されるって思ってなかったから。でも、同時に嬉しかった。初めて、自分を認めてくれる友人ができた気がして。

「わかった。俺は、高羅秦。秦って呼んでくれ。これからよろしく」

その日はそれだけで分かれた。

◇◇◇ ◇◇◇

次の日、昨日のことは、自分に都合の良い夢なんじゃないかって思いながら通勤した。でも、夢じゃなかった。エントランスで、零が話しかけてきた。

「よお。おはよー。いやーやっぱり眠いな。ってか、今日飲み会だろ?最悪だー。行きたくなーい」

夢じゃなかった。昨日の出来事は現実だったんだ。そう思うと、心に空いた穴が塞がっていくような気がして。

「ん?なんか返事しろよ、秦」

「いや。ワリー。聞いてなかったわ」

「何だと!!お前、聞いてなかったって、無いわー。よし、もっかい説明っすからちゃんと聞けよ」

「あーアリガト」

嬉しかった。楽しかった。こんなに気兼ねなく話しかける友人ができるなんて思わなかったから。だから、やっぱり、時間を戻すなら?と聞かれたら即答する。高校時代に戻って、過去の俺にいう。社会人になったら、今までにないくらい中の良い友人ができるぞ。って。

◇◇◇ ◇◇◇

「おい!秦。この後ちょっと付き合え。」

「どこに?」

「Vielfalt!!」

まただなって思ったよ。零はいつも突拍子もないこと言って、俺を振り回すから。もうなれた。って思ってただけだった。

「どこだよ。」

「SDCTの友達から教えてもらった!!俺等みたいなやつが集まるカフェなんだって。」

まさか。って思った。だけど、そんなのがあるのなら言ってみたいとも思った。だから俺は渋々感を出してついて行った。

◇◇◇ ◇◇◇

今思えば、あの時、零と出会わなかったら、俺はVielfaltっていうカフェも、俺らと一緒の仲間もできなかったと思う。

俺の人生は、零に出会って、進んだ。自分のことを否定することも今ではまったくない。自分は自分のままでいいんだとわかったから。零には感謝しきれないほどの感謝がある。だから、俺は、俺だけは、零が窮地に陥った時、最後まで零の味方でいようと思う。


五月後半の終わり頃。青色のデルフィニウムが咲く時。高羅秦は過去を思い出し零を守るという未来を見据えた。

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