第5話 均衡の正体
均衡庁の中枢は、
地下深くにあった。
光を抑えた回廊。
音を吸う床。
人の気配は、
ほとんどない。
「……ここが、
世界の裏側ね」
ミュゼが、
小さく呟く。
リゼアは、
剣を抜かず、
手を添えるだけ。
「警備が薄い」
「正確には、
必要ないのよ」
ミュゼが答える。
「ここは、
“敵が来る前提”で
作られてない」
アルトは、
足を止めた。
空気が、
重い。
魔力ではない。
意志でもない。
ただ、
流れ。
世界そのものが、
ここに
集まっている。
◇
最奥。
巨大な円環が、
宙に浮いていた。
無数の刻印。
絡み合う数式。
拍動する光。
「……これが」
ミュゼが、
息を呑む。
「均衡炉」
アルトは、
理解していた。
英雄を選び、
歪みを集め、
世界を保つ。
だが――
違う。
「これは、
支えてない」
言葉が、
自然に出る。
「抑えつけてる」
リゼアが、
眉をひそめる。
「どういうこと?」
「均衡炉は、
歪みを処理してない」
「一箇所に
溜めてるだけだ」
アルトは、
円環の中心を
見つめる。
そこに、
見えた。
無数の、
英雄の痕跡。
名。
記録。
感情。
すべてが、
圧縮され、
消費されている。
◇
「英雄は、
燃料……?」
リゼアの声が、
震える。
「正確には、
“緩衝材”ね」
ミュゼが、
唇を噛む。
「世界の歪みを
直接受けないために」
「英雄という
人格を挟んでる」
「だから、
壊れる」
アルトは、
一歩進んだ。
均衡炉が、
反応する。
光が、
乱れ――
収束する。
「……来たか」
声。
均衡庁の
最高管理官。
老いた男が、
円環の前に
立っていた。
「理解が、
早いな」
「君こそが、
最適だった」
アルトは、
首を振る。
「俺は、
英雄にならない」
「均衡炉も、
必要ない」
管理官は、
静かに笑う。
「世界は、
理想だけでは
回らない」
「誰かが、
歪みを
引き受けねば」
「だから、
英雄が必要だ」
◇
「違う」
アルトの声は、
低く、
揺るがない。
「歪みは、
押し付けるものじゃない」
「分け合うものだ」
均衡炉が、
軋む。
アルトは、
両手を
円環へ伸ばす。
刻印を、
描かない。
魔力を、
流さない。
ただ――
“通す”。
世界の流れを、
そのまま。
「やめろ!」
管理官が、
叫ぶ。
「均衡が、
崩れる!」
「いいえ」
ミュゼが、
静かに言う。
「これは、
初めての
均衡よ」
◇
光が、
拡散する。
英雄の痕跡が、
解き放たれる。
苦しみ。
怒り。
願い。
それらが、
世界に
戻っていく。
リゼアは、
剣を地に突き、
踏ん張った。
「……重い」
「でも、
一人じゃない」
均衡炉は、
崩壊しない。
形を、
変えただけだ。
中心は、
空白になる。
英雄も、
炉もない。
ただ、
流れだけが
残る。
◇
静寂。
管理官は、
膝をついた。
「……これでは、
管理できない」
アルトは、
答えない。
管理など、
最初から
必要なかった。
人は、
支え合える。
英雄が
いなくても。
「……行こう」
リゼアが、
言う。
アルトは、
最後に
振り返った。
均衡の正体。
それは、
力ではなく――
恐怖だった。
恐怖が、
英雄を生み、
英雄が、
恐怖を隠す。
その輪を、
今――
断ち切った。
世界は、
不安定になる。
だが、
初めて
自分の足で
立つ。
それでいい。
英雄譚の、
終わりは近い。
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