第7話 騎士団長としての重圧

sideアデルハイト・フォン・グラーツ。



 私は、女であり、元帥家の血を引く侯爵家の唯一の跡取りとして育てられた。


 第二騎士団長、アデルハイト・フォン・グラーツである。


 肩書きだけなら、誰もが頭を下げる。


 ……でも、それだけだ。


 頭を下げるのは、表だけ。裏では、ずっと言われてきた。


 女のくせに。

 飾りのくせに。

 どうせ最後は結婚して消えるくせに。


 だから、私は剣を鍛えた。


 昔から剣を振るうの好きだった。


 騎士は舐められれば終わる。


「くっ! 女のくせに」


 私の前に倒れた第三騎士団長スネーク・シャドーブロー


 強かった。だが、私が強さを証明する相手として丁度よかった。



 幼いころから、家の教育は厳しかった。


「侯爵家として当たり前の働きをしろ」

「元帥家の娘だ。弱音を吐くな」

「礼儀、作法、政治、社交。全てできて当然だ」


 できなければ、怒鳴られた。

 できても、褒められたことはない。


 当たり前だから、だそうだ。


 どこへ行っても私には好意的な視線はなかった。


 剣を握れば「女の遊び」と笑われ、魔法を学べば「元帥家の娘が魔導士の真似事か」と鼻で笑われた。


 私は、ただ役に立ちたかっただけなのに。


 役に立つことが、私の価値だと思っていた。だから努力した。努力したぶんだけ、余計なものも付いてきた。


 鏡を見るたびに、ため息が出た。


 髪が赤いのも。

 顔立ちが整っているのも。

 胸が大きいのも。


 目立つ容姿を私が選んだわけじゃない。


 なのに、世間はそれを私の「罪」みたいに扱う。


 男たちの視線が降ってくる。


 剣ではなく、胸へ。

 言葉ではなく、身体へ。


 気持ち悪い。そう思って睨みつければ、


「女の癖に気が強い」

「美人が偉そうに」


 ……何をしても言われる。しつこく、形を変えて刺してくる。


 結局、私は「私」じゃなくて、妬ましい女として見られるだけだった。



 第二騎士団に入ってから、それはもっと酷くなった。


 剣の腕が上がれば上がるほど。功績が増えるほど。妬みも増える。


「元帥家のコネだろ」

「女の団長? 笑える」

「どうせ王城の飾りだ」


 面と向かって言う者は少ない。


 だが、面倒な仕事を押し付けられることが増えた。できない仕事をではない。やれば終わるはずの仕事を、増やされる。


 終わらせても終わらせても、机に積まれる書類。


「第二騎士団長は頭が良いのだろ?」

「第二騎士団長なら片付けられるさ」

「第二騎士団長に回しておけばいい」


 ……雑用ばかりが増えていく。地獄だ。


 私が断れば?


「女は感情的だな」

「器が小さい」

「こんな仕事もできないのか?」


 私が受ければ?


「ほら、便利だ」

「女は言えば動く」

「はっ、やって当たり前だろ?」


 詰んでいる。だから私は、舐められないように振る舞った。


 声を低く。

 目を鋭く。

 笑わず。

 近づけず。


 訓練場では、常に殺気を纏った。


 そうしなければ、女は押し潰される。

 そして気づけば、私は人を信用しなくなっていた。


 第二騎士団の者たちとの間にも溝ができていた。


 我が隊員を信用できない。


 軽い人間不信? そんな可愛いものじゃない。


 私は、期待しないことを覚えた。期待しなければ、裏切られても痛くないから。



 新しい騎士見習いが入ってきた。


 見習いの整列。


 いつもの儀式。

 いつもの視線。


 邪な視線。

 憧れの視線。

 敵意の視線。


 どれも、私の中身を見ていない。


 私が言葉を吐けば、空気が凍る。そうやって、全員を黙らせる。


「死にたくなければ、死ぬほど鍛えろ」


 私が言うと、男どもは目を輝かせる。……馬鹿みたいだ。私が何を言っても、結局は「女団長の口から出る台詞」という色眼鏡で見られる。


 いつものことだ。


 そう思って、列をなぞった。


 その時ひとりだけ、違う目があった。


 見習いの中にいるはずなのに。


 獲物を見る目でもない。

 女を見る目でもない。


 覚悟を示す騎士の目。


 昔、私が憧れた祖父と同じ戦場に赴く覚悟を示す。


 恐怖にすら、飲まれていない目。


 それが、腹立たしくて同時に、妙に心を落ち着かせた。


 私は、その男を指した。


「貴様、名乗れ」

「ホ、ホートです! ホート・ルベル!」


 声が裏返りかけている。


 緊張している。でも、目だけは逃げない。


 ……面白い。私は確かめたくなった。


 こいつもどうせ、他と同じなのか。


 結局は胸を見るのか。

 結局は私を褒めて、取り入ろうとするのか。

 結局は元帥家を恐れて、媚びるのか。


「ホート。前に出ろ」


 ざわつく空気。


 いつも通りに殺気を放って周囲を黙らせる。


 そして、彼に近づいた。顔を覗き込む。


 男どもはここで視線を落として、胸を見る。


 次に顔を見て、欲と軽蔑が混ざった目になる。


 ……だが、ホートは違った。


 視線が落ちそうになって、必死に耐えている。耐える? 私の目を見続ける。変な奴だ。だからこそ、口をついて出た。


「……いい目をしているな」


 否定するところまで、予想通りだった。


 だが、私はその否定の仕方で分かった。


 自分を盛らない。

 取り繕わない。

 媚びない。


 こいつならもしかしたら使えるかもしれない。


 私は机の書類を思い出した。


 あの地獄。押し付けられ続けた、私の弱点。


 その弱点を、こいつに見せたらどうなる?


 幻滅して、笑うか。

 軽蔑して、去るか。

 それとも、利用してくるか。


 どれでも構わない。私はもう、期待しない。期待しないから、試せる。


 どうせ見習いだ。


「お前に地獄をみせてやる」

「地獄!」


 感情が表に出ている。馬鹿正直だ。


 ホートを連れて、私は部屋へと連れていった。


 扉を開けた瞬間。ホートの顔から、言葉が消えた。


 紙の山を見て、固まった。……そうだろう。


 誰だって固まる。私は平然と机へ向かい、紙の大陸の上に座った。


 見栄だ。平然としていなければ、負けだから。


「これが地獄だ」


 そう、私にとっての地獄。騎士団というしがらみに囚われた。


「貴様には補助として働いてもらう」


 この瞬間、ホートが、私を見ていた。


 胸でも、顔でもない。

 紙でもない。

 私自身を。


 なぜだか、その瞳が怖いと思った。


 人を信用しないと決めたのに。こいつだけは、何かが違う気がしてしまう。違う気がする、というのは危険だ。


 期待してしまう。私は、問いかけた。


「幻滅しただろうか?」


 答え次第で、終わらせる。終わらせて、またいつもの孤独に戻る。


 それでいい。それが私の生き方だ。


「幻滅しておりません」


 即答。そして、次の一言が私の予想をぶち壊した。


「少しだけ、可愛いと思いました」

「かわっ!? 可愛いだと!」


 腹が立った。

 恥ずかしかった。


 でも、不思議と、嫌ではなかった。


 媚びじゃない。

 恐れでもない。

 遠慮でもない。


 ただの、正直。私はその瞬間、初めて気づいた。


 この男は私を「女」として扱っていない。

 私を「団長」として持ち上げてもいない。

 私を「元帥家」として恐れてもいない。


 じゃあ、何を見ている? ……面倒な女か? 散らかった部屋か? 不器用な人間だと笑うのか?


 どれとも違っていた。


 ホートは……。


 手を動かした。どんどん綺麗になっていく。整理整頓が行われて、無限に続くと思った書類の山が積み上がっていく。


「これは団長が選定してください」

「えっ?」


 全部をやらずに私に仕事をさせた。


「ううう、ホートは鬼だ!」


 私に仕事させる。負担をかける。だけど、今まではどうすればいいのかわからなかった仕事が、ホートが選別してわけてくれたことでスムーズに終わっていく。


 終わった仕事はホートが各所に運んで、部屋から追い出す。


 そして、戻ったホートが急ぎの物を選んで渡してくれた。


「疲れた」


 専属になって欲しいという申し出を軽くあしらわれた。


 いつの間にかホートへの口調が砕けたものへと変わってしまっている自分にも気づいた。もう恥ずかしい姿を先に見せたからだろう。


「……団長。紅茶、飲みますか?」

「飲むぞ!」


 恥ずかしながら、貴族の令嬢として習う紅茶だが、淹れるのが苦手だ。いつも渋くなって不味くなる。


 だが、ホートが淹れてくれた紅茶は美味かった。


 期待しないと決めた心の奥が溶かされる。


 小さな、小さな火が灯った。


 腹立たしい。怖い。でも……少し、温かい。


 私は、カップを握りしめた。そして思う。


 この男が、私の前に現れたのはきっと偶然じゃない。私の地獄に踏み込んできた、初めての人間だ。


 何よりも、こいつが居れば仕事がスムーズに進んでいく。

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