第6話 主役ではない結末


 均衡炉が、

 沈黙してから

 三日が過ぎた。


 世界は、

 すぐには

 変わらない。


 英雄が消え、

 制度が壊れ、

 それでも、

 朝は来る。


 人々は、

 戸惑いながら

 歩き出していた。


「……思ったより、

 混乱は少ないわね」


 ミュゼが、

 街を見下ろして言う。


「英雄がいないと、

 何もできないと

 思ってた人ほど、

 動き始めてる」


 リゼアは、

 腕を組んだまま

 頷いた。


「自分で

 決めなきゃ

 ならないから」


 アルトは、

 少し離れた場所で

 荷袋を背負い直す。


 中身は、

 昔とほとんど

 変わらない。


 刻印具。

 修理道具。

 保存食。


 そして、

 誰かのための

 余白。


 ◇


 均衡庁は、

 解体された。


 管理官は、

 裁かれ、

 記録は、

 開示される。


 英雄譚は、

 書き換えられた。


 いや――

 書き換えられなかった。


 あまりに、

 多くが

 空白だった。


「物語に

 できないのよ」


 ミュゼは言う。


「支えた人の

 名前が

 多すぎて」


 リゼアが、

 苦笑する。


「派手さが

 足りない」


「ちょうどいい」


 アルトは、

 静かに答えた。


 英雄譚は、

 派手であるほど

 歪む。


 ◇


 出発の日。


 三人は、

 街の外れに

 立っていた。


「……本当に、

 行くのね」


 ミュゼが言う。


「世界中に、

 歪みは残ってる」


「均衡炉が

 なくなっても」


「だからこそ」


 アルトは、

 前を見る。


「俺たちの

 仕事がある」


 リゼアは、

 剣を担ぐ。


「前に立つのは、

 私」


「後ろは?」


「任せて」


 アルトは、

 短く答えた。


 その配置は、

 最初から

 変わらない。


 ◇


 街の門が、

 開く。


 誰も、

 見送らない。


 称号も、

 記録も、

 ない。


 だが。


 すれ違う人が、

 小さく

 頭を下げた。


 理由は、

 分からない。


 感謝か、

 期待か、

 ただの挨拶か。


 それでいい。


 アルトは、

 歩きながら

 思う。


 英雄にならなくて

 よかった。


 主役にならなくて

 よかった。


 前に立つ

 覚悟も、

 後ろに立つ

 選択も。


 どちらも、

 間違いじゃない。


 ◇


「ねえ、アルト」


 リゼアが、

 ふと聞く。


「もし、

 最初から

 全部知ってたら」


「それでも、

 荷物持ちを

 選んだ?」


 アルトは、

 少し考えてから

 答える。


「……たぶん」


「俺は、

 剣を振るより」


「誰かが

 振れるように

 整える方が

 性に合ってる」


 ミュゼが、

 小さく笑う。


「最初から、

 主役じゃ

 なかったのね」


「はい」


 アルトも、

 笑った。


「でも」


 一歩、

 踏み出しながら

 続ける。


「物語の中心に

 立たなきゃ、

 支えられない

 瞬間もある」


「だから――

 必要な時は

 前に出ます」


 リゼアが、

 満足そうに

 頷いた。


「それでいい」


 ◇


 夕暮れ。


 三人の影が、

 地面に伸びる。


 誰が前で、

 誰が後ろかは、

 分からない。


 それでいい。


 英雄譚は、

 終わった。


 だが、

 世界は続く。


 名もなき

 支えが、

 そこかしこで

 生まれ続ける。


 アルトは、

 荷袋の重みを

 確かめる。


 今日も、

 世界は

 少し歪んでいる。


 だから、

 整える。


 剣を持たず、

 名を残さず。


 それでも、

 確かに。


 荷物持ちの俺は、

 自分の役割を

 選び続ける。


 主役ではない

 結末を――

 誇りとして。


--完--

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荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件(第三部) 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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