第6話 世界均衡庁
白い部屋だった。
装飾はなく、
窓もない。
それでも、
閉塞感はなかった。
空間そのものが、
均されている。
「落ち着いて話せる環境を
用意しました」
向かいに座る男が言った。
年齢は、
四十前後だろうか。
均衡庁の紋章を、
胸元に下げている。
「拘束ではありません」
「対話です」
俺は、
椅子に腰掛けたまま、
周囲を見渡した。
歪みが、
感じられない。
完全な――
無音。
ミュゼが、
小声で囁く。
「ここ、
世界から切り離されてる」
男は、
否定もしなかった。
「正確には、
外部影響を
極限まで排除しています」
「均衡を、
保つために」
リゼアが、
腕を組む。
「均衡のためなら、
人を狩るの?」
男は、
一瞬だけ目を伏せた。
「必要とあらば」
「あなた方も、
世界を守っている」
「立場が違うだけです」
俺は、
問いを投げる。
「調整士は、
部品ですか」
男は、
視線を逸らさず答えた。
「役割です」
「世界を安定させる、
機構の一部」
「感情を持つ必要は、
ありません」
その言葉に、
胸が冷える。
「英雄は?」
「英雄は、
象徴です」
「人が、
世界を信じるための
装置」
ミュゼが、
声を強める。
「装置に頼る世界が、
健全だと?」
「完全ではない」
男は、
素直に認めた。
「だが、
最も長く
続いてきた」
「英雄がいれば、
人は考えなくていい」
「不安は、
一点に集めればいい」
リゼアが、
低く唸る。
「楽な世界ね」
「そうです」
男は、
迷いなく言った。
「楽でなければ、
世界は壊れます」
俺は、
あの辺境の集落を思い出す。
考え、
失敗し、
それでも立っていた人々。
「壊れなかった場所を、
俺は知っています」
男は、
少しだけ笑った。
「例外です」
「例外を、
基準にはできない」
机の上に、
一枚の資料が置かれる。
英雄循環の図。
歪みが生まれ、
英雄が現れ、
調整士が裏で支える。
完成された、
構造。
「あなたは、
優秀すぎる」
「自由にされると、
危険だ」
「だから、
保護します」
保護。
美しい言葉。
だが、
俺には、
檻にしか聞こえない。
「拒否したら?」
男は、
即答した。
「強制です」
沈黙。
空気が、
少しだけ重くなる。
ミュゼが、
深く息を吸った。
「一つ、
質問を」
「どうぞ」
「均衡庁は、
この世界を
救っているつもり?」
男は、
真っ直ぐ答えた。
「救っている」
「崩壊より、
歪んだ安定を選んだ」
俺は、
立ち上がった。
「俺は、
別の選択肢を見ました」
「不完全でも、
自分で立つ世界です」
男の表情が、
初めて硬くなる。
「それは、
理想論だ」
「人は、
耐えられない」
俺は、
首を振った。
「耐えられないと
決めているのは、
あなたたちです」
歪みのない空間で、
初めて、
微かな揺れを感じた。
均衡が、
揺らいだ。
男は、
ゆっくりと立ち上がる。
「……時間切れです」
「あなたを、
ここに置くわけには
いかない」
リゼアが、
剣に手をかける。
「なら、
力ずくね」
男は、
静かに頷いた。
「ええ」
「均衡のために」
白い部屋が、
きしむ。
完璧だった均衡に、
亀裂が入る。
俺は、
はっきりと理解した。
この組織は、
敵だ。
悪ではない。
だが――
俺たちとは、
共に歩けない。
世界を巡る戦いは、
もう、
避けられなかった。
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