第7話 支え続けた果て


 白い部屋を出た瞬間、

 世界の音が戻ってきた。


 風の流れ。

 遠くの人の声。

 微かな歪み。


 ――生きている。


 それだけで、

 胸が少し軽くなる。


「追っては来ないみたいね」


 ミュゼが、

 周囲の魔力を探る。


「今は、

 様子見でしょう」


 リゼアは、

 剣を収めながら言った。


「均衡庁は、

 力押しを好まない」


「管理できない暴力は、

 一番嫌うから」


 俺は、

 無意識に手を握りしめていた。


 白い部屋で感じた、

 あの圧。


 世界そのものに、

 包囲されている感覚。


「……アルト」


 リゼアが、

 横に並ぶ。


「さっきの判断、

 後悔してる?」


 首を振る。


「してません」


「怖いですけど」


 正直な言葉だった。


 支える立場は、

 いつだって後ろだ。


 前に出る覚悟は、

 今も、

 完全にはできていない。


 それでも。


「間違ってると思ったことを、

 黙って受け入れる方が、

 もっと怖い」


 ミュゼが、

 小さく笑った。


「あなた、

 ちゃんと変わったわね」


「昔なら、

 黙って連れて行かれてた」


 図星だった。


 支えることで、

 自分を消していた。


 歪みを整える代わりに、

 意思まで均していた。


「……俺は」


 言葉を探す。


「支えるのが、

 好きです」


「今でも」


 リゼアが、

 黙って聞いている。


「でも」


 一度、

 息を吸う。


「支えたい相手は、

 自分で選びたい」


 リゼアは、

 少し驚いた顔をしてから、

 ふっと笑った。


「それ、

 立派な前進よ」


 歩きながら、

 視界の端で歪みが揺れる。


 均衡庁の監視。


 まだ、

 距離はある。


「これからどうする?」


 ミュゼが聞く。


「追われる立場になった」


「隠れる?」


 俺は、

 首を横に振った。


「隠れません」


「逃げると、

 支えられなくなる」


 リゼアが、

 即座に頷く。


「同感」


「均衡庁は、

 “英雄と調整士”の形に

 固執してる」


「その前提を、

 崩せばいい」


 ミュゼが、

 顎に手を当てる。


「つまり?」


「英雄を、

 成立させない」


 静かな言葉だった。


「一人で背負う英雄も、

 裏で支えられる英雄も、

 どちらも作らない」


「人が、

 自分で立つ状況を

 増やす」


 ミュゼの目が、

 見開かれる。


「それは……

 世界構造そのものへの

 介入よ」


「はい」


 心臓が、

 強く打つ。


 怖い。


 でも――

 逃げない。


「俺が支えるのは、

 “英雄”じゃない」


「“選択する人”です」


 リゼアは、

 剣の柄に手を置いた。


「いいわ」


「なら私は、

 その選択を守る」


 ミュゼも、

 深く息を吐く。


「理論的には、

 破綻だらけ」


「でも……

 面白い」


 遠くで、

 歪みが大きくうねった。


 どこかの街で、

 また英雄が

 生まれかけている。


「行きましょう」


 俺は、

 足を踏み出す。


 支え続けた果てに、

 ようやく見えた道。


 前に立たなくてもいい。


 だが、

 黙って従うつもりはない。


 世界が、

 誰か一人に寄りかかる限り、

 歪みは消えない。


 なら。


 俺は今日も、

 均す。


 剣でも、

 称号でもなく。


 人が、

 自分の足で立てるように。


 それが、

 支え続けた俺が

 選んだ答えだった。

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