第13話 白菊は泥の中に咲く —— 五十歳の現在地
13-1. 午前四時の覚醒、グリーンの静寂
岐阜の山あいを包み込む深い霧は、夜明け前、まだ濃い藍色を湛えている。私の朝は早い。
かつてあれほど逃げ出したかったこの静寂が、今の私にとっては、荒れ狂う脳内を鎮めるための何よりの良薬となっている。
私は今、地元のゴルフ場で働いている。
朝の四時間は、肉体の時間だ。広大なグリーンの上、手入れの行き届いた芝生を一歩ずつ踏みしめるたび、足の裏から大地の冷たさと力強さが伝わってくる。芝生をなでる風は、かつて小学校の入学式で感じたあの冷たい風とは違い、今は私の肌を優しく清めていくように感じる。
ADHDの特性を持つ私の脳内は、放っておけば常に数百の思考が乱反射する。しかし、この四時間の労働が、私に確かな「重力」を与えてくれる。
「おはようございます」
同僚や、訪れる客に交わす挨拶。それは、アパレル時代に恐怖で声を震わせていた私とは違う、一人の自立した人間としての響きを持っている。ここには、私の過去を暴き立てる者も、指を砕くような悪意に満ちた上司もいない。
汗を流し、土の匂いを感じ、肉体を使い切ること。それが、双極性の波に翻弄されがちな私の精神を、現実という名の土俵に繋ぎ止めてくれるのだ。
13-2. 午後のキーボード
午前中の肉体労働を終え、心地よい疲労感を伴って帰宅すると、私の「午後の時間」が始まる。
デスクに向かい、ノートパソコンを開く。そこからは、かつて夢見た「表現者」としての私が覚醒する時間だ。
私は現在、フリーランスのライターとして活動している。
その道のりは決して平坦ではなかった。ただ「書きたい」という情熱だけで太刀打ちできる世界ではないことを痛感し、私は覚悟を決めて「ライタースクール」の門を叩いた。
半年間という時間は、私にとっての「再教育」だった。
ADHDゆえの、脈絡なく飛び火する文章。主観に溺れ、独りよがりになりがちな構成。スクールの講師から突きつけられる厳しい添削は、かつて学校で受けた否定とは違い、プロとして生きるための「愛ある鞭」だった。
「あなたの体験は、あなただけのもの。でも、それを誰かに届けるには、言葉に責任を持たなければならない」
その教えを胸に、私は半年間、狂ったように書き続けた。締め切りという名の重圧は、うつの波を遠ざけるための防壁となった。スクールで学んだ「技術」という武器を手に入れたことで、私はようやく、自分の過去という猛獣を、誰かの心に届く「物語」へと飼いならすことができるようになったのだ。
今、午後の静かな部屋でタイピングの音だけが響く中、私は自分が「社会の歯車」ではなく、「言葉の彫刻家」であることを実感している。
13-3. 泥の中の白菊、そして母への想い
実家に帰れば、老いた母との静かな暮らしがある。
母には今、認知症の影が忍び寄っている。かつて私がいじめに遭い、死にたいと訴えた時、「あんたにも原因がある」と突き放した母。私は長い間、その言葉を呪い、母を心の底から憎んでいた。だが、記憶を少しずつ失い、かつての厳格さを失って子供のように無垢な表情を見せるようになった今の母を前に、私の中の憎悪は、形を変えて溶け出し始めている。
「お母さん、お茶だよ」
そう言って差し出す湯呑みを受け取る母の、細く震える手。その手を見つめる時、私はふと思うのだ。母もまた、この岐阜の厳しい共同体の中で、誰にも弱音を吐けずに「強くあること」を自分に強いてきたのではないか。
あの時、母が私を突き放したのは、そうしなければ母自身も崩れてしまうほど、ギリギリの場所にいたからかもしれない。
今、二人で縁側に座り、刻々と変わる空の色を眺める。そこには会話は少ないが、言葉を超えた「赦し」のような沈黙が流れている。白菊は、真っ白なままではいられなかった。泥にまみれ、汚れ、一度は枯れ果てた。けれど、その泥があったからこそ、今、この穏やかな時間が花開いている。
13-4. B'zと一五一会、魂の二重奏
私の部屋の特等席には、一五一会が鎮座している。
そして壁には、B'zの歴代のライブグッズが誇らしげに並んでいる。
この二つの音楽は、私の人生という荒波を乗り越えるための、左右の櫂(かい)のようなものだ。
B'zは、私にとっての「動」のエネルギーだ。
五十歳になっても、ライブ会場で拳を突き上げる時、私の心はあの頃の情熱を取り戻す。うつの底で、自分が透明な存在になったように感じていた夜、ヘッドホンを強く押し当てて彼らの音を聴いた。その音圧だけが、私の輪郭を再び定義してくれた。
一方で、一五一会は、私にとっての「静」の救いだ。
大澤誉志幸さんが教えてくれた自由な精神、そしてBEGINが形にした優しさ。この楽器は、壊れた指を持つ私に「不完全なままでいい」と語りかけてくれる。
夜、一日の仕事を終えて一五一会を手に取る。一本の指で弦をスライドさせ、優しく音を鳴らす。
B'zで「戦う力」を蓄え、一五一会で「癒える時間」を持つ。そしてライタースクールで学んだ「言葉」で自分を構築する。この三重奏があるからこそ、私は双極性障害という名の、予測不能な海を渡り続けることができるのだ。
11-5. 凪の海へ、言葉を乗せて
私の人生は、確かに惨憺たるものだった。
ADHDによる混乱、双極性障害による暗黒、凄惨ないじめ、そして肉体的な損壊。
病気に対する憎しみは、今も消えていない。私の人生を狂わせた運命を、笑顔で受け入れることなど、この先も一生できないだろう。
けれど、今の私には「現在の地」がある。
午前中の四時間、太陽の下で汗を流す私。
午後の数時間、言葉の海で真実を掬い上げるライターとしての私。
この両輪が回っている限り、私はもう、過去の暗闇に引きずり戻されることはない。
空を見上げる。五月の空は、あの入学式の日のように眩しく、どこまでも高い。
かつての私は、その青さに射すくめられ、自分の存在の小ささに絶望していた。
けれど、今の私は違う。この青空の下で、不自由な指で楽器を弾き、泥臭く働き、そしてスクールで磨いたペンで言葉を紡ぎ続ける。
「さあ、いこうか」
私は一五一会のケースを閉じ、原稿を保存する。
私の物語は、完結したわけではない。これからも躁とうつの波はやってくるだろうし、母との別れや、老いという新たな壁も立ち塞がるだろう。
けれど、私はもう、嵐を恐れない。
白菊は泥の中にこそ、強く、美しく、そして唯一無二の色彩を持って咲き誇るのだ。
私は、この不完全で愛おしい人生を、最後の一秒まで、私自身の足で歩み抜いていく。
一五一会の風に吹かれながら、新しいページを書き記すために。
〜了〜
白菊と黒薔薇を凍らせて砕け 沢田柚美子 @ipponyubiko
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