第11話 消えない棘と、唯一の熱狂 —— B'zという戦友
11-1. 脳内に巣食う「泥棒」への憎悪
五十歳という節目を迎えてなお、私の胸の奥底には、決して浄化されることのない黒い澱が溜まっている。それは、私の人生の半分以上を、不毛な戦いへと強制的に引きずり込んだ「双極性障害」という病に対する、呪いにも似た猛烈な憎しみだ。
世間ではよく「病気が自分を成長させてくれた」とか「苦しみを知ったからこそ人の痛みがわかる」といった、美化された物語が語られる。だが、私はそんな言葉を軽蔑する。
この病気は、私から「普通」という名の、何物にも代えがたい宝物を奪い去った卑劣な泥棒だ。
小学校でのいじめ、中学校での孤立。あれらも辛かったが、多感な時期に「自分の脳が自分を裏切る」という恐怖は、それ以上の地獄だった。
何の脈絡もなく訪れる、万能感に満ちた躁の嵐。それが去った後に残る、逃げ場のない死の誘惑を孕んだうつの泥沼。私の二十代、三十代の眩しいはずだった季節を、得体の知れない脳のバグによって、病院の白い天井を見つめるだけの虚無に変えられた。その空白の時間は、どれほど時が経っても、どんな成功を収めても取り戻せるものではない。
私の指を砕いたのは上司だが、その痛みに耐える精神の土台を崩したのは病気だ。私の家庭を、未来の子供の可能性を奪ったのも、突き詰めればこの病気だ。私は死ぬまで、この「脳内の怪物」を許すことはないだろう。この憎しみこそが、私が「綺麗事」で自分を誤魔化さずに生きている証左なのだ。
11-2. 魂の生存確認、B’zという咆哮
そんな、憎しみに焼き尽くされそうな私を、この現世に繋ぎ止めてきたのは、耳を劈くようなギターの歪みと、天を突くようなハイトーンボイスだった。
B’z。
彼らは私にとって、単なる憧れのアーティストではない。共に地獄を這いずり、戦線を維持し続けてきた「戦友」である。
あの薬局の休憩室で『ねがい』を聴いた瞬間から、私の魂の羅針盤は彼らを指し続けている。
ファンクラブの会員番号を更新し続けることは、私が社会の中で「まだ死んでいない」ことを確認するための儀式だ。
ライブ会場。数万人の熱狂が渦巻く中、稲葉さんが「生きててよかったと思えるのは、今日ここに来たからだろ!」と叫ぶ。その声が、私の細胞の一つひとつに浸透し、凍りついた感情を溶かしていく。
松本さんの奏でるギターソロは、言葉にならない私の叫びそのものだ。
うつの底で、自分が透明な存在になったように感じていた夜、私はヘッドホンを強く押し当てて彼らの音を聴いた。その音圧だけが、私の輪郭を再び定義してくれた。
躁の波に乗って理性を失いかけていた時、彼らのストイックな姿勢が、私の暴走をかろうじて食い止める錨となった。
B’zは、私の病を消し去ってはくれなかった。けれど、病と共に生きていくための「戦い方」を教えてくれた。
「いつかまた、あのスタジアムで拳を突き上げたい」
その一点の欲望があるからこそ、私は今日という一日を、泥水をすするような思いをしてでも生き抜くことができたのだ。彼らへの情熱は、今この瞬間も、私の命の灯火として激しく燃え続けている。
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