第8.5話 鉄格子の向こう側の静寂 —— 閉鎖病棟の煙(承前)


8-5. 幕間:やっちまった、一回死にかけたんだ

眠りというものは、あまりにも深く、執拗に求めすぎると、時としてとんでもない方向へ牙を剥く。

あの日、私は限界だった。脳内で鳴り止まない不協和音と、過去のいじめのフラッシュバック。それらから逃れる唯一の手段は、意識を断絶させること以外にないと思い詰めていた。

手元には、病院でもらってきたばかりの30日分、10種類もの薬があった。

「これで一生寝ていられたら、最高じゃん」

震える手で、その錠剤を一つひとつ、まるで儀式のように開封していく。パチパチとアルミが弾ける音が、死へのカウントダウンに聞こえた。私はそれらをすべて、飲むヨーグルトのボトルにぶち込んだ。ドロリとした白い液体の中に沈んでいく、色とりどりの毒。それを、一気に飲み干した。

暗転。

次に目が覚めた時、そこは天国でも地獄でもなく、見覚えのある無機質な病院のベッドの上だった。

視界が霞む中、枕元に立つ人影を見て、私は心臓が止まるかと思った。

そこに立っていたのは、アパレル時代の、あの私を震え上がらせた二歳上の先輩だった。

なぜ、彼女がここにいる? なぜ、看護師の格好をしている?

その横には、当時の取り巻きだった友人二人も並んでいる。なぜか全員がコワモテで、凄まじい圧を放っている。

「ねーこれ夢? 誰か夢って言って?」

掠れた声で問いかける私に、先輩は般若のような顔でブチ切れた。

「なんで生きてるんだよ!」

その罵声。そして腕に刺さった、淡々と流れる輸血のチューブ。

現実だった。私は死に損なったのだ。人生最大の大失敗。もはや、つける薬すらない自分に絶望し、私は初めて「諦め」という単語を魂に刻んだ。

後で知ったことだが、病院から連絡を受けた両親は顔面蒼白だったという。「このまま死なせたら、この子の人生は苦しいだけで終わってしまう」「何もしてやれなかった、すべて謝るから生き返ってくれ」と医師に泣きついていたらしい。

だが、それを聞いた私の心に湧いたのは、感謝ではなく猛烈な「怒り」だった。

いじめに遭っていた時も、就職氷河期に喘いでいた時も、精神を病んだ時も、何もしてくれなかったくせに、今更何を言っているのか。

「介護要員作りにSEXするなよ」

五十代になった今なら、そう吐き捨ててやるところだ。親の勝手な期待と、無責任な憐憫。私は、生き返ったことを「ありがたい」と思えるほど、まだ人間を信じてはいなかった。

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