第9話 均衡庁の矛盾


 均衡庁の使者は、

 朝霧と共に現れた。


 馬車一台。

 随行は、

 三名。


 武装は最小限。

 だが、

 気配は重い。


「……来たわね」


 ミュゼが、

 小さく呟く。


 街の人々は、

 距離を取って見守っている。


 恐れはある。

 だが、

 縋る様子はない。


 それが、

 均衡庁には

 気に入らない。


「レンヴァ市に告ぐ」


 使者の声は、

 よく通った。


「この街は、

 均衡を乱す兆候を

 示している」


 街長が、

 一歩前に出る。


「具体的には?」


「英雄が、

 不在である点だ」


 一瞬、

 空気が凍る。


 俺は、

 胸の奥で

 小さく息を吸った。


 来ると思っていた。


 だが、

 やはり、

 異様だ。


「英雄は、

 自然に生まれるものだ」


 街長は、

 淡々と言う。


「必要なら、

 私たちが立つ」


「それでは、

 不十分だ」


 使者は、

 即答した。


「個人に集約された

 責任と力」


「それが、

 均衡を保つ」


 ミュゼが、

 低く笑う。


「便利ね」


「失敗も、

 死も、

 全部一人に

 押し付けられる」


 使者の視線が、

 彼女を射抜く。


「発言に、

 気をつけろ」


 リゼアが、

 一歩前に出た。


「事実でしょう」


「均衡庁は、

 世界を守っている

 つもりで」


「人を、

 壊している」


 緊張が、

 一気に高まる。


 俺は、

 前に出た。


 ほんの、

 一歩。


「質問があります」


 使者が、

 俺を見る。


「英雄が死ねば、

 次が必要ですね?」


「当然だ」


「では、

 英雄が生まれない街は、

 不均衡ですか?」


 沈黙。


「被害が少なく、

 自立している」


「それでも?」


 使者は、

 一瞬だけ

 言葉に詰まった。


「……前例がない」


 それが、

 答えだった。


「前例がないから、

 排除する?」


 俺は、

 声を落とす。


「それは、

 均衡ではない」


「停滞です」


 使者の表情が、

 硬くなる。


「均衡庁は、

 最適解を

 選び続けてきた」


「英雄制度は、

 実績がある」


 俺は、

 頷いた。


「否定しません」


「でも、

 副作用も

 無視してきた」


 歪みが、

 周囲に走る。


 均衡庁の権限が、

 圧として

 降りてくる。


 街の人々が、

 一歩下がる。


 それでも、

 逃げない。


「均衡庁は、

 矛盾を抱えています」


 俺は、

 続けた。


「英雄を守るために、

 英雄を消耗させる」


「世界を安定させるために、

 人を歪ませる」


 使者の声が、

 低くなる。


「調整士アルト」


「お前は、

 危険思想だ」


 リゼアが、

 剣に手を置く。


 ミュゼが、

 魔力を練る。


 だが、

 俺は、

 手を上げた。


「暴力は、

 不要です」


「あなた方も、

 分かっている」


「この街を、

 力で壊せば」


「均衡庁の

 正当性が

 崩れる」


 使者は、

 歯を食いしばる。


「……今回は、

 警告に留める」


「だが、

 監視対象とする」


 馬車が、

 去っていく。


 重い空気が、

 少しずつ

 ほどけた。


「……正面から

 言ったわね」


 ミュゼが、

 苦笑する。


「怖くなかった?」


 正直に、

 答える。


「怖かったです」


「でも」


 街を見る。


 人々が、

 それぞれの仕事に

 戻っていく。


「黙る方が、

 もっと怖い」


 リゼアが、

 小さく頷いた。


「均衡庁は、

 変わらない」


「でも、

 矛盾は

 広がった」


 遠くで、

 歪みが

 軋む。


 世界が、

 揺れ始めている。


 英雄を、

 必要としない形。


 それは、

 静かに、

 だが確実に。


 均衡庁の

 根幹を

 侵していた。

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