【善と悪】「善」とは持続であり、「悪」とは自滅である

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

「善」とは破壊を選ばないという、人が生き延びるための決断である

「ルール」は誰のために存在するのか。この問いは一見すると道徳的で、あるいは政治的な問いに見える。しかし実際には、それはもっと冷徹で、生存に直結した問いである。


ルールは善人のためにある。同時に、悪人のためにもある。これは矛盾ではない。善なる者が作り出した秩序は、善人だけでなく、悪人をも包み込んでしまう構造を持っているからだ。悪人であっても、ルールのある社会の方が生きやすい。ルールが存在することで、暴力は抑制され、裏切りには代償が生まれ、予測可能性が確保される。悪人は善を尊敬してルールを守るわけではない。ルールが存在した方が、自分にとって都合が良いから守るのである。


もしルールが存在しなければどうなるか。善人は傷つき、悪人同士は互いを疑い、やがて潰し合う。そこには安定も継続もない。暴力は連鎖し、裏切りは無限に増殖し、社会は一気に崩壊へ向かう。つまり、ルールとは善人のための理想装置ではなく、社会全体が壊れないための最低条件なのである。


皮肉なことに、悪人ですら善の作り出した枠組みに守られている。法律、契約、信用、秩序、これらはすべて善を前提として構築されたものであり、悪はそれを破壊する側に位置しながら、その内部でしか生きられない。悪は善を否定するが、善の外では存在できない。ここに、善と悪の決定的な非対称性がある。


善は、善人も悪人も生かす。善は社会を持続させる力を持つ。一方で悪はどうか。悪は一時的な利益や快楽をもたらすことはあっても、長期的には必ず破壊を内包する。悪は他者を傷つけるだけでなく、最終的には自分自身の立場、信用、居場所をも削り取っていく。悪は構造的に自己破壊的なのである。


この点を見誤ると、善は綺麗事に見え、悪は賢い選択に見える。しかしそれは短期的な視野に囚われた錯覚だ。善は目立たず、即効性も乏しいが、時間と共に積み上がる。悪は派手で即効性があるが、必ずどこかで破綻する。ここに、持続と破壊の違いがある。


人が善を選ぶべき理由は、感情や理想ではない。優しくなりたいからでも、立派な人間になりたいからでもない。善を選ばなければ、生き延びられないからである。これは冷たい現実だが、目を逸らしてはならない現実だ。


悪を選び続けた人間は、必ず信用を失う。信用とは目に見えないが、社会を生きる上で最も重要な資源である。信用があるから任され、信用があるから助けられ、信用があるから関係が続く。悪はこの信用を確実に削る。最初は小さな亀裂かもしれないが、それは確実に広がり、やがて修復不能な断絶になる。


現代社会では、このプロセスは特に速い。情報は共有され、評判は蓄積され、過去の行為は消えない。一度悪として認識された人間が信用を回復するのは、極めて困難である。孤立は加速し、選択肢は減り、最終的には社会的に生きる場所を失う。悪は自由を与えるように見えて、実際には可能性を奪っていく。


善を選ぶということは、他者のために自己犠牲をすることではない。自分を守るための選択である。自分がこの社会の中で、孤立せず、信用を持ち、関係の中で生き続けるための、唯一現実的な道なのである。


ここで重要なのは、善を理想化しすぎないことだ。善とは完璧さではない。失敗しないことでも、常に正しいことでもない。善とは、破壊よりも修復を選ぶ姿勢であり、短期的な得よりも長期的な持続を選ぶ判断である。その積み重ねが、結果として自分を生かす。


悪は派手だ。善は地味だ。悪は語りやすく、善は語りにくい。しかし、語りにくいからこそ、善は構造として社会に浸透する。人々が意識せずとも守っているルールや暗黙の了解は、その多くが善の結晶である。


だから、すべての人が善を目指す必要がある。それは道徳教育のためでも、他人に評価されるためでもない。悪では人は生きられないからである。悪は孤立し、分断し、最終的には自分自身を破壊する。


善でしか人は生きられない。これは美しい理想論ではない。感情に訴えるスローガンでもない。社会の構造を冷静に見たときに導かれる、避けがたい結論である。善とは、生き残るための選択であり、持続するための条件であり、人が人として社会の中に留まり続けるための、唯一現実的な道なのである。

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