第5話
ただしそれで話が終わらなかったので、私はまた目を開けることになる。
魔法のちからってすげー。現代医において飢餓状態で気絶している人間に栄養補給をさせる方法なんてあんまりない。点滴くらいか? それも消費カロリーに足りないらしいが、魔法はその壁を容易くぶち破ってきた。対象の胃袋に食物をそのまま転移させる、という魔法医学を私は施されたらしい。怖い。胃が荒れそう。だが次に目を覚ました時に特別内臓に負担が掛かっていたという感覚もなかったので、魔王は相当上手くやったようだ。これ逆に体中の内臓を体の外に転移っていうことも……いいいい。怖すぎる。考えるのをやめよう。
さらっと流してしまったが、そう魔王だ。こんなに無駄に器用なこと、魔族の王であり、魔術王でもある魔王にしか出来ない。
疑問は当然、なんでそんな人の手ずから人間の命を救ったのか、である。
「おい、口を濯いでから水を飲め。口も喉もしばらく使っていなかったんだ。大切にしろ」
反応しようにも指摘通り声が出なかったので言われたとおりにした。それでもついで出た声ははちゃめちゃに掠れていた。うぅ龍角散のど飴欲しい。ちなみに水を飲む時にめっちゃ噎せたので今魔王にめっちゃ背中摩られている。なんでそんな面倒見の良いことをしているんだろう、この人。
「……あの」
ようやく声と呼吸を整えて、慣れた様子でベッドサイドに置かれた椅子に座る魔王に目をやった。彼もまた私をジッと見つめ返している。というか多分顔色を見られている。信じられないがこの魔王、真っ当に私の心配をしているようだ。
「何故、助けるのですか?」
ゴホゴホと咳き込みながらゆっくりと問いかける。自然優しそうな声になった。ひょっとしたら姫君とは本来これくらいの声量でこれくらいゆっくり話すものなのかもしれない。
「お前がロロアの主だからだ」
んえ? 返答に思わず首を傾げた。
逆だろ。私がロロアの主もとい人間の国の姫だから拐ったんじゃなかったのか。
「お前はロロアをどう思っている」
「頼りになる私の騎士ですわ。人並み外れた強さを持つ国一番の剣士……まさか」
「そのまさかだ。ロロアは人間じゃない」
えっ。私はまさか今生前やっていたエロゲのネタバレをくらってんの? 呆然とする私にさも当然と魔王は言葉を続ける。
「正しくは半分は人間じゃない。魔物の血を引いているんだ。俺と同じようにな」
「貴方も人と魔物の間の子なのですか? いえ待って。ロロアの血筋を知っているということはひょっとして」
「ロロアは俺の妹にあたる」
とはいえ向こうは覚えちゃいないだろうが。魔王の呟きに私は追いつけていない。まさかのネタバレである。まお×ゆうって近親相姦でもあったのかよぉ! 癖のバーゲンセールじゃないんだぞ。それに普通に苦手な人もいるんだから後出し近親相姦はやめろや。トラウマになる。
「……なるほど? 魔物としての身体的特徴を隠せない貴方は魔族界で生き、逆に人間として暮らせそうなロロアは人間界で生きてきたと」
「そうだ。だが半端者である俺に居場所などなかった」
それは亜人にしてはイケメンであったことが関わってきそうだな。人間に理解出来る容姿は魔族にとっては異形なのだろう。魔族も変なところで人間くさいな。
「だから生きていくために、居場所を作るために魔王へと成った。成ってようやく同胞があったことを思い出した。情はなくとも血を分けた相手だ。さぞや苦労しているかと思えば」
魔王は心底憎たらしそうに奥歯をぎりっと噛み締めた。
「ロロアにはあんたという居場所があった」
……そっかぁ~、憎しみすらあるのかぁ。だから姫君を拐ってオーク姦させようと考えたのかな? 憎らしいロロアの居場所を奪って壊すために? 最悪なんですケド。繁殖目的も最悪だがこれは最低最悪だろ。シオン姫のことなんだと思ってるんですか!
いや今はそれはいい。良くはないがひとまず置いておいて。どういうことだ。ロロアの主だから壊してしまいたかったのに、ロロアの主だから生かす? 私の知らない間にロロアとの関係改善の嚆矢でもあった?
「誇り高いだけの女であれば敬意を抱いていた」
魔王は私に聞かせるというより、独り言のように呟いた。
「責務に忠実で折れず屈せず、矜持を守ったまま死ぬのであれば、それは生き物として尊敬に値する。人にもそういう生き様を示すものがあるのだと、俺は高く評価した。……敬意を評して戦争を止めたって良かった」
独り言で情報を整理している。ということはつまり。
「なのに死を躊躇う。助けが来る希望に縋ったわけではあるまい。俺が姿を現せば直ぐ様死にに行った。何故だ? そのクセ命乞いもしない。何なんだお前は」
魔王自身も私を助けた理由などわかっていないのだ。ロロアの主だから奪おうとしたのに、その主が人として優れていた。私は言わば魔王の個人的な事情に正面から立ち向かい、打ち勝ったのだ。
そして覚悟とは一度示せばお仕舞いなのではない。一度決めればずっとその覚悟を背負わなくてはならないもの。そして人だから心が揺れることも当然あるのだ。だから自殺を躊躇ったし、希望を夢見た。弱気になってもいいじゃない、にんげんだもの。魔王が現れた時に喉を突こうとしたのは単純に理性が勝っただけだ。
しかし彼にかけるべき言葉はこれじゃない。魔王は別にそれを知りたいわけではない。であれば何だろうな。魔王がゲーム上で一切絡まないシオン姫を助け、介護までして生かし続けている理由。
多分これじゃないかなぁ。
「私は貴方の居場所にはならないですよ」
ハッと弾かれたように魔王は私を見た。
「私がロロアの居場所であったこと。第三者から見てもそうであったのであれば、それは喜ばしいことですわ。ですけどね、私はロロアだから受け入れたのです。ロロアは貴方とは違う。貴方はロロアにどれほど近くてもロロアにはなれないのです。
私は貴方のための何者にもなりませんわ」
ハッキリと魔王は傷付いた顔をした。気の毒に。私に何を見たのかは知らないが、救われると思ったのだろうか。だが私は人間の国の姫で彼は魔族の王だ。相容れないのは何よりもわかるだろうに。
ここで殺されるかもなぁとジッと魔王の顔を見た。強張った顔は直ぐ様顰められた。何かを堪えるようにギュッと目を瞑り、しかし再び開けられた時、私はドキリとした。胸に広がったのはときめきではない。嫌な予感である。
「いいや。お前には俺のための何者かにはなってもらう」
覚悟を決めた顔だ。嫌だな、今度は私何に巻き込まれるんです?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます