第10話 支えない選択
レンヴァ市を出た夜、
雨が降り始めた。
静かな、
逃げ場のない雨。
道を濡らし、
足音を消す。
「……監視、
増えたわね」
ミュゼが、
空を見上げる。
「ええ」
歪みは、
露骨だった。
隠す気すらない。
均衡庁は、
もう引かない。
「次は、
どうする?」
リゼアが、
歩きながら聞く。
答えは、
胸にあった。
だが――
口に出すのは、
少し怖い。
「……支えません」
二人が、
同時に立ち止まる。
「正確には」
俺は、
続けた。
「“今は”
支えない」
雨音が、
強まる。
「どういう意味?」
ミュゼの声は、
低い。
「これまで俺は、
歪みを見つけたら
即座に整えてきました」
「人の選択より、
結果を優先して」
リゼアが、
静かに聞いている。
「でも、
レンヴァで見た」
「人が迷い、
失敗し、
それでも立つ姿を」
拳を、
開く。
「歪みの中には、
人が選ぶために
必要な揺れもある」
「それを、
全部消したら」
「人は、
立てなくなる」
ミュゼが、
目を細める。
「調整士としては、
危険な思想ね」
「分かってます」
即答する。
「だから、
選びます」
足を止め、
二人を見る。
「壊れる歪みだけを、
支える」
「成長の揺れには、
手を出さない」
沈黙。
雨が、
三人を包む。
「……それは」
リゼアが、
ゆっくり言う。
「あなた自身が、
裁定者になる
ということ」
胸が、
強く鳴る。
「はい」
否定は、
しない。
「怖い?」
ミュゼが、
問いかける。
正直に、
頷く。
「でも、
逃げたくない」
その瞬間。
遠方で、
大きな歪みが
爆ぜた。
悲鳴。
魔力の乱流。
――英雄誕生の、
典型。
「行くわよ」
リゼアが、
剣を抜く。
街は、
小さな集落。
魔物は、
強力だが、
倒せる。
問題は――
誰が前に立つか。
若い男が、
剣を握っている。
恐怖と、
使命感。
歪みが、
一点に集中する。
英雄に、
なりかけている。
俺は、
足を止めた。
「……アルト?」
ミュゼが、
振り返る。
「支えません」
はっきり、
言う。
「彼が選ぶなら、
止めない」
「でも、
背負わせもしない」
歪みを、
均さない。
だが――
断ち切る。
集中を、
拡散させる。
一人に、
集まらないように。
結果。
男は、
一歩下がった。
代わりに、
三人が前に出る。
震えながら、
それでも。
魔物は、
退けられた。
勝利は、
小さく。
犠牲も、
最小。
誰も、
英雄には
ならなかった。
夜明け。
空が、
白み始める。
「……これでいいの?」
ミュゼが、
静かに聞く。
「分かりません」
正直に、
答える。
「でも」
朝日を見る。
「誰かの人生を、
勝手に決めるより」
「ずっと、
いい」
リゼアが、
剣を収めた。
「あなたは、
もう支える人じゃない」
「選ばせる人よ」
その言葉が、
胸に残る。
支えない選択。
それは、
逃げではない。
人を、
人として扱う
覚悟だった。
均衡庁が、
最も恐れる。
――自由への、
一歩だった。
荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件(第二部) 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます